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銀眼貫餮のソウルベット -Pupa cuius oblitus est mundus-  作者: 千華あゑか
旧章 第一章:記憶断片01_ΚΣ-Κ1.93E+07
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第4話 朱殷(しゅあん)の邂逅

「きゃああああああああっ!!!?」



 テララは自分の腕にまとわりつく"ナニカ"を振り解こうと咄嗟にあがく。

 だが、ナニカは堅く細腕に喰い込み、テララの快活な表情を恐怖で一瞬に染め上げた。

 良からぬ方に捻じれ(きし)む腕に少女は錯乱し、叫ぶ意思も声にならず、息を吸うことも忘れ、逃れようと駆けるも足場が崩れ体制を崩し引きずり込まれる。

 拒否など許容されない一方的な脅威に視界がたちまちに(にじ)む。体力を著しく消耗し薄れゆく意識の中、テララは残された震える片手で小斧をなんとか握りしめ、そのナニカに渾身の力で振り下ろした。



「……い、痛い……。放……して……っ!!」

「……Γιαααααααα!!!?」



 小斧が命中するやナニカの拘束は解け、テララは勢い良く後方に転げる。

 しかし、直ぐさまその場所から去ろうと上体を起こそうとするのだが、四肢は震えるばかりで言う事を聞かず、体重を支えることができない。



「いっ……、いや……! い、や…………。は、はや……。はや、く……!?」



 混乱の淵から逃れられない彼女に構うことなく、ナニカは肉塊の中で(うごめ)き、徐々に周囲の肉塊をどかし、そしてついにその正体を日の下に晒した。



「…………っ!?」



 するとどうだ。

 そこには見慣れた形の"ようなモノ"が弱々しく横たわっていたのだ。

 喉は裂け息は漏れ、鎖骨は飛出している。右肩は脱臼しその前腕は砕かれ手は垂れ下り、左上腕は(えぐ)られ白骨が露出している。側腹部からは鋭利に割れた板状の何かが臓腑ごと身体を貫き鮮血が噴出している。右大腿は削ぎ落され、幾本もの瓦礫が突き立ち、左脚は膝下から原形を留めていないほどに損壊が激しかった。

 その姿はまるで"人の形"を留めておらず、目も当てられないなど過少評価も甚だしいほどの酷い状態だった。



「……ヒ、ヒト……?」



 そのモノの顔面は血糊で覆われていたが、その奥には相対するもの全てを喰い千切るように煌々と揺らめく銀眼が真直ぐテララを捉えていた。

 少女は震える口元を両手で押さえ無意識に生唾を呑み込む。言表し難い恐怖に仰け反る身体を支えた腕が肉塊に滑り態勢を崩す。瞬間、はたと正気をわずかに取り戻し、一つの言葉が脳裏を過る。逃げなくちゃ。


 滲む視界を振り払い、痛覚以外の感覚が戻らない片腕を(かば)いながらよろめきつつ上体を起こす。

 しかして慄き(おのの)続けるか細い脚をなんとか一歩逃走経路へ向けることができたものの、どうしてもそのモノから目線を反らすことができなかった。



「……い、いや……。いや……!? お願い、動いて……! 動いてよ……!?」



 背を向け逃れきれる想像が何故かまるでできないのだ。荒ぶる鼓動に五感を支配され思考が停止し、思考過程が煮沸する熱湯のように幾度も反復される。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


「……動……いて……! 動いて……! 動……け……!! 動けっ……!?」



 どれだけの時間が過ぎたか判らない。

 浮かび上がる最悪な想像を何度も振り払い、意を決して背を向けたその間際、一粒の光をその視界に捉えた。



「……え……? ……泣いて……るの……?」



 テララが独り葛藤する最中、蠢くモノの瞳から雫が一つ頬を伝うのが見えた。

 それは危害を及ぼすものではなかった。それは怒りや憎しみだけのものではなかった。

 少女と同じ恐れと寂しさ、それには幼い弱さを感じた。その一筋の声にならぬ思いに、それまで少女を縛っていた恐怖が幾ばくか影を潜めてゆき、そして気付けばその脚はそのモノのもとへ一歩、また一歩歩み寄っていた。



「……そっか……。そう……だよね……。痛い……よね。……怖い……よね……」



 身体中傷だらけで動くどころか声を上げて泣くことすらできない。誰かが傍にいる訳でもない。村人が小間物を拾集に来なければ助けてくれる人も居なくて、ずっと独りぼっち。ずっとこの場所に埋もれて、ずっと怯えていたんだ。そうか、そうだよね。


 その頬に残る涙痕を見るや、そのモノの心中を識るには容易かった。

 しかし、まだ小さい少女にはその身に受けた心的外傷を拭い切るのは難しく、けれども一歩ずつよろめきながらも懸命に近づき、そしてその傍らに崩れるように膝を着いた。


 間近で見るその姿形はあまりにも惨く、傷口から覗く内容物が強烈な太陽の日射に(あぶ)られ、漂う血生臭さが吐気となってテララを襲う。

 一瞬おののいてしまう。けれど、テララはまだ辛うじて言う事を利く腕を恐る恐る伸ばした。



「痛っ……!?」



 するとあろうことか、そのモノはそれまで(もた)れていた首を持ち上げ、差し出されたテララの手に躊躇なく喰らい付いてきたのだ。

 腕を掴まれた痛さなど比較にならない、全身を砕く激痛が雷轟の如く駆け巡った。

 テララは思わず腕を引き抜こうとするも微動だにせず、音を立てて腕に喰い込む激痛にただじっと悶え耐えることしかできない。

 そして唇を血が滲むほどに強く噛みしめ、押迫る恐怖を掻き消しながらも、テララは優しく(ささや)きかけた。



「大……丈夫、だよ……? もう……、怖く……ない、から……。だから、……信じて、ね……?」



 テララは身体を(つんざ)く痛みに瞳を潤しながらも、視線を逸らさず努めて微笑みかけ続けた。

 だが、そのモノは血走る銀眼で鋭く威嚇したまま、喰らい付いたその手を放そうとはしなかった。むしろその歯牙は陰惨な音を立てて幼気(いたいけ)な少女の手に徐々に喰い込んでいるようにも見える。

 それでも変わらず向けられる思いについにそれは顎の力を緩め、苦痛に耐え凌いだテララの顔をまじまじと見詰めた後、安堵したのか安らかに瞳を閉じ、そして意識を失った。


 力なくうな垂れる首をテララは咄嗟に抱き止め、慌てた調子で付近の村人に届くよう大声で助けを求めた。



「だれかっ!? 誰か助けてくださいっ!! お願いっ! 誰か、この人を、傷だらけで、誰かっーーーー!!!!」



 普段の耳心地の良い朗らかなそれとは異なる呼びかけに、何事かと村人たちが続々と駆けつけてきた。



「こ、こいつはいったいどういうことだ……!?」

「何て惨い……信じ……られない……!」



 その惨状を目の当りにするや例外なく慄く者ばかりだった。

 しかし、大粒の涙を零しながら嘆願する少女の瞳に我に返るや、自身の衣服の裾を裂きそのモノの損壊個所を被覆し始める者。拾集した小間物でどうにか担架を急拵えしだす者。村人たちは一丸となってそのモノを村まで運ぶことに徹した。

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