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 死者はほとんどなかった。

 大半は戦闘不能状態に陥ったものの、応急手当でキャラの死亡は避けられた。

 ぼくのキズは意外に浅く、軍が運搬していた持ち運び型の救急ユニットの治療で事足りた。

 ”受信器”を切除され、無力になったアウナは捕獲された。

 確保した塔には、基部に存在する”龍脈”を封じ込める処置を行う。塔はおびただしい”魔力”を放散する”龍脈”を制御することを目的として、建設されたものだった。それが増えた”モンスター”たちによって要塞として占拠されていたのだった。

 ”虹の門”世界は七つの”龍脈”に支えられている。

 ”龍脈”とは”魔力”のみなもとであり、その”魔力”によって、あたかも風船の内部のように”虹の門”世界は成立している……という設定であった。

 ”最終戦争”は魔力を自在に操る”モンスター”たちを弱体化させるために、世界各地に分散する”龍脈”の”魔力”を封鎖することも目的としていた。

 すでに七つの塔のうち、三つが封印され、今回の作戦行動によって同時に三か所が占領されることになっていた。”輝く虚空”がいれば、今日ですべてを終わらせることも可能だったんだが、それは仕方ない。

 とにかく、”魔力”を希薄化させることで”モンスター”の戦力が下がれば、これからの戦いはずっと楽になるだろう。

 救急ユニットの透明なビニール上の壁に包まれ、ぼくは外を眺めていた。

 体中が包帯だらけだったが、治療は終わっていた。

 塔の封鎖作業の物音以外は静かだった周囲に、突然、騒ぎが起こった。

 痛覚は相変わらずサブウィンドウに滝のような数値となって流れていたが、その値はずいぶんと小さくなっている。もう身動きしても構わないだろう。

 ぼくは包帯だらけの体をいたわりつつ、ユニットから出た。

 救急ユニットのそばで待機していたラランニャがあわてた。

 「軍団長、安静にしていなければいけません」

 「でもなにか、怒鳴り声が聞こえるんだけど」

 「ああ……たいしたことではありません。アウナの扱いで、ちょっとケンカが起こっているみたいです」

 「アウナの扱いで?」

 「はい。軍団長のおかげでアウナを生け捕りにできたのですが、この場で殺してしまえとの意見が多いのです」

 困惑した面持ちで、ラランニャが説明した。

 「殺すだって? なぜ!」

 ぼくは想像を絶する事態に驚愕した。

 ラランニャは平静そのものの態度で答えた。

 「みな、アウナには恨みがあるようですね。無理もありません。アウナはこの地方に陣取って、わたしたちプレイヤーをさんざん狩ってきたようなので。過去に狩られた経験がある人もいるんじゃないでしょうか。それに、少数ですがキャラがロストした人のカタキをとる、と息巻いているものもいるようです」

