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 なんとかしなければ!

 今のぼくは過去へさかのぼる慣性を失い、唯々諾々と世界の時間流に流されている。

 だが、なんとしても、もう一度時間をさかのぼる力を得る必要がある。

 ぼくは”龍脈”へと近寄った。

 ”龍脈”とは、”虹の門”に点在する発電所のようなものだ。だが、その放出エネルギーは”魔力”に限られている。

 また、”魔力”というのは、この地の”モンスター”が肉体に保有する”受信器”で受け取り、物理的な力に変換される特殊な力場のことを言う。

 ”モンスター”、殊に”半神”は”魔力”を有効に活用し、一人一人が水素爆弾に匹敵すると”組合”に評価されるほどの天災じみた破壊力――要するに”遠隔攻撃魔法”だ――を行使する能力を持っていた。

 そして、その”魔法”は、発生源である”龍脈”に近ければ近いほど、強さを増す。

 ぼくの眼前にある”龍脈”は、直径およそ100メートル近くある薄いドーム状の蓋の下に封じ込められており、覆いの中央、やや膨らみを帯びた頂点を中心に、さらに大人が十数人程度いて、ようやく抱え込めるほどの太さを持つ巨大な柱が立っていた。

 ”龍脈”を操作すると思しき、角ばった石には、指先で動かせる凹凸が彫りこまれていた。

 分厚い覆いや、太い柱は”龍脈”の魔力を受けて、まばゆく光り輝いている。

 ぼくは、以前アウナに聞いた言葉を懐かしく思い出していた。

 

 ……

 

 『おぬしらは、ほとんど魔力の供給を受けることができん状態じゃ。それゆえ強力な魔法は使えん。しかし、いかに微量とてきちんと貯蔵し、一度に放出することができれば、それは強大な魔法になるじゃろうが』


 『おぬしらとて、多少でも魔法を使う以上、”受信器”らしき働きをしておる器官は存在するのじゃ。まずそれを認識することじゃな。……』


 『……、”龍脈”付近で違和感を感じる部分が、いわゆる”受信器”じゃ』

 

 ……

 

 ”受信器”のかわりをしている部分は、ぼくにも存在するはずなんだが……。

 だがそれがいままでどこかが分からなかった。それは今でも変わらない。

 でも、もうそんな泣き言を言っていられる時間は終わったんだ。

 ぼくは自分の体に意識を集中した。

 ついさっき、何度も致命傷をうけた記憶が残っているためか、神経がささくれ立ったように過敏になっていた。自分の体であるという認識がしっくりこない。

 ぼくはしきりにざわめく心を強いてなだめすかし、じっと体のようすを探っていった。

 わずかな違和感。

 そういえば、小さな炎にあぶられているような熱を、左耳に感じている。火の気なんかどこにもないのに。

 ……これは、もしや……。

 ぼくは左耳に指先を当てる。熱くはない……やはり、この熱は、純粋に感覚的なものだ。

 ある、あるぞ! ぼくにも”受信器”はあるんだ!

 しかし、興奮はすぐさま消沈してしまう。

 確かに、”受信器”代わりとなっている器官は、ぼくにも存在した。だが、その効力はあまりに貧弱だ。

 ”虹の門”の時間流に耳を澄ませてみても、かすかに音が聞こえるばかりで、ついさっき”虹のかなた”に触れていた時に得られた感覚には到底及ばない。

 こうなったら、少しばかり無茶をしなければいけないな。

 ぼくは燦然と輝く”龍脈”へと相対し、魔剣を高々と振り上げた。

 渾身の力を込めて、膨大な質量と共に鎮座している石のドームに剣を振り下ろす。

 魔剣たる”死の種子”が岩を断ち、深い溝をうがった。

 が、浅い。

 ”龍脈”そのものを外界から遮蔽するこの分厚い覆いを破壊するには、全然足りない。

 ぼくのもつ”受信器”は、壁に包まれた”龍脈”が放出する”魔力”を十分に受信するには、感度が悪すぎる。

 だが、隠蔽された”龍脈”の放つ力を直接浴びれば、今とは比較にならないほど、”魔力”を得ることができるのではないか?

 それがぼくがいま考え付くたった一つのマシな方法だ。

 信じてやるしかない、どれだけ労力がかかろうとも。

 狂ったように剣を振り上げ、叩きつけ、ぼくはひたすら巨石の破壊に邁進した。

 壁が薄くなるにしたがって、光が強くなってゆく。

 焦燥に急き立てられ、いつ果てるともしれない長時間のように思えた苦行も、ついに終焉を迎えた。

 斬り下した剣から、薄い木の板を突き抜けたような感触が伝わってきた。

 細い裂け目から、触れることができそうなほどに強烈な光条がほとばしる。

 とうとう封じ込められていた”龍脈”そのもの到達した!

 絶え間ない打撃によって、さすがの魔剣もかなりガタが来ていた。刃はささくれ立ち、まっすぐだった刀身はいびつに曲がっている。

 剣先で”龍脈”を覆う壁の隙間を貫いた。

 たちまち膨大な光が溢れだし、ぼくの体を呑み込む。

 過剰な光線を遮断するための器官、瞼の下に作られた遮蔽膜をやすやすと透過した光は、一瞬でぼくの網膜を焼きつくした。

 景色が暗転する。

 腕で目を隠し、ぼくは床に這いつくばった。

 時間軸を遡行して、両目を復元する。

 真昼のように明るくなった広大な地下室で、ぼくはうっすらと目を開けた。

 確かに、左耳はそこだけ熱を持ったように温かく感じる。

 今度は視力を損ねないように、目をかばいつつ”龍脈”の光に再び身をさらす。

 左耳に注意を向けた途端、その熱さはみるみる増し、ついに耐え難いまでに膨れ上がった。

 熱っつい! さらに、痛い!

