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 ぼくが作ったキャラクター、”アーツェル”は10代後半、女性の剣士だ。

 身長160センチ、体重45キロ、スリーサイズは76‐53‐78、靴のサイズは22センチ、髪の色は黒、目の色は青で、肌は白。実にありふれた容姿のキャラクターだった。

 なぜなら、見た目を無課金で済ませようとすると、あまり大したバリエーションを付けられないからだ。

 お金をつぎ込めば、世界に唯一無二の外見を作れるんだが、自由にできる小遣いもあまりなかったし、外側より中身になけなしのお金をつぎ込みたかったので、見た目にこだわるのはあきらめた。

 とはいえ、ほとんどデフォルト設定の地味な容貌ではあっても、そこは仮想ゲームの世界ならではのご都合主義で、現実世界ではなかなかお目にかかれない美形であり、見事なプロポーションの持ち主だった。

 自分の生き写しに、ぼくはつい目を奪われてしまった。

 もうひとりのアーツェルは無表情にぼくをじっと見ていたが、不意に、にっこりとほほ笑んだ。

 「よ、ひさしぶりだな、アーツェル」

 言葉を聞いたぼくの肩に、嫌悪と恐怖がのしかかる。針山でも飲み込んだように、腹部が痛んだ。

 ぼくと全く同じ声。しかし、全く違う口調。

 侮蔑と優越感のほの見える視線が、ぼくを金縛りにした。

 目の前のもうひとりのアーツェルから受ける圧力は、間違いなくぼくがかつて知っていたものだ。

 冷や汗が背中を伝い落ちる。

 ぼくの前にいるモノは、ぼくと同じ姿かたちをしながら、ぼくのもっとも会いたくない人物の雰囲気を濃くまといつけていた。

 水分を失い、塊になった唾液を飲み下す。

 ガサガサに乾いた声を絞り出した。

 「お前は……エンカラなのか?」

 相手は唇をゆがめた。

 「わり―けど、違うよ。俺はまた全然別のヒト」

 情けないことだけど、そんな言葉だけでぼくは心底、ほっとした。それが真実だという確証もないのに、必死にすがりついてしまった。

 気が付けば、体中が汗に濡れていた。

 相手は歯をむき出して笑みを作る。

 「オレは、あんたの子供さ……アーツェルママ、よろしくな」

 「子供? 冗談もほどほどにしてほしいな。そんなことあり得ない」

 ぼくもつられたように笑った。

 さして面白くもなかったし、むしろ”虹の門”のようなバトル主体の世界で、あえて女性キャラクターを使用していることを揶揄されたようで不快だったが、なぜか空虚な笑い声がのどの奥から次々と転がり出た。

 にやにやと笑いながら、相手はふざけたように言う。

 「ウソじゃない。エンカラとさんざんヤること、ヤッたでしょ? その結果がオレなわけ。何もおかしなところはねーよ」

 エンカラの名を聞いた途端、ぼくは逆上してしまった。

 自分と同じ姿の、だがぼくは決してしない不気味な笑みを浮かべる相手を怒鳴りつけた。

 「いいかげんにしろ! 子供ができるには何か月もかかるはずだ、いくらなんでもそんな時間はたってないぞ? 少しはまともなことを言えよ!」

 ぼくの神経を逆なですることが楽しくて仕方がない、といった感じで相手はせせら笑った。

 「まともだよ。あんた、オレが”もう一つの宇宙”出身だってことが、わからないのか? ”虹の門”に接している宇宙は地球のある場所だけじゃない。もう一つあるのは知ってるだろ? それに、あんたらが使ってるその体のオリジナルはオレたちが作ったんだぜ? もちろん”半神”もそうだし、”モンスター”何種類かもそうだ」

 エンカラが別の宇宙の手先だってことは何となくわかってた。

 奴はぼくたちでも知らないようなテクノロジーでぼくのブロックされていた感覚を解放したわけだし、その関係者であるコイツが”龍脈”を起動させたことでも想像できる。

 それに、”虹の門”の成り立ちくらい知ってるさ、話で聞いただけだけど。

 この”虹の門”は、ぼくたちの住む宇宙とは別の、しかしよく似たもう一つの宇宙の接点に生まれた中途半端な世界だ。

 そこではぼくたち地球人が到達する以前に、すでに別の宇宙から来訪した生物によって、人間そっくりの原住生物が住まわされていた。

 宇宙間の莫大な輸送コスト問題を解消するため、地球人は原住生物を改造、コピーし、地球人に操作させることとした。

 それがキャラクターの由来だ。たしかヴェルメーリから聞いたな。

 つまり、こいつは、もう一つの宇宙から来た、異星人だということか。

 異星人エイリアン遭遇?

