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60-4

 自分の思いはしょせん自分自身のものでしかない。

 それに、他人の感覚を、あたかも自分のものであるかのごとく感じることはできないし、他人の考えを完全に自分自身のものとすることは、不可能だ。

 結局、人間の嗜好や感覚は自らの肉体に縛られており、個体が異なるということは絶対的に理解不能という証拠に他ならない。

 他人のことを必要以上に思いやったりすることは、無駄な行為なんだ。

 アウナが好きなぼくは、アウナのことを完全に理解などしていないし、だいたいなぜぼくは彼女が好きなのか?

 愕然とすることだが、アウナを好きな理由というのは、外見だとか、自分と気が合うとか、ぼくにとって”虹の門”という世界の虚構としての儚さを体現する、象徴である、といった卑近な理由でしかないのだ。しょせん人が人を、いや、何かを好むというのは、その程度のつまらない理由しかないんだ。

 であれば、愛するという行為そのものが、実は食事や排せつと同列に並ぶ程度の、本能に任せた流れ作業の一環でしかないじゃないか。そこには、凡俗と隔絶する神聖な意味など、何一つない。

 だから、真に愛するものを欲するなら、自らが手を汚すことを恐れるべきではないのかもしれない。

 なぜなら、愛には高貴さなど伴わぬものであって、つまりは穢れとも無縁どころか、むしろ親密であるとさえ思えるからだ。ようするに、愛を貫こうとすることは、自分も相手も卑俗に穢れることだ、と思うのだ。

 だが、愛にはたった一つだけ、特別なところがある。

 それは、とてつもない高揚を精神にもたらしてくれることだ。

 だから、愛するということは、理性を破壊する興奮の濁流にわが身を投げ出し、とどまらないことに尽きる。

 そう、自分の意志を貫くことで、関係のない無辜の人々をむげに扱うことになろうと、あるいは愛するその人さえ傷つけてしまうとしても、そして、愛する人をもろともに汚すことになろうとも……。

 相手の罪をも自分だけで背負う覚悟さえあるならば!

 それは! それは純粋な愛情から溢れる優しい救いと、まさに等しくなるはずだ!!

 高揚を得るのは自分だけじゃない、愛されることで、相手にも燃えるような高まりを与えることになるのだから!!!

 そして、ぼくは意を決した。

 

 

 アウナは、ぼくのことを何も知らない場違いな愚か者だと、呆れた様子で見ている。

 そんな彼女を無言でぼくはじっとにらみつけた。

 もちろんアウナは、いっそう不審げにぼくを見やり、じりじりと後じさりさえする。

 こうした拒否的な行動は、きっとついさっきまでのぼくにとっては、更なる懊悩の種になったことだろう。

 だが、今のぼくにとって、アウナの本能的な嫌悪など、物の数ではない。

 さきほど塔に接近していた無人戦闘機が、ふたたび接近してきた。

 アウナは、飛翔音に気を取られ、接近する戦闘機の方向へと顔を向けた。

 チャーンス!

 ぼくはいきなりアウナを抱きすくめた。

 「なっ! 何をする、無礼者が! わしを離さねば……むぶっ!」

 抵抗するアウナに、ぼくは思いきり口づけた。

 もう、唇の先から、舌の根元まで、心行くまで、ぶちゅううう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとな!!!

 口の中で何かが爆発する。

 全身がひきつり、目の前がくらむほどのすごい痛み。のどに流れ込む生温かい液体にむせた。

 ピンク色の肉片が口の中から転がり落ちた。ぼくの舌だ。アウナが噛み千切ったのだろう。

 こんな程度か? かわいいぜ、アウナ!

 ぼくは、瞬く間に時間軸操作で、舌を修復する。

 おびただしい鮮血にまみれ、アウナは恐怖に顔をゆがませ、わめいた。

 「なんなのじゃ、なんなのじゃ、おぬしは一体、なんなのじゃ!」

 取り乱すアウナをぼくは一喝する。

 「うるさい! すぐにわかる。だから今は、おとなしくしろ!」

 「痴れ者! わしを離せ! 助けて! プレーテ! 兄上ー! 父上ーーーー! おかしな女がわしを手籠めに……!」

 「手籠めじゃない! キミはぼくのものだ!」

 もみあう(Hな意味じゃなくてね)ぼくとアウナに、ミサイルが飛来。爆発に巻き込まれたぼくと彼女は床に落下した。

 辺りに立ち込めた鼻をつく煙が、高空を吹きすぎる風に追い払われ、清澄な景色が眼前に復活する。

 「アーツェル……?」

 迷子のように困惑したアウナを見下ろし、ぼくはにっこりとほほ笑んだ。

 「やっと目覚めたのか。キミを迎えに来た」

 アウナは驚いたようにぼくを見る。その眼には、ぼくを畏敬するような色が混じっているような気がする。つまり、アウナはぼくと対等ではなく、主人だと認めつつある。それこそ、ぼくと彼女の関係に不足していた、そして必須の要素だ。

 「お、おぬしはなぜわしを……?」

 おずおずと尋ねるアウナの唇に、ぼくは人差し指をそっと乗せた。

 「おーっと! ヤボな質問はなし。ぼくがキミを愛している、それ以外の理由は必要かい?」

 ぼくの勢いに圧倒されつつも、アウナは戸惑いを捨てきれないようだ。

 「しかしあの時、わしとおぬしはさんざん悩んでだな、ああしたいきさつになったのでは……?」

 「そんなこと、忘れちゃいなよ! キミは悪くない。ぼくがすべて間違っていたのさ。愛とは、考えることではなく、行動することだってね、やっとわかったんだ!」

 「いやだから、わしはな? おぬしと離れることを憂いてだな……」

 「ノン、ノン、ノン! そんなことを考える必要一切ナシ! ぼくはキミを離さない、絶対に! ぼくを信じろ!」

 「そもそも疑ってはおらぬが、そうではなく、これまで積み上げてきたエピソードがだな……」

 「だーから、そーいうのは、もうヤメヤメ! ぼくはキミに何も問うことはしない。ただ求めるだけ……つまり、『黙って、オレについてこい』!!!! よーするに、すべては、そーゆーことね」

 「わっからん……おぬしが、わしは、わけわからんわ」

 頭を抱えるアウナを、ぼくはお姫様抱っこして立ち上がる。

 「それで結構。恋愛において頭は使うな、体を使え。これすなわち真理ってやつ? じゃ、さっそくレッスンワン!」

 頭上を物欲しげに飛び回る戦闘機を、ぼくは見上げた。

 ”魔力”を解放し、視線に合わせる形で、光エネルギーを圧縮、指向性をもたせて、機影に放つ。

 「くたばれ! カトンボ!」

 ぼくの両目から射出された光線は、一瞬で戦闘機に命中した。

 高熱の光が大気を貫通する際に起こった落雷のような轟音と、高エネルギーの衝撃で爆散する戦闘機の破砕音が、ファンファーレのように塔の頂上でこだました。

 ぼくは哄笑した。

 これまで抑えつけてきた鬱屈、憤怒、悲嘆、その他もろもろのすべてがこの空のもとで解き放たれ、ぼくの中から消えてゆく。

 見るんだ、世界よ! これが! これが! これがぼくとアウナの新たな物語の始まりだ!!!

 興奮するぼくを、呆れた様子でアウナが眺めていた。

 「しかし、おぬしも変わったの……これからどうするつもりじゃ?」

 すっかりぼくに身をあずけたアウナの、柔らかい肉体を感じながら、ぼくは答える。

 「風にでも聞いてみるかい?」

 いたずらっぽく、アウナはほほ笑んだ。

 「おぬしが知っておるのじゃろう?」

 ぼくは力強くうなずいた。

 

 

 

 

 

 A few years later...