 思わず手を離す。だが、火傷しそうな熱さは消えない。

 身を切るような苦痛にさいなまれ……しかしぼくは大声で笑いださんばかりに高揚していた。

 これで”魔力”を蓄積し、過去へとさかのぼることができる!

 体の底から、吹き上がる溶岩のように、力があふれてくる。今のぼくはどんなことでもできてしまいそうだ。

 久しくなかったほとばしる歓喜に駆り立てられ、ぼくは”龍脈”を封じた地下室を飛び出した。

 地下室の上を、膨大な量の崩れた塔のがれきが覆っているようだった。

 わずかな隙間を見つけて這い上がる。

 暗闇の中で、ぼくの体がうっすらと淡い光を放っていた。

 皮膚の下を小さな魚が泳いでいるかのように、光点が無秩序に流れている。少し驚いたが、時間をさかのぼる力と引き換えなら安いモノだ。

 そういえば、”半神”や”モンスター”たちがもつ”受信器”は高性能らしい。もしかすると、この無数の小さな光は、ぼくの体内で繁殖している微小機械かもしれない。近いうち、ぼくも乗っ取られてしまうのだろうか、エンカラのように。

 ならば、余計に急がねばならない。

 苦心して、高く積みあがった塔のがれきからはい出す。

 頭上に広がった晴れた空を、”龍脈”から伸びた光が貫いていた。

 遠くから、大勢の人が声をそろえた時の声のようなどよめきが聞こえてきた。

 こんなに世界が変わってしまっているなんて、ぼくはもう一度アウナに会えるのだろうか?

 いや、できるんだ。必ずぼくはアウナを助けてみせる。

 だが、もはや一刻の猶予もならない。

 ぼくは一息に、過去へ向けて前進した。

 

 

 

 そうしてぼくは、ついにアウナの骸が打ち捨てられていた荒野へと舞い戻ってきた。

 当然、今は誰も存在しないただの平坦な野原でしかない。

 きっとここのどこかに、アウナがいるはずだった。

 ぼくはアウナの姿を求めて、辺りを駆け回っていた。

 見渡せば、すでに世界はぼくが過ごした時のものとは変わりつつあることがハッキリわかった。

 地平線の彼方に、空を支える柱のようにいくつもの光が屹立している。”龍脈”の光だ。

 ”虹のかなた”は、今この瞬間も、封印されてた”龍脈”の解放にいそしんでいるに違いない。二つの宇宙の間に生まれたかりそめの世界、”虹の門”を本物の宇宙に昇格させるために。

 封鎖されない”龍脈”がいくつも存在するということは、きっと”最終戦争”の進展ははかばかしくないのだろう。

 それが、一体どんな影響をもたらしているのか……見当もつかない。

 ”虹のかなた”と決着をつけてから、アウナを救おうと試みるほうが、いいのだろうか?

 でも、”虹のかなた”に勝つことができるか、ぼくには自信がない。それに奴は、初めはぼくを見逃すと言っていた。邪魔をしないならば、追わない、探さない、と。

 アウナが死を免れるのであれば、ぼくは他の宇宙のことなんかどうだっていい。

 だから、もう”虹のかなた”と戦う気は少しもない。

 むしろ、ぼくとアウナの命を保障してくれるなら、進んで協力してやっても構わないくらいだ。

 そして、どうしても会いたいのは、ぼくが最後に見たアウナだった。

 ぼくが突き放してしまったにもかかわらず、恨み言は何も言わずに姿を消した彼女をこそ、ぼくは求めていた。

 世界が変わりすぎて、あの時のアウナがいなくなる前に、なんとしてもこの手にとらえておきたい。

 いいや、正直に言うと、アウナに会いたくていてもたってもいられなくなっているだけだ。

 どこまでもまっすぐ続く地平線の向こうに、わずかな突起が見えた。

 がつん、と胸郭が音を立てたようだった。

 波立つ鼓動をだましだまし鎮めつつ、目を凝らす。

 金色の髪と、小さなからだ。間違いない、アウナだ!

 ぼくは、一瞬パニックに陥って、呆然とその場に立ち尽くした。

 なんと言えば良い? どうやって話しかければいいんだ? ぼくは未来から来ましたとでも言うのか? でもそれを信じてもらえるだろうか?

 無数の考えが突然沸き起こった不安と共に渦を巻く。

 気づけば足が震えている。呼吸も苦しい。

 ……なんなんだ、こんな大事な時にぼくってやつは。

 しっかりしろよ!

 自分を叱咤し、歩を進める。

 一帯は、なんの障害物もない平原であり、人間でも目が良ければ、相当な距離があってもすぐに見つかる。

 向こうは、ぼくに気付いたようだ。

 いっそう動悸が高まる。

 いたたまれなくなったぼくは、我慢できずに駆けだした。

 アウナは、じっと地面に座り込んだ姿で、ぼくを待っていた。

 近づくにつれて、はっきりとわかる。間違いない、間違いない!

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくの前にいるのは、生きている本物のアウナだった。

 

 

 

 

 

 


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