 「そんなことをするために殺さなかったわけじゃないのに!」

 ぼくは走り出そうとして、サブウィンドウの文字が変色したことに気付いた。包帯を巻いた傷口から出血している。

 「大丈夫ですか? また血が出ていますよ!」

 血相を変えたラランニャが駆け寄ってくる。

 傷のことを忘れていた……。

 「また手当てしないと」

 ラランニャは自分のことのように心配してくれているようだ。血のにじんだ包帯を素早く取り替えにかかる。最初に傷の手当てをしてくれたのもラランニャだった。

 「悪いけど、ぼくはケンカを治めないと」

 「そんな! かわいそうですけど、アウナのことは放っておくべきです。アウナ討伐の功績はあなたのものだということは、”組合”も十分に承知していますし」

 「そうか……でもぼくは行かないと。べつに”組合”のことはどうでもいいんだ」

 「では、アーツェル様が出向く必要はないですよ。休んでいても誰も何も言いません」

 「いや、だめだ。とにかく、ケンカが何事もなく収まればいいんだけど。だって、気になるじゃないか」

 「仲間が心配なのですか?……こういってはなんですけど、わざわざゲームで喧嘩なんかする自制心のない連中なんか気に掛ける必要ないと思います」

 不審げにぼくをうかがいながら、アウナは手早く新しい包帯を巻きなおし、ぼくが歩くのに手を貸した。

 騒ぎの起こっている場所では、群衆が丸い壁のように集まっている。

 「軍団長のおでましだ!」

 「”最終戦争”の勝利、おめでとうございます!」

 歓呼で僕は迎え入れられた。ほんとうなら少しくらい愛想よくしてもよかったかもしれないけど、全くそんな気分じゃなかった。

 陰鬱な顔をしているだろうぼくを見て、彼らは畏怖の表情を浮かべながら身をよけた。

 人波がぼくを中心に二つに割れた。

 目の前に出現した道を進む。

 人々の中心で、ぼくは言葉を選びながら言う。

 「なぜ騒いでいるんだい? 原因を教えてほしい」

 ぼくの言葉を歓迎するような大きな声が上がった。ごく普通の戦士の装束に身を包んだ男が、ぼくの前へ進み出た。

 「原因は、こいつです」

 背後から、アウナを引きずり出した。

 一糸まとわぬ姿のアウナが、ぼくの足元に横たわった。

 手足は縛られ、白い肌は土埃に汚れている。ひどいケガはしていないようだったが、あちこちに擦り傷ができていた。

 意識ははっきりしているようで、軽蔑に満ちた冷たい表情のまま、目を伏せている。

 ぼくの頭が熱くなった。敵とはいえ、あまりにぞんざいな扱いに、怒りを覚える。

 ぼくは身に着けていた短いマントを、アウナの上にかぶせた。

 今日は厳しい戦いになると覚悟していたから、より身軽にしようとして軽装にしていたが、仕方がない。

 むきだしになったぼくの肩や背中、そして胸元に視線が集中するのを感じる。

 男性キャラもそうだが、女性キャラからも熱い視線を浴びているような気がする。自意識過剰なのかもしれないが、ようするに、ぼくの性別は女性なのだった。素肌をさらすことに多少、敏感になるのも仕方がないことなのである。

 それはともかく、ぼくは丁寧にアウナにマントを巻きつけた。

 アウナの、怒りにらんらんと輝く双眸がぼくを射た。引き締まった薄い唇が色を失っている。頬に赤みが差した。

 「余計な情けなどいらぬわ!」

 頭を何度もふって、マントを払い落とした。

 「おぬしらゲス、下郎のやからから隠すものなどあるはずもない。好きにせよ。わしは覚悟は決めておる」

 「ほら、軍団長。こいつずっとこんな感じなんですよ。生意気な奴でしょ? こんなの殺されて当然ですよ。すこしは今までのことを謝ればいいのに」

 ぼくとアウナを見ていた群衆の一人が教えてくれた。アウナは鼻を鳴らした。

 「謝罪などとくだらぬ。おぬしらごときがわしに何をしようと、わしはわしの戦いを悔んだりなどせぬわ。戦いとはそうしたものぞ。畢竟、いずれかが地上から消えるしかないのじゃ」

 群衆から凶暴な声が聞こえた。

 「だったら、殺しても文句ねーってことだよな!」

 「本当になめてるガキだぜ! てめーが負けたってことを体に教えてやるよ!」

 ぼくはあわてて興奮する連中を制止した。

 「待ってくれ! 冷静になってくれないか。戦いのあとなんだから、彼女だって少しは気がたつだろう。みんなのことを侮辱したりはしていないよ」

 アウナが叫ぶ。

 「余計なことを言うな! 侮辱しておるのはおぬしらだろうが! わしのような高貴な存在にこのようなぞんざいな仕打ちをするなど、もってのほかじゃ!」

 「このガキ! 付け上がりやがってよ!」

 「殺すぞ!」

 「殺せばよいのじゃ! 野蛮人どもが何をしようと、わしの心は決して屈せぬ!」

 ぼくは激しく言い争う間に入って、頭を抱えた。

 「あ~あ、もうここまでこじれてしまっちゃ、どうしようもないじゃないか」

 ぼくに追いついたラランニャが群衆に言った。

 「”受信器”を切除されたアウナは、ある意味わたしたちの仲間になったとも言えるのでは? 少なくとも、もう”モンスター”じゃないはずだと思います」

 群衆は、虚を突かれたように静まりかえた。

 アウナの甲高い叫びが静寂を破る。

 「なんだと! それこそが一番の侮辱じゃ! このわしとおぬしら下賤な者どもが同じだとは!」

 困惑した様子でラランニャはアウナを見る。

 「あなたは自分をどうしたいんです? 死にたいのですか?」

 「おぬしらの情けなどいらん、それだけじゃ! わしはおぬしらが心底嫌いじゃからのう!」

 ラランニャはため息をつく。

 「どうしましょう。こんなことじゃ、やっぱりアウナは処刑するしかないのかもしれません……まだ子供みたいに見えるのに、かわいそうです……」

 突然、アウナの体が宙に持ち上がった。

 屈強な腕によって宙づりにされたアウナの口から、押し殺した悲鳴が漏れる。

 頭上にアウナを抱え上げ、男が叫んだ。

 「もう限界だぜ! おれはこいつのせいでこれまで三人もキャラをロストしたんだ。それに対して謝りもしないでこの態度……せめておれのキャラ育成で無駄にした時間を償いとして、こいつの処刑で楽しむ権利がある!」

 「そうだそうだ! 軍団長はこいつにキャラを殺されたことがないからどうでもいいだろうけど、わたしたちに借りがあるんだよ、アウナは!」

 「そうだよな! リアルな死にざまが見れないんじゃ、このかったるいゲームやってる意味ねえし、とっととデザートをいただこうぜ!」

 体が冷たくこわばった。

 ついさっきまで何食わぬ顔をしていた、そして一緒に協力して何かを成し遂げてきたはずの隣人が突如として見せた、醜悪な悪意、残虐に、ぼくは心底震えるような恐怖を覚えた。

