決戦場所に、馬鹿ふたり
この町で長年、トップを争ってきた有名な二人のガンマンがいた。だが、時代は流れ町人らの要望でどちらが真のトップのガンマンなのかを決めることに。そして、その日がいよいよやって来た…。
とある西洋の田舎街。告知通り行われることになったこの決闘の内容は、共に名高いガンマンであり、そして長年のライバル同士である二人の、観客の前での戦いを一目見ようと、この決戦場所は大勢の客の熱気に満ち溢れている。
外では肌に優しい西風が吹き荒れている。今まさに、ゴングがなろうとしている。
「悪いが、エビデンス。この勝負は俺の勝ちになる」
対戦相手のアジェンダは、彼の意外な言葉にカッと目を見開いた。
「な、なにを言ってるんだ。戦う前から勝敗なんてわかるものか。それでは勝負とは言えないだろう。さてはお前、八百長しようってのか」
エビデンスは、咄嗟に目を背けるアジェンダに抗議した。
「くだらないことを言うな!」
と、言うが早いか、アジェンダは自身の馬についての自慢話を始めた。
「お前さんには黙っていたが…」
「なにをだ」
エビデンスが訊いた。
「お前さんには黙っていたが、俺の馬には、一ヶ月前から最高級の強壮剤を与えていた。干し草の中に少しずつ、混ぜていたのさ。勿論、舶来品の高級なヤツをだ」
「強壮剤だぁ?てめえ、汚ねぇ真似するんじゃねえ!」
吸っていた葉巻を投げ捨てたエビデンスが、抗議の声を上げた。
「だからよ、お前さんのへなちょこ野郎とは、お話にならない、って言ってんだよ」
「ヒヒーン!」
アジェンダの馬が、彼の台詞が言い終わるや否や、絶好のタイミングで雄叫びを上げた。集まった観客も盛り上がり、ヤンヤの喝采が止まらない。
「そうとわかった以上、俺もお前さんにある秘密を告白することになったようだ」
おもむろに、エビデンスが呟いた。
「なんだよ、その隠し事ってのは」
アジェンダが訊いた。
「バレちまう前に、お前さんに言っとこう」
どうやら、エビデンスの馬にも決闘に備えての秘策の存在があるようだ、とわかった血の毛の多い観客は、いままで以上に興奮し始めた。
「実はな、俺もお前さんと同じ強壮剤をコイツに与えてきたのさ。お前さんが馬鹿正直に告白してくれたおかげで、これで平等に戦えそうだぜ。入手方法?ソイツは内緒だ。聞くだけ野暮、ってことだな」
右手の人差し指で僅かにハットを上げながら、エビデンスはちょっぴり恥ずかしそうに、自分の馬にも小細工をしていたことを認めた。
「そ、そうだったのか…。よおし、面白いじゃねぇか!俺たちは長い間、この街で人気を二分してきたライバル同士だ。この街に、人気者は二人は要らない。そういうことだ」
なにかを悟ったように吐き捨てるアジェンダ。だが、最大のライバルであるエビデンスもまた、自分と同様、馬に小細工をしていた動揺は隠しきれていない様子だ。しかも、自分と全く同じ手口だから、相手を責めることもできない。
「行くぞ!」
「望むところだ!」
割れんばかりの歓声。この決闘に負けた者は、静かにこの街を出て行かねばならない決まりになっている。盛り上がるのも当然のことである。
すると、雄であるはずのアジェンダの馬が急に内股になったかと思うと、あろうことかヘナヘナヘナ…と、その場に突っ伏してしまった。
「お、おい、何してんだお前!これから決闘なんだぞ!」
アジェンダは、予想外の出来事に驚き、ただ、その場でオロオロするばかりで、なにが起きたのか全く事態が把握できていない。
「おいおい、笑わせんじゃねえよ!それじゃ敵前逃亡じゃねえか…?…あン?お、おい、急に座ろうとしてんじゃねえよお前!おい、こら!…」
なんとエビデンスの雄馬も、全く同じ姿勢でその場に座り込み、すっかりやる気の無い表情に変わったかと思うと、目の前のアジェンダの雄馬と見つめ合うような体制になってしまった。
「おや?今日はなんのお祭りですかな?この盛り上がりようは、尋常じゃございませんのう」
そこへ、一頭のロバを連れた、黒装束を身に纏う地味な行商人がやってきた。
「おい、お前!お前はひょっとして俺に一ヶ月前、強壮剤を売りつけた奴だな?」
アジェンダは、首根っこを掴まんばかりの勢いで、行商人に詰め寄った。
「コイツを見ろ。これからアイツと決闘なんだぞ。どうしてくれるんだ!」
その様子を横目でチラッと見た行商人は、不貞腐れたように、そして呆れたような口調で、静かに答えた。
「あのね、ダンナ。ダンナに売った強壮剤が100%効果有り、とは申してませんぜ、アタシは」
「待て!ラベルには、イザというとき最強の力を発揮する、と書いてあっただろう」
アジェンダは、なんとも納得しない様子で、尚も行商人に詰め寄った。
「だから、ラベルに書いてある『使用上の注意』を良くお読みになったんですかい?何事も、過剰な期待は御法度ってモンですぜ。まさか、一度にたんまり与えたんじゃ?あんなのは少しづつ与えて、味に慣れさせないと。そうでなきゃ、おかしくなっちまうこともあります、ってば」
それらのやり取りを聞いていたエビデンスが、二人の会話に割り込んで言い放った。
「俺も確かに、お前から買った。覚えてねえとは言わせねえぞ!与え過ぎたらカマになる、とは聞いてねえ。最強のカマ馬が出来ちまっても、どうしようもねぇだろう!」
行商人もまさか、その場に自分の客が二人もいたとは露知らず、さすがに狼狽えてしまった。
「与え過ぎるとカマになる、そのアジェンダを述べよ!」
「与え過ぎるとカマになる、そのエビデンスを説明しろ!」
内股同士、互いに卑猥な雰囲気で見つめ合う二頭のカマ馬を見せつけられた観客は、誰ひとり笑い転げる者すら現れず、呆れを通り越し一人、また一人と決戦場所を後にしていった。