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第3話:桜下町

欠員を補填するため、登木家の選考会が開催される。

「パパ、いってきまーす!」


元気良く言うと、ミツホはリョウヤとイチホの手を引いて玄関を飛び出す。


空は雲一つ無い青空で、太陽は真上にあって、陽光で透かされた無数の桜の花びらが舞っている。

人通りの多い大通りに立って見えるその光景は、まるでパレードのようで、もう見慣れたはずなのに、リョウヤはいつも胸を躍らせてしまう。


「ほら、もうすぐ始まっちゃう」


3人が向かっているのは、大通りをまっすぐ行った先にある、町で一番大きな広場。

催しものがある時は大体いつもこの広場でやっている。

そして今日も――


「まだ正午まで時間あるでしょう。大丈夫だって」

「もう、お姉ちゃんはのんびり屋なんだから。一番前で見たいじゃない」


ヨウカンが昨日宣言した通り、午後から広場で登木家の選考会が行われる予定だ。

毎月、毎年やる催しとは訳が違う。

面白そうなものが見れるぞ、と町中の桜民がこぞって広場に集まろうとしている。

無論、登木家たちも選考会を見守るために一部を除いて広場に向かった。


いつもは旅籠の使用人として働いているこの時間も、今日は旅籠も暇そうだから、とイッシンがいとまを出してくれたから、こうして出かけることができている。


「わ、もうこんなに人がいっぱい」

「ほらぁ、言ったじゃん。リョウヤ、前行こ!」


広場に到着すると、すでに大勢の桜民が集まっていた。

ミツホは先頭に立って人だかりを強引にぐいぐいと前へ進んでいく。

背中を押されて怪訝そうな表情で振り向く者もいたが、天真爛漫なミツホと申し訳なさそうに謝るイチホを見ると、すぐに穏やかな表情に戻る。


この町で姉妹のことを知らない者はおらず、とりわけしっかり者な上に美人な姉のイチホに恋慕や羨望を抱く者は少なくない。


群衆の固まりを抜けて一番前まで来ると、広場の中心にヨウカンやライゴウなど登木家たちの主要メンバーのほか、見知った男たちが10数人ほど立っている。


ミツホは自慢げに胸を張って、


「ほらやっぱりね、大工のカラギさんは絶対に参加すると思ったんだ」

「お父さんも参加したいって言い出さないかヒヤヒヤしたわ……」


男たちは皆町の住人で、若く、独身で、向こう見ずだったり酔狂なものが好きだったりする連中だ。

実際、そういう性格でなければ登木家なんてものに立候補しようとは思うまい。

今まで、誰も桜の木の頂上を見たこともなければ、登ろうともしなかったのだから。


「もうすぐ正午になるわね」

「誰が登木家になるのかな。リョウヤは誰だと思……あれ? リョウヤがいない……」


ヨウカンは広場の正面に立つ町長の家の壁に掛けられた大時計を見つめながら呟く。


「55、56、57…………時間だ」


彼女は広場に向き直り、声を張り上げる。


「この町の桜民たちよ、今日はよく集まってくれた! 私の名前はヨウカン。知っての通り、私は仲間たちとともに――」


ヨウカンは桜の木を指差す。


「あの木の頂上を見にやってきた。酔狂なことを考えると思うだろう。私もそう思う」


群衆の中から笑い声が漏れる。

ヨウカンは当然だとばかりに大きく頷き、けれどもその表情は真剣だった。


「だが皆よ、気にならないか、あの木の頂上に何があるのか。見てみたくはないか、あの木の頂上から見える景色を」


広場は静まり返る。

多くの桜民は、生まれてから一度もそんなことを考えたことはなかった。

桜の木は、ただそこにあるだけの存在だった。

だから、少しばかりの恐怖を伴いながら頭の中でイメージする。

木の頂上に立つ、自分の姿を。


ヨウカンは広場を見渡し、満足そうに頷く。


「私たちは登木家を自称する。木の頂上を目指す者を意味する。そして――今日、新たな登木家が誕生する。私たちと共に木の頂上を目指す大切な仲間だ。紹介しよう、ここに集まった酔狂で勇敢な者たちを!」