 「待ってくれないか……?」

 みじめなかすれた声がぼくののどを通り抜けた。

 動けないぼくの体を尻目に、アウナは風にさらわれた風船のように遠ざかってゆく。

 ぼくは情けなく声が震えるのを自覚しながら、呼びかけた。

 「よせ! そんなことをしてなんになる? もう戦いは終わったんだ!」

 アウナを担いだ男が、白けた視線をぼくに投げる。

 「終わっちゃいませんよ。おれの恨みはまだ晴らされてない」

 「で、でも、殺すことはないだろ? アウナはもう無力なんだから」

 「”モンスター”を殺すことの何が悪いんです? なんか……あんた、ちょっとおかしいですよ」

 ためらいがちに、男はぼくを批判する。

 周囲が、男を擁護した。

 「本当だぜ! 軍団長、ちょっとどうかしているよ。あなたのおかげで戦いは勝ったけど、こいつをどうするかはみんなで決めなくちゃ」

 「そうだよな。みんなこいつは殺したほうがいいって思ってるよ。それに、こういう余禄がないといちいちゲームで人の言うことをへいこら聞くわけないじゃん。我慢したんだから、お楽しみくらい許してくれよ」

 ラランニャがぼくの腕に手を当てた。

 「もう、無駄ですよ。わたしたちは”最終戦争”の旗のもとに集まりはしましたが、やはり一人一人が自由な人間なんです。あきらめるしかありません。どの道、アウナを解放しても、彼女はどこにも行く場所はありませんよ。哀れなことですが、野垂れ死にするしかないでしょう。いっそここで死んだほうが幸せかもしれませんよ、残念ですが……」

 これまでも作戦会議などで、多数の意見にながされることはあった。ぼくはそのたび歯噛みしながらも耐えた。しかし、今は自分でも信じられないような衝動が沸き起こった。

 ラランニャを振り切り、ぼくは群衆の前にまろび出た。

 「よせ! それ以上するなら、ぼくは……」

 無数の冷ややかな顔が僕を取り囲んだ。

 アウナを担ぎ上げている男たちの一人が、冗談のような明るい口調で言う。

 「それ以上したら、どうなんだよ? 俺らを殺すのか?」

 一瞬の重苦しい沈黙が周囲を支配する。

 突然、狂ったような哄笑が爆発した。

 男たちを始め、全員が笑いの発作に身をよじっている。

 意味が分からない。一人取り残されたような気持ちで、笑っている人々を眺める。

 ラランニャだけはじっと真面目な面持ちで立っていた。

 遠慮を投げ捨てた男たちはずけずけと言った。

 「そうだよ、あんたが俺たちを殺したら、”組合”が黙っちゃいないよ! 完全に仲間殺しだもんな。PK罪だ、アク禁ものだよ」

 「つか、キャラがスゲースペックだから、ちょっと尊敬してたけど、ちょっとゲームやりこみ過ぎで頭おかしくなったんじゃねーの? ”モンスター”殺すのに、いちいち切れすぎだろ」

 「なにができるんだよ? なんにもできねーんだったらもう黙っとけよ。とりあえず作戦行動は終わったんだから、今のおれらは対等だろ」

 確かに、彼らの言うことはいちいち的を射ている。

 そして、彼らにはわからないだろう。いや、きっと誰にもわからない、ぼくがこの世界を大事にしたいと思っていることは。

 ぼくは悲しみに耐えながら、うなだれた。

 「まあ、反対してる人の前でやるってのもあれだから、向こうへいこーぜ」

 言いながら、男たちはぼくに背を向ける。

 その方の上に横たわったアウナと目があった。

 アウナは、まるで憐れむように静かにぼくを見つめていた。

 ぼくは激しい動揺のままに、”死の種子”の柄に手をかけた。

 いや、だめだ……。”モンスター”を助けようとするために、他人の作ったキャラクターを殺害するなんて、自家撞着の極みじゃないか……。

 柄から手をもぎ話す。ぼくは必死に声を絞り出した。

 「お願いだ! ぼくに免じてアウナを逃がしてやってくれ!」

 体を地面に投げだした。

 手のひらを地面につき、額を土にこすり付けた。男たちに、ぼくは土下座したのだ。

 振り返った男たちは、呆然と黙っていた。

 かすかに、アウナの声が聞こえた。

 「おぬし……正気か? そこまでせずとも、よかろうものを」

 それには答えず、いっそうぼくは姿勢を低くする。

 「お願いします!」

 不穏なざわめきが周囲に満ちた。

 もしかしたら、このまま丸く収まるのかもしれない、わずかな希望が芽生えた。

 しかし、多数の足音が起こり、それはそのままぼくから歩み去っていった。ぼくは土下座の格好のまま、おきざりにされていた。

 絶望的な気持ちで、ぼくは彼らを見送った。

 もはやできることはなにもない。ぼくは……ただただ、無力なんだ……。

 「アーツェル様……なんてことをなさるのですか。”モンスター”のためになぜ?」

 ラランニャが涙ぐんでいる。

 ぼくは再び、”死の種子”をまさぐった。動悸が激しくなる。

 顔を上げ、立ち上がろうとする。

 「お願いです、無茶なことはやめてください!」

 ラランニャの手が、ぼくを背後から抑えた。

 

 その時、眼前の群衆が、全員崩れ落ちた。


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