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 ”虹の門”は七つの”龍脈”によって支えられている。この世界を無に帰するには、これらを封印してしまえばいい。

 封印は、”龍脈”を閉じ込めた施設に付属している端末を扱うことで可能となる。

 ”最終戦争”において、ぼくたち地球人の陣営が次々と稼動している”龍脈”を封印してきたことからわかるように、ぼくにも一応は”龍脈”を封印することはできるはず。

 実は、一度もやったことないけど。というのは、ほとんど雑用はラランニャに任せていたから。

 それはともかく、ぼくの目的はなるべく早い段階で、この世界の”龍脈”を封印することだ。

 いつから”龍脈”が生まれ、その上に塔ができたのかは定かではないが、”龍脈”付近で徹底的に時間をさかのぼって、何か建物ができたあたりでさっさと封印してしまえばいい。実に簡単だ。

 それを七回繰り返すと、晴れてこの世界は萎れた風船のようにちぢみあがった末に、消滅する。

 そうなったら地球の役にも、きっと立たないな。

 この世界の存在に地球側が気付いたのは、少なくとも”龍脈”が原住民に自在に利用され始めてからだから、宇宙をエネルギーに変換する次元炉とやらもまだ設置されていないに違いない。

 ”虹の門”は無為に消える。

 結果として、幾千、幾万にもなる無辜の人々が、やがて枯死に至る悲嘆の道へと追いやられる……か。いやいや、百億くらいだっけ? なんかいっぱいいる人たちが、ちびちび身を削りながら、痩せさらばえて死ぬ。一人残らず。

 まあ、それも人生だ。

 自分の好きな時に始められないんだから、不本意な時に終わるのも当然だね。

 何かの小説にあったな、「人生は心の準備を与えてくれぬものなのだ」。確かにそうだ。気が付けば生まれていたんだから、思いもよらない時に死ぬってのが、一番つじつまが合っているじゃないか。

 ちなみに、ぼくの眼前にあるのは、プレーテの塔だ。

 崩壊していたプレーテの塔は、いつのまにか元どおりの威容を取り戻していた。

 解放された”龍脈”が煌々と輝く光の柱で天を支えている。

 ここでいいか。

 今からぼくは時間をさかのぼり、ここの”龍脈”を封印する。いや、いちいち封印なんてする必要はない。端末は見つけ次第ぶち壊す。そうすれば、そののち”龍脈”は二度と起動できなくなるから、”虹のかなた”はさぞあわてふためくことだろうな。

 ”虹のかなた”と言えば、奴が次々と”龍脈”を解放していることは、ぼくにとっては好都合だ。

 おかげで、長い距離を移動することなしに、ぼくは手近の”龍脈”に赴き、全身に”魔力”を浴びることができる。

 ぼくは塔の中へ乗り込み、地下室の”龍脈”の光を浴びた。

 すると、”魔力”を得た体内で、小さな光の粒子が回遊する現象を再び目にすることになった。

 光点の数は以前見た時よりも増えている。

 いよいよぼくも危ないのだろうか。”異星人としての自覚”とは、いつ芽生えるモノなんだろう? 徐々に湧き出るのか、ある時突然、発生するモノなのか。

 もし自分を「異星人」だと認識したら、ぼくはどうなってしまうんだ?

 まあ、なるようになるか。

 今この瞬間に考えなければならないことでもないな。その時には、どうとでもなればいいさ。

 それより、過去へ急ごう。残された時間は、少ないかもしれないから。

 ぼくは、目に見えない階段のような、”虹の門”の時間軸を駆け上っていった。

 

 

 周囲の景色がみるみる変わってゆく。

 尾を引く太陽が、何度も頭上を通過し、空は壊れたモニタのように明滅を繰り返す。

 褐色の地面がむき出しになった地面が徐々に緑に色づき、盛り上がった土が円筒状に固まるや、ぴん、と立ち上がり、よく見ればそれは木になっている。木はどんどんとちぢんでゆき、よくよく見れば、その足元を霧のような影を残して無数の生き物が行き交っていた。

 その間、プレーテの塔も少しずつ短く、小さくなってゆく。塔はもともともう一つの世界の人間が、築いた建物を、ぼくたち地球人が横取りし、砦として増築したものだ。元の建築はさほど大きなものではなかったのだろう。