群衆の目が一斉に広場の中央に向けられる。

町を代表する屈強な男たち、そして――


「えっ? どうしてリョウヤがあそこにいるの!?」


驚いたのはミツホやイチホだけではない。

しれっと男たちに混じっているリョウヤを見て「ほう

……」と感嘆の息を漏らす。


「おいおい、旅籠のガキが混ざってるじゃねえか」

「ここは遊びで来るところじゃねえぞ」


傍観していた登木家たちが声を上げるが、ヨウカンは腕を伸ばしてそれを制止する。


「今回の募集、資格は特に問わなかった。女子供が参加していても特に問題は無い。実際、我々の中には女や子供はいるからな」


そう言いながらヨウカンは登木家の集団の一員として立っているハツカに視線を向ける。

ハツカはバツが悪そうに広場の外に視線を向ける。


「そう、資格が重要だ。私たちの仲間になる資格を示せれば良い。それを判断するのは私だ」

「ヨウカン、そろそろ試験を始めよう」

「ああそうだな、ライゴウ。しかし困ったな。4、5人程度しか来ないと思ったんだが、こんなに来るとは。何か手っ取り早く人数を減らすテストが出来ると良いんだが……」

「だったら腕相撲とかいいんじゃねーのー」


ソジマはそう言いながら、リョウヤを見てニヤリと笑う。

見るからに非力そうなリョウヤに恥をかかせたいのだと、リョウヤにはすぐに分かった。


「腕相撲か……確かにそれだったら簡単に人数を減らすことができるな。誰か台を持ってきてくれ。ソジマはこっちに来い」

「へ? ……いやいや、俺よりも適任なのが他にいるだろ! ほら、ライゴウのおっさんとか!」


予想外の展開にあたふたするソジマに呆れながら、ライゴウはヨウコウに言う。


「別に俺は構わないが」

「じゃあライゴウに任せようかな」

「分かった。で、どのくらいの力でやればいい?」

「どのくらいの力って、全力?」

「おいおい。自分で言うのもなんだが、並みのヤツには腕力で負ける気はしないぞ」

「まあ試しにやってみようじゃないか。仮にライゴウの全力に勝てるヤツがいれば結構な戦力になりそうだし」

「……仕方ねえな。ま、こんぐらい集まれば1人くらいは俺に勝てるヤツがいるだろう」


◆◆◆◆◆◆


そんなことはなかった。


正午になってから30分以上が経過し、観衆の輪が小さくなった広場の中心には、うなだれる男たちと、緊張した面持ちの男たちと、


「さあ、ちゃっちゃと終わらせるぞ」


汗ひとつかいていない様子のライゴウが立っていた。


腕相撲は3本勝負だったが、1本すらライゴウから取れない有様だった。

この町の男たちが弱いというわけではないのだろう。

登木家たちの話し声から「やっぱりライゴウさんじゃ強すぎたんだじゃ……」という言葉が漏れ聞こえる。

ライゴウは手加減する様子がなく、ヨウカンは失敗したと言わんばかりの表情をしていて、言い出しっぺのソジマは腕相撲そっちのけで観衆の中に美人はいないか物色していた。


「ほらボウズ、次はお前さんの番だ」


ライゴウに呼びかけられ、リョウヤは我に返る。


ちょうどリョウヤの前に並んでいた男がとぼとぼと台から離れていくところだった。

リョウヤはぐっと拳を握りしめ、台に向かって歩き始める。


ソジマや観衆の一部が「おうちに帰んな」と野次を飛ばし、一方でイチホとミツホが心配そうに見守っている。

黙って参加して悪い、とはリョウヤは思っていた。けれども言えば絶対に反対すると予想はついていた。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


台の前に立ち、深呼吸してリラックスする。


確かに、腕相撲は非力なリョウヤには圧倒的に不利だ。

だが勝機がないわけではない。


この世界の「腕相撲」は地球で一般的に知られていたものとほぼ変わらない。台の上にどちらか一方の肘を立て、同じく肘を立てた相手の手を握って組み、腕を倒して先に相手の右の甲を台の面につければ勝ちとなる。

