こんな夢を観た「駅の掲示板」
駅の掲示板には、こう書かれていた。
〔急募! 戦士2名 トドロキ〕
〔どなたか、後方支援を頼めませんか さと子〕
〔魔法使い募集 圭介〕
〔おれが悪かった。帰ってきてくれ由美子 甲斐性なし〕
わたしは「回復魔法」には若干の自信があったので、思い切って書き入れてみた。
〔ヒーラーを志願します。蘇生も可能です むぅにぃ〕
近くの喫茶店でアイス・コーヒーを飲みながら待っていると、数人の男女がぞろぞろ入ってくる。
きょろきょろと店内を見回す一行。腰に短剣を携えた小柄な女性がわたしを見つけ、にこやかに近づいてきた。
「あなたがむぅにぃさん?」
「はい」わたしは答えた。
「あたし、『勇者』のさと子と言います。掲示板を見てやって来ました。『回復』頼めますか?」
「ええ、お供させていただきます」わたしは求められるまま、さと子の手を握った。
さと子の話によると、東十条に魔王が現れたという。
「そんなわけで、京浜東北線に乗って、これから向かうところなの。さあ、急ぎましょ」
さと子を先頭に、わたし達は列をなして改札をくぐる。
しんがりのわたしは、それとなく仲間を観察した。勇者さと子のすぐ後ろを、ひょろっとした戦士が2人続く。1人はスピアを腰に帯び、もう1人はなんと、ハルバードを担いでいた。槍の先に斧が付いたような、この重量級の武器を使いこなせるのだとしたら、大変に心強い。
4人目は、青灰色のフードを頭からすっぽりかぶった人物だ。さっきからひと言も発しないため、男か女かもわからない。どこからどう見ても魔法使いだが、保護魔法を使うのか、それとも攻撃魔法なのかも不明である。
そして最後が、このわたしだった。武器を扱うどころか、火の粉すら出せないので、こうして最後尾に構えている。
東十条駅に着いた。
「みんな、気を引きしめていくわよっ!」さと子が活を入れる。
「おーっ!」わたし達は拳を振り上げた。
東十条商店街を下っていくと、精肉店のちょうど真ん前に、どっかと座り込む魔王を発見する。ゾウのように大きく、溶岩のように赤黒い顔をしている。頭には牛のような太いツノが、ニョキッと生えていた。
「遅いっ!」魔王は、待ちかねたように吠えた。
「悪かったわね。『ヒーラー』がなかなか見つからなくって」さと子も挑戦的な口調で言い返す。「みんな、準備はいいわねっ? のっけから、飛ばしていくわよっ!」
さと子が「雄者の剣」を振りかざして突き進んでいく。その両脇を、2人の戦士がしっかりと固める。
魔法使いは数歩進み、少し舌足らずな、可愛らしい少女の声で呪文を読み上げる。「ファイアっ!」
手のひらから火の玉が飛んでいく。攻撃系の魔法使いだったようだ。
「こざかしいっ!」鎧のように固い魔王の体は、物理攻撃も炎も大して効いていないようだった。「攻撃というのは、こうやるのだっ」
魔王の体から妖しい光が放たれる。前線にいた者は、見えないエネルギーに弾き飛ばされた。
「ヒーラー! 『回復』を頼むっ!」さと子が叫ぶ。
わたしは天を仰ぐと、「癒やしの呪文」を唱えた。光の筋が4人に降り注ぐ。
「ありがとう!」4人は口々に礼を言い、再び立ち上がった。
魔王の弱点を探ろうと、魔法使いはいくつもの呪文を、矢継ぎ早に投げつける。
「ザケル! ヒャド! ザン! クエイク!」
様々な属性の魔法が飛んでいく。
「うぐっ!」その中のどれかが効いたらしい。魔王が一瞬、苦痛に顔を歪めた。
「見極めた」魔法使いは勇者に告げる。「魔王は氷に弱い」
「あたし達の剣に、その属性を与えてちょうだい」とさと子。
魔法使いは、勇者と2人の戦士の得物に氷の属性を与える呪文をつぶやく。「エンチャント・アイス!」
それぞれの武器の刃先が、白い霜に覆われた。3人はすかさず、魔王に躍りかかる。
「ぐはあっ! おのれ、こしゃくなっ」魔王はよろめき、一歩退いた。
「行けるっ!」さと子が期待に目を輝かせる。
「くっ……。それはどうかな」魔王の体がまた輝く。4人はわたしのいるところまで吹き飛ばされた。
わたしは大急ぎで「回復魔法」を詠唱する。スピア戦士は、その俊足で突きにかかる。ハルバードの者は、助走をつけ、勢いに任せて振り下ろす。魔法使いは「ブフ」「ヒャド」「ブリザド」「ギコル」と、氷系呪文を、途中、何度も舌を噛みそうになりながら繰り出す。
とどめ、とばかりに勇者がその胸めがけて「勇者の剣」を突き立てに行く。
ところが、さっきとはうって変わって、まったく刃が立たなかった。
「なにぃっ?!」さと子は色めく。
「ばかめっ。属性が変わったのだよ、ハッハッハ!」憎たらしいほど不敵に笑う魔王。
「バギ! メラ! ポイズン! ジオ!」魔法使いはもう1度、各種属性の魔法で波状攻撃を試みる。
こうなると、もう持久戦だった。魔王の体力が尽きるのが先か、こちらの魔力が切れるのが先か、まだまだ戦いは終わりそうにない。
夕ご飯までに帰れるかなぁ。「癒やしの呪文」を、半ば口癖のように唱えながら、わたしはそんなことをぼんやりと考えていた。