 やがて色彩は徐々に消えてゆき、灰色の大地のみが荒涼と広がっているだけの光景が続いた。

 ついにプレーテの塔が消え始めた。

 外郭が消え、構造物が見えなくなる。残ったのは、分厚い覆いと、それに付属した端末だ。

 端末は一抱えもある大きなもので、不格好な突起が並んでいる。

 うろ覚えの手順で封印を施す……が、うまくいかない。

 ”龍脈”の輝きは衰えることはなく、盛んになるでもない。全くの無反応だ。

 苛立ちながら、めちゃくちゃな操作を繰り返す。

 と、”龍脈”が震えるような唸りを上げ、まばゆい光芒が暗くなってゆく。

 どうやらなんとかなったな。あとは端末をぶち壊してしまえばいい。

 ぼくが剣を振り上げた時、背後から異様な気配が伝わってきた。

 とっさにその場から飛びのいた。

 足元の地面が、ざっくりと裂けた。

 ぼくの背後に、目を射る七色の長剣を構えたぼくがいた。

 いや、姿かたちが同じだけで、全くの別人だ。

 ”虹のかなた”だった。

 奴は軽蔑もあらわに、ぼくを見下ろすように見た。

 「こんなところまでやってきて、俺の邪魔するなんて、ご苦労さん。きっとあんたは自分のことがうまくいかなかったんだろ? だからうまく行ってる奴が憎いんだよな。醜いね」

 などと、挑発的な発言を投げつけられたぼくは、うんざりするばかりだった。

 ぼくの”虹のかなた”に対する感情は、その生みの親であるぼくとエンカラとの確執によって、理不尽なバイアスがかかっているはずだったが、いまさらこいつ自身に対して恨みや怒りなんか残っていない。

 ただ、ぼくの邪魔をするうっとうしい奴、という嫌悪があるだけだ。

 いや、ちょっとだけ、悪いなという気持ちもあるか。

 仕方がないこととはいえ、コイツの邪魔をしていることは事実だから。

 ぼくは奴の一挙一動を見逃すまいと、極力注意を払う。

 相手の持つ”虹のかなた”は”龍脈”の力を反映してその強さを増す、らしい。今は”龍脈”はすべてが解放されている。魔剣の力は最大にまで上がっているはず。

 ”虹の門”が時間を巻き戻す力が、どれほどまでに強まっているかはわからない。

 様子見のために距離を取ろうとする。

 が、奴は一瞬早くぼくの行く手に攻撃を仕掛けてきた。

 奴とぼくはともに時間をさかのぼり続けている。しかし、奴のほうが速かった。

 ぼくたちの時間軸は世界の時間と正反対のベクトルで急加速し、猛烈な勢いで時間をさかのぼりつつあった。”虹のかなた”はさらにぼくより時間遡行のスピードが速いのだ。

 太刀風が傲然とあごの下をかすめた。

 景色が混然一体となって、濁流と化し、視界を覆う。

 全身を揺るがす衝撃がぼくを揺さぶる。音が急速に遠のいて行った。

 奔流のようだった景色が輪郭を取り戻した。

 ぼくは仰天した。

 力なく座り込んでいる女性の体が見える。しかし、その女性には首がない。おびただしい鮮血が、さかさまにした蛇口のように、肩口からあふれていた。

 その服装には覚えがある……ぼくだ。

 まただ! またぼくの首が飛んだ!

