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 「ま だ う ご け る の か !」

 間延びしたアウナの声が低くこだまする。

 手足を拘束していた風のあぎとから、一息に逃れ出た。

 つま先が地面についた。同時に、アウナに向かって駆けた。

 霧の向こうにかすむ影に目を凝らす。

 アウナは驚愕に目を見張ったまま、凍りついていた。

 限界を超えた体が、いつダメになるかもしれない焦燥と争いながら、ぼくは慎重にアウナを観察した。

 ”モンスター”たちにはある共通した特徴がある。

 それは植物型だろうが、動物型だろうが、ヒューマノイド型だろうがすべてに存在する器官だった。

 ”受信器リセヴィルン”。

 魔法を吸収するアンテナのようなものだ。この器官によって、”モンスター”たちは龍脈から放射される魔力を効率よく摂取、体に蓄積するのだった。

 だが”受信器”は形や色もさまざまで、体のどこにあるのかも個体によってまちまちなのだった。

 だから、アウナの場合もどこに”受信器”をもっているか探らねばならなかった。

 アウナのスピードを上回っている今のうちに、殺してしまったほうがいいのはわかっていた。いずれ彼女はすぐにぼくの速度に追いついてくるだろう。

 しかし、アウナを手にかけてしまえば、それはぼく自身にとっても致命的なことだという気がしてならない。

 ならいっそ、ぼくは自分の体と、彼女の命を天秤にかけよう。

 しょせん、成り行き任せの優柔不断かもしれない。だが、それ以外にぼくには選択肢はないんだ。

 白くふやけたアウナの輪郭に狙いを定め、”死の種子”を突き出す。

 切っ先に何かが引っ掛かる感触があった。

 影のようなアウナの姿がゆらめく。間髪を入れず、剣を薙ぎ払う。

 「い や っ !」

 アウナが悲鳴を上げた。

 身を包んでいた色がはがれ、はためきながら空中へ吹き飛ばされる。あとには、棒のようなか細い姿だけが残った。

 「おぬし、気でも違ごうたか? 服を切り裂いてなんとする!」

 アウナの怒号が普通に聞こえる。僕の速度に追いついたようだった。

 凹凸の少ない体を、小さな手のひらで隠しながら、アウナは背後へ跳躍した。代わりに、渦を巻いて暴風が殺到する。

 ぼくは大した苦労もなく凶器と化した風をかわした。

 アウナは攻撃に苦慮しているようだった。

 無理もない。高速化によって、突如として身体操作の難易度が上がっているはずだ。

 ぼくは懸命にアウナの身体に目を凝らした。ぼく自身、自分自身の動作速度に追いつかず、あいまいな景色しか見えない。かろうじて手袋とブーツ以外は素肌をさらしていることだけはわかった。

 しかし、一見したところ”受信器”らしきものは見当たらない。

 どこだ?ぼくは焦った。視界にちらつく黒い雪のような幻覚はいっそうひどく、いまにも世界を埋め尽くしそうだ。

 陶器のように滑らかな、白い肌は人間そのものでしかなかった。”モンスター”らしき異形は皆無だ。

 そんなはずはない。もしそうなら、アウナは”モンスター”でないことになってしまう。ぼくには殺すこともできないし、この状態を保つこともできない。もう勝負はこれで終わりか……。

 あきらめかけた瞬間、不思議なものが目に入った。

 手袋と、ブーツの他に、何かに包まれた細長い物体が、脚の間からのぞいていた。

 そこか!

 ぼくは全力を両足に叩き込み、アウナへとダッシュした。

 意図を察しかねて困惑しているアウナのそばをすり抜け、振り向きざま剣を振り下ろす。

 「あんっ!」

 アウナは甲高い悲鳴を上げた。同時にへたり込む。

 地面に落ちたものは、手足のように衣装でくるまれた、しっぽだった。

 これがアウナの”受信器”だった。

 轟然と風が吹き荒れたかと思うと、不意に周囲は静寂に包まれた。

 激しい疲労がぼくの体を襲った。その場に崩れ落ちる。高速化魔法は解除され、うすぼんやりしていた世界は元の精彩あふれる景色へと戻った。

 アウナは凝然と地面にうずくまっている。

 「早く逃げなよ」

 ぼくは忠告した。”受信器”を失った彼女は無力な存在だ。仲間の大半を失ったキャラクターたちがこの場にやってきたら、アウナの命は風前のともしびだろう。激高した多数の仲間を抑える自信はぼくにはない。

 「なぜわしを殺さなんだ?」

 アウナは苦渋をにじませた声音で尋ねた。

 「わからない。なんとなく、キミを殺すのは、ぼくの死だと、そう思ったような気がする」

 「わしとおぬしは別人じゃ。何を理屈に合わぬことを言っておる?」

 「そうだね。あんまり覚えてないんだよ、なぜそう思ったのか」

 「さようか……妙なやつじゃ」

 「それより早く逃げなよ。ここにいるとぼくの仲間が来る」

 「なぜわしを気遣う? おぬしらはすでにさんざんわしらを狩りたててきたではないか。いまさら多少の命を救って善行を気取るのか? そんなずうずうしい押し売りの親切など、お断りじゃ!」

 ぼくは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 押し売りの親切……そうかもしれない。無意識のうちに、彼女を助けて、いい気分に浸ろうとしていたのかもしれない。そもそもぼくはむやみに”モンスター”狩りをすることに抵抗感をもっていたわけだし、その罪悪感をまぎらわせようとしていたのかもしれない。いや、きっと彼女の指摘する通りなんだろう。その証拠に、ぼくは今、ショックを受けたじゃないか。感謝されると期待していたことを見透かされていたから、それが恥ずかしかったんだ。

 ぼくはこれ以上何かを言って、自分が傷つきたくなかったから、口を閉ざした。

 アウナから目をそらす。

 

 いつのまにか、地平線の向こうに人垣が連なっていた。

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