 信じられない退屈さ。こいつはぼくたちと大して変わらないじゃないか。見た目も仕草も……そして、他者をなぶって楽しむような邪悪さも。

 相手は話を続ける。

 「あんたは死を避けるために、いくつもの時間軸を切り離した。わずかに残った時間の中で、あんたの体内に棲息していたおれは自分、すなわち受精した卵子の時間軸をものすごい勢いで進めたわけ。つまり、あんたが何度もさかのぼってたけど、その逆ってことだな」

 「ぼくの体内に棲息? 寄生虫みたいなものか?」

 「言い方がひでーな、いくらエンカラにとことんいびられたからって、それはあんたの自業自得だぜ? ま、似たようなもんだがね。エンカラは、もともとあんたらの作ったいわゆるキャラってやつだ。おれは、つか、おれらはキャラに感染して、内部から徐々に侵食してから、宿主を乗っ取る微小機械ピコロボットさ。もうすでにかなりの数を乗っ取っているはずだ」

 「そんなに増えるわけない。微小機械の検疫は”組合”だって慎重に行ってるはずだ。それとも、出現期間が短いのに、大繁殖したのか?」

 「いいや。結構前からいたよ。ばれなかっただけでね。おれらは感染条件が限定されててね。しかも、感染するような行為は、通常では行われない物とされているから、俺らのような存在は想定されていなかった。盲点だよな……それは、性行為なんだな」

 そういうことか。なんとなく納得だ。

 確かに”虹の門”は未成年も参加できるゲームだから、セックスはできないように、あるいは無意味になるようにキャラの性感は完全にブロックされている。VRデバイスを改造したところで、キャラの肉体自身が感覚遮断の処置を受けているために、アダルトゲームや性的なコミュニケーションを目的とするサイト以上の快楽は得られない。ちなみに、こうしたネット上でのVRデバイスを使用した性行為は基本的に違法なんだよね。法律ギリギリで許可される業者もあるけど、それはまあいいか。

 ぼく自身にそんなに興味がないから、一般的な知識ではそんなもんだ、ということしか知らない。

 しかし、そういう改造をするプレイヤーが多いことは確かだから、何か裏ワザでもあったのかも。VRデバイスに直接、感覚増幅器ブースターでも取り付けるのかな、どうでもいいけど。

 だが、ゲーム内のルールを作っている運営や”組合”がプレイヤーに禁止している違法行為をおおっぴらに取り締まるだろうか?

 むしろ、存在していることを公にしないために、存在していても、見なかったことにするのでは? 少なくとも、”虹の門”でその手の違反者がいたという話は聞いたことがない。エンカラは、セックスOKの改造をしていたと言ってたが、ぼくが見たのはそれが初めてだ。

 とすれば、裏でヴァーチャルセックスが行われていようが、そもそも取り締まり対象として存在しないことになっているのだから、摘発はおろか、調査もしないし、規制することもできない。で、ひそかに野放しになっている、と。

 さらに、セックスコミュニティに属していることは公言されないから、誰がそのメンバーかどうかもわからない。

 それが理由で、こいつらみたいなのがいつの間にか増えていたってわけか……。

 ひょっとすると、ぼくもすでに感染しているってことか?

 相手は楽しんでいるような、執拗な目つきで、ぼくの反応をうかがっている。

 「あんた、今、びびったな……何を考えてるかわかるよ。おれは、あんたの体でできているんだから、それこそ手に取るように、伝わってくるね」

 「話が早いじゃないか。感染したら、どうなる? 筋金入りの兵士になるのか? それとも狡知に長けたスパイか?」

 「別にどうとも。エンカラだって、元の性格はあんなもんだ、うわついたアホガキだよ。だが、脳に集まった微小機械によって、異世界の知識と、『自分は、異星人だ』っていう自己認識が芽生える」

 「それで、あんなことをするのか。人を人とも思わないような……」

 「だーから、それはエンカラの元の性格だっつーの。おれ自身は、あいつはかなりゲスいと思うけど、あんたほど強烈に憎んじゃいない。むしろあんたがあいつをゲスに仕立て上げたって一面もあると思う」

 「そんなことあるもんか! とにかくあいつはドゲスってことだけは間違いない! だいたい、お前は何者なんだよ? ぼくの複製なのか、エンカラが中に入ってるのか、どうなんだ?」