 たちまち白い霧が視界を覆う。意識の動きが、油の切れた機械のようにつっかえ始める。

 だがぼくはほとんど本能ともなった時間軸の遡行によって、損傷した肉体を修復……。

 しようとした途端、さらなる衝撃がぼくの意識を弾き飛ばす。

 最後に見えたのは、”虹のかなた”が両手で逆手に持った剣を、ぼく自身に突き立てている様子だった。

 冗談みたいな状況だな……。

 ぼくは眠りに落ちる。永遠の眠りに……。

 と、思った瞬間、寝坊を確信しながら飛び起きるように目を覚ました。

 見下ろすと、全身が血にまみれている。

 だが、ぼくの体から致命傷は消えうせていた。首は元通りにきちんとつながっている。

 目の前には、ぼくの首を長剣の切っ先で貫き、さらに足で踏みにじっている”虹のかなた”の姿があった。

 残虐すぎ。なんてひどい奴だ。

 勝利を確信したか、”虹のかなた”はこちらを全く警戒していない。隙だらけだ。

 一切の逡巡もなく、ぼくは一刀のもとに”虹のかなた”を両断した。

 驚愕の悲鳴とともに、”虹のかなた”は倒れた。

 上半身と下半身が分離ししていた。切断面から、別れたことを悲しみ、互いに手を伸ばすかのように内臓が噴き出ている。

 ”虹のかなた”がうめいた。

 「そっち側が復活するのかよ……だまされちまったじゃねーか……」

 「ぼくだって別に選んじゃいないよ。たまたまこっちだったんだ。自分でもびっくりしてるくらいなんだから」

 「前見たときは、首のほうだったぞ。あのときだってだまされたんだからな。こんなのってサギだ」

 「知るか! それよりお前はどっちが復活するんだよ?」

 「それこそ、知るか!」

 頭のついている体がむくりと起き上がる。同時に、長剣が横なぎに斬りこんできた。

 かろうじて受け止めるも、重い一撃に両手がたあいなくしびれてしまう。

 よろめくぼくに、追撃が迫る。その矛先は鋭い。

 ぼくはぎりぎりでかわし、反撃に転じた。

 短い刀身で、しかも刃がギザギザにささくれ立っているぼくの魔剣は、身をすりあうほどに接近してからでないと、まともな傷を与えることは不可能だ。

 ぼくは”虹のかなた”へと突進し、体ごと体当たりする。

 深々と、柄まで突き刺さった。

 焼けつくような激痛が、ぼくの背中をわしづかみにし、ずたずたに引き裂く。

 相打ちだ。

 ぼくと”虹の門”はできることなら二度と味わいたくはない苦痛に震え、息を弾ませながら、互いに身を離した。

 憎々しげに、”虹のかなた”は言った。

 「いい加減にしろよ! あんたがやろうとしてるのは、大虐殺だぞ? わかってんのか?」

 「何を言ってる? お前だって、”虹の門”を膨張させるために、他の宇宙をつぶすつもりじゃないか。それ以上の虐殺なんてありうるのか?」

 「あるね。ここが他の宇宙の力を吸収し、まともな宇宙になったとしよう。そこには無数の命が生まれるよな。他の宇宙がそうだったように。つまり、お前はこれから生まれるであろう多くの命をつぶそうとしているんだっつーの!」

 なるほど。理屈は通っているな。

 ぼくはどうしてもぼくでは救えなかったアウナを、今度こそ救うために、”虹の門”を消滅させようとしている。

 しかしそれは、アウナを完全に殺してしまうことなのかもしれない。

 生きることには、多くの苦難が伴うが、ほんのちょっぴりだけの喜びだって、確かにある。

 多くの苦痛を除くために、わずかだが、かけがえのない幸福を奪ってしまうことは、本当に正しいことか? 不幸と幸福を薬物のごとく計量し、総量を比較して、人生の良し悪しを判定できるのか?

 なにより、アウナは生きたことを悔いたのだろうか?

 もし選べたなら、彼女は死の祈念と引き換えに、苦しみも楽しみもない絶対の静謐をとるだろうか? ぼくの意思を支持してくれるのか?

 だがそんなことはもうわからない。

 ただわかったことは、幸福を確かめ合う相手がぼくである限り、アウナは最終的にしあわせになることはできないということだけだ。

 『そして、ふたりはいつまでもいつまでも幸せに暮らしました。』

 そうであってくれればよかった。だがそんな結末はぼくたちには用意されていない。そんなキレイな夢のような終わりは、ぼくと彼女には存在しなかった。

 なら、どうすればいい?

 すべてを無に帰すことしか、ぼくにはもう思いつく手立てがない。

 なのに、アウナの最期の微笑みが、ぼくを激しく動揺させる。

 わかってる、わかってるんだ!

 ぼくの戦いが正しいってわけじゃないことくらい!

 しかし、取り残されたぼくが彼女のためにできることがもはや破滅的な凶行でしかないとしても、それしか残されていないなら、ぼくは絶対に遂行してみせる!

 もし、摂理が、アウナの口にした摂理がそう望むなら、ぼくを消すがいい!

 ぼくは一個のサイコロだ。

 運次第でどうとも転ぶサイコロとして、世界を律する大いなる何者かの見守るテーブルに、この身を投げてやる。

 何が出るかは運命が決めればいい。

 だが、勝負もせずに従容と摂理に従ったりは、決してしない!

 ぼくは突き放すように、”虹のかなた”に言った。

 「それがどうした? ぼくが悔悟の涙を流して、改心するとでも思うのか?」

 「とことん腐ってるな。自分のことは棚に上げて、人のことをあげつらうのか」

 「前はそうだったかもな。でも今はお前のことを悪いと思っちゃいないよ。と、いうより、お前がぼくの邪魔さえしなければ、見逃してやる。どこへなりと消えるがいいさ。追いかけはしない。探しもしない」

 「あてつけかよ? にしては悪辣すぎだな! この世界でたった一人、俺の肉親のあんたこそが一番の敵になるなんて、気分が悪いぜ!」

 「謝るしかない。そもそもお前が生まれたことそのものも、きっと何かのマチガイなんだ。だから正してやるよ」

 「よく言うぜ、それなら、あんたが一番のマチガイだろ。自分で自分を正したほうが良くね?」

 「運に任せる」

 ”虹のかなた”は鋭い笑声を唇から漏らした。

 「迂遠だな! それなら、今すぐ俺が正してやろうじゃねーか!」

 奴の長剣が虹と化し、七色の光がぼくを薙ぎ払う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃える苦しみに身悶えながら、ぼくは今この瞬間、闘いの高揚に酔い痴れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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