一見、腕力がモノを言うシンプルな勝負のように思えるが、実際はいくつもテクニックがあり、それらを駆使することで腕力の差を覆すことが可能である。

見たところ、ライゴウはそういったテクニックを知っているようには見えない。

一方、リョウヤは地球の記憶の一つとしてテクニックを知っている。


それに加え、いつか来る登木の日に備えて、毎日朝と夜に、走り込み、腹筋、腕立て伏せとトレーニングを繰り返してきた。

種族によって能力に差はあるものの、少なくとも同じくらいの歳の人間の子供よりは身体能力に秀でている自信があった。


「ぜ、絶対に負けませんからね」

「ハハッ、そう力むなボウズ。リラックスだ」

「あ、ありがとうございます」


演技だ。

まるで緊張した子供のように振る舞い、ライゴウの油断を誘い、かつこちらに勝機があることを悟られないようにする。

おそらく五分五分の勝率まで持っていけているはず――リョウヤは冷静に考え、右肘を台の上に立てようととしたその瞬間。


「待って。その子の相手は私がする」


意外な方向から声がした。

リョウヤだけではなく、登木家たちの誰もが不意を突かれた。


発言したのは、これまで傍観どころか無口を貫いてきたハツカだった。


「何のつもりだ、ハツカ」


ヨウカンの問いに、ハツカはライゴウの元に歩み寄りながら答える。


「別に。ただ子供の相手は子供がするべきじゃないかと思って」

「それはそうかもしれないが……」

「ライゴウも別にいいでしょ」

「まあどうしてもやりたいっていうなら構わんが……」

「決まりね」


有無を言わさない口ぶりで二人を黙らせ、頭をかきながら後ろに退くライゴウに代わり、ハツカが台を挟んでリョウヤの正面に立つ。


「おいおい、ガキ一人じゃ心細いからって、わざと負けて仲間にしようって魂胆かー」


ソジマの煽りをまったく無視し、ハツカは姿勢を低くし、深く落ち着いた臙脂えんじ色の瞳でリョウヤを見つめながら肘を立てる。リョウヤもどぎまぎしながら同じく肘を立て、ハツカの手を握る。ひんやりとした感触。大人の男のような力強さは感じない。


――いったい彼女がしたいのだろう。

――僕を登木家のメンバーに加えようとしてるのだろうか。

――とにかく勝たせてくれるなら遠慮なく勝たせてもらう。


ヨウカンがカウントダウンを開始する。


「10、9、8、7――」


ふとリョウヤは違和感を覚える。

残り数秒の中でその原因を突き止めようとする。

空気が、変わった気がした。

一斉に鳥肌が立った。

正面を見た。


ハツカの眼が、爛々と赤く光っていた。


「ッ――」


咄嗟に脳裏に浮かんだのは柔道の受け身。

力に逆らわずに空中で前転する姿をイメージして。


そして――


リョウヤの身体は宙を舞った。


1秒にも満たないスピードで、台に叩きつけるように振り下ろされる腕。

1ミリも抗うことのできない怪力。

手の甲が台面についても止まることなく。

真っ二つに叩き割られる木製の台。

回転する広場、ではなく自分。


それらが長い時間での出来事のように感じられて。


地面に背中を叩きつけられた衝撃で現実に戻る。


「いつつ……」


上半身を起こして、力強く引っ張られた右腕をさすりながら斜め上を向く。

リョウヤの前に立ちすくむハツカは、腕を大きく振ったせいか、ずっと被っていたフードがめくれていて――


「……オニ、族?」


初めて見た。

尋常ではない怪力。血管の浮き出た鋼のような筋肉。何より、彼女の額よりやや上に生えた二本の小さな角が証拠だ。


リョウヤは尻餅をついたまま、呆けた顔でハツカを見上げる。

ハツカは戸惑うような表情で、リョウヤを見下ろしている。

観衆の方をちらりと見ると、何やらどよめいている。


リョウヤは初め、観衆はハツカがオニ族であることに驚いているのだろうと思った。

このあたりでは滅多に顔を見せない種族であるから。


けれど、しばらくして、観衆の目線がハツカではなくリョウヤに注がれていることに気付いた。

正確には、リョウヤの頭の上を。


「ヒトだ……」


ポツリと誰かの声。

ハッと、リョウヤの自分の頭に手を当てる。

ミツホにもらったキツネ族の付け耳が、無い。

辺りを見渡すと、壊れた台の横に付け耳が落ちている。宙を舞った時に、勢いで外れてしまったのだと即座に理解する。


「確かにヒトだな……」

「ヒトって本当にいたんだ」

「俺も伝説の存在だとばかり……」


最前列にいる桜民たちの話し声が、瞬く間に後方まで伝播でんぱしていく。

登木家たちがざわついている。

ソジマがあんぐりと口を開いている。

ライゴウが腹を抱えて笑っている。

ヨウカンが真剣な表情で何かを考えている。

ミツホが耐えかねてリョウヤの元へ駆け寄る。


そしてリョウヤは――

もうどうにでもなれと思いながら桜舞う空を見上げた。

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