 

 さて、祝福すべきアウナとの再会ののち、ぼくは塔に蝟集するクソザコ戦車どもをことごとく踏み潰し、人間らしき付属品をみんなバラッバラにして、地球勢力に無言の宣戦布告をしてやった。

 愛するアウナを守るため、ぼくは”他球”側で戦うことに決めたのだ。

 なにせ、今のアウナには家族がいるわけで、それを捨てさせるのは恋人としてはあまりに思いやりのないことだからね。そこはきちんと考えてますから。

 で、地球人たちはいきり立ってぼく(と”他球”)に立ち向かってきたが、しょせんお前らはレプリカなんだよ、現実見ろよ、とばかりに一蹴してやった。

 しかも、アウナの親族や、そのほかの”他球”人たちと協力すると、戦局はあっさりと”他球”側に転んでしまった。

 やっぱり持つべきものは、有能な味方。負け犬どもに関わると、自分までレベル下がるから要注意な!

 で、いびいびと攻撃を仕掛けてくる地球軍は残らず破壊するのは当然として、ビビって降伏してきた連中も、ちょろちょろ逃げ回ってる虫けらどもも、ことごとくひっ捕まえて、公開処刑にしてやった。

 それもちょっとしたエンタメになる程度に、さまざまな工夫を凝らして、見せつけてやったものだ。

 そのようすはきちんと映像資料として撮影され、国営図書館のライブラリに収められている。ゴミどもが勘違いし始めたらいつでも自分たちの身の程ってのを学習できるようにね。実に偉大な文化事業だよ。

 で、地球人たちは、二度と顔上げて歩けねーくらいにメチャクチャに痛めつけ、息するのも許可を乞うほどにしつけてやったよ。連中はいまでは、そのことごとくが”他球”に無料奉仕する奴隷階級に収まっている。適材適所。いいことだ。

 ”アーツェル戦争”これにて、一件落着。

 めでたしめでたし……だが、まだ一つだけイベントがある。

 ぼくとアウナの結婚式だ。

 ぼくは強大な”魔力”を駆使することで、”他球”の第一人者としての地位を確立した。しかも、アウナは”他球”の名家の出身であり、これは王族の結婚そのものだから、ぼくたちの婚礼は国家挙げての大祭典となった。

 ちなみに、ぼくもアウナも女性だが、特に異論を聞くことはなかったな。愛の前に、性別は無意味だと、みんなわかってるんだな、全く、理解のある、いい国民を持ってぼくは幸せだ。

 さて、今、ぼくの横では、目にあやな婚礼衣装に身を包んだアウナが輝かんばかりの喜びに、顔をほころばせている。

 近年、ぼくの”虹の門”から来る”魔力”は衰弱してしまったが、忠実な家臣団の研究の結果、さらなる強大な”魔力”を得ることになり、ぼくの地位はいっそう堅固になりこそすれ、衰亡などその兆しもない。

 ”虹の門”が消滅する際に見えた、時間の興亡を見たぼくだ、多少の未来予知だってできるのだから、自分にとって最残の道を選ぶことなど、容易なこと。

 この調子でいくと、ぼくとアウナの行く末には、この惑星の歴史どころか、この宇宙の知的生命体の命運を決するほどの、輝かしい業績に支えられた、古今未曾有の名声が待っている。

 さあ、アウナ。ふたりで栄光の道を歩もうじゃないか。

 ぼくの視線に照れたアウナは、頬を赤らめて、そっと目を伏せた。

 かわいいなあ。ほんっとーに、かわいいなあ。

 これから楽団が、ぼくの好みにおもねり、地球の楽曲を演奏してくれると聞いている。

 ほら、始まった。

 流れ出す美しいメロディは、かつてぼくが少しの間、”虹の門”をプレイしつつハマっていた、あの曲だ。

 

 

 

 ♪ さぁぁん、うぇ~ お~お、ばざ、れぇんぼ~ うぇ~、あ~、ぱ~

 

   ぜ~、じょ~、れぇんだら、ふ~ど~ わぁん、せな、らぁ、らば~い

   

   さぁぁん、うぇ~ お~お、ばざ、れぇんぼ~ すかいざ~、ぶるう~

 

   へんざ~、どぅり~む、らぃくでぇいどぅ~、どぅり~むれりどぅ~、かん、とぅ~ ♪

 

 

 

 そう、ぼくは、ついに虹のかなたにたどりついたんだ。

 ぼくは、妙なる調べに心をゆだね、来し方、行く末に思いを馳せた。

 

 (完)

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