 「落ち着けよ。おれはエンカラとあんたのハイブリッドだよ。だから悲しいんだよね、パパとママがケンカするの」

 頭がおかしいんじゃないのか? ぼく以外に頭がいかれている奴がいるなんて、うれしいやら、恥ずかしいやら、得体のしれない親近感すら感じるよ。

 お近づきのしるしに、親愛の念に満ち満ちたご挨拶を差し上げようじゃないか。

 「おまえなんか、これ以上見たくもない。ぼくが我慢できているうちに消えるんだな。でないと死ぬぞ」

 相手はおどけた身振りで、後じさる。

 「ひどいよ、ママン! オレを殺すだなんて、オレはそんなにダメな子なの?」

 「うるさい!」

 ぼくはためらいもなく魔剣を振りかざす。

 対する相手は、背中に背負っていた剣を引き抜いた。エンカラが持っていた、湾曲した長剣だ。

 まだ何もしていないうちから、ぼくの息が荒くなる。

 気が遠くなりそうだ。

 かつてアウナを見殺しにした罪悪感から逃れるために、エンカラに耽溺した記憶が、頭だけでなく肉体にも生々しく甦ってきたのだ。

 あの時、ぼくは紛れもなくエンカラによって救われていた。ぼくが息絶えないためにたった一つ必要だったもの、ぼくの守護天使、唯一神がエンカラだったのだ。

 激しい渇望のために、惜しげもなく自らを蕩尽しつくす愉悦。

 自分を取り戻したはず、と信じる今となっては、現在のぼくに足元を掘り崩すような不安と恐怖と、そして恥辱をもたらす忌まわしい過去だった。

 にもかかわらず、あの時の記憶は、深くぼくの深奥に刻み込まれている。

 だから、ぼくはエンカラが死んだことに安堵していたのに。

 なのに、今また、ぼくの前に立ちはだかるというのか……。

 果たしてエンカラの記憶を、ぼくは殺すことができるのだろうか?

 わからない。まったく自信がない。

 本当に、見当もつかなかった。

 まだ、戦いになるならそのほうが気が楽かもしれない。

 でも、もし目に前に立つコイツが手を差し伸べてきたら?

 ぼくは拒否できるのだろうか?

 なぜなら、コイツはエンカラとぼくの子供だと言ってるんだ……。どう対応すればいいんだ?

 その時、きっとぼくはすさまじい形相をしていたに違いない。

 相手は長剣を構えたまま、そっと言った。

 「オレの邪魔をしないなら、このまま消えていいぜ。追いかけないし、探しもしない」

 その言葉は、意外にもぼくの自尊心を傷つけた。

 ぼくが相対するだけでこれだけ葛藤を覚えるのに、こいつはぼくのことなんて心底どうでもいいと思っているんだ。

 その怒りが、ぼくに会話を継続させた。

 「何をするつもりなんだ? それだけ教えてもらおうか」

 「別に。知ったところで関係ないだろ」

 「あるさ。ぼくはここにずっと住むつもりだからな」

 「物好きだなあ。とっとと地球に帰ればいいのに」

 「人の勝手だ。それより返答はどうなんだ?」

 「その必要があるのかよ? 少なくともオレにはない」

 「聞いたら、消えてやる」

 「わかったよ。この世界を、きちんとした宇宙にまで育ててやるんだ。あんたんとこの地球や、オレたちの惑星がある宇宙のような」

 「”龍脈”を使って? そんなことができるのか」

 「まーな。”龍脈”は接触している宇宙とエネルギーのやり取りができる窓口でもある。そこで、”龍脈”の力をすべて全開にすれば、隣接した宇宙のエネルギーを吸収し、この宇宙を成長させることができる。もっともそうなると、他の宇宙が逆にエネルギー変換されちまうかもしれないが、それはささいなことだ」

 「ささいじゃないだろ、大問題だよ! それって、”虹の門”をつぶすより悪質だぞ? 自分の故郷を大事に思わないのか?」

 「は? お前に言われるとは思わなかったな。あのババアをはねつけたくせに。それに、おれは厳密には、異星人そのものじゃない。確かに異星人だという認識はあるが、だからって故郷を偲んだりもしない。自分の好きにしたいだけだ」

 ぞっとした。こいつは、たしかにぼくの血を引いているのかもしれない。

 奴の言うことは、ぼくがラランニャに言った内容と酷似していないだろうか? ぼくの冷血にエンカラの残酷さが加わって、こいつは化け物と化している。

 これが呪いでなくてなんだろう? こいつは紛れもなく、もう一人のぼくだ。

 ぼくはこいつを止めなければならない。

 なぜなら、多くのものを含む二つの宇宙を破壊するという、醜悪を極まりない行為を、いとも簡単にやろうとするコイツは、あまりにぼくとの関係が深すぎるからだ。見過ごすことはできない。

 こいつのやることは、ぼくのやることでもある。

 ぼくはいつになく落ち着いた気分で、武器を構えなおした。

 相手は不思議そうに、こちらを見る。

 「おいおい、どうしたんだ? もうやることは言ったから、あんたは帰るんだろ?」

 「いいや。気が変わった。なんとしても、お前を止める」

 「冗談じゃねーよ。邪魔してくれなんて誰が言った? あんたおかしいんじゃねえか」

 「お前も十分おかしいんだよ! 自分と宇宙二つ天秤にかけて、自分が重いと考えるほうが無茶苦茶だろ」

 「だったらどうなんだよ。あんたには関係ないじゃないか」

 「いいや、あるね。お前の暴走は、ぼくが止めるしかないんだ」

 「それって、おれと殺し合いするってこと?」

 「殺すまでやるかはわからないけど、結果的にそうなっても仕方がないな」

 「やっぱりあんたおかしいわ。でも、売られたケンカは買うよ」

 悠々と長剣を両手で構える。驚いたことに、緩やかに湾曲した刀身が、様々な色彩に彩られ、輝き始めた。

 ぼくは息をのんだ。

 相手は、誇示するように、陶酔するように虹色に輝く刀身を掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

 「この世界……”龍脈”の胎動に呼応して威力を増す魔剣、”虹のかなた(トランス・チエルラルコ)”。おれの魔剣だ。俺自身もそう呼んでくれ」

 

 

 




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