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 いくら自分の考えを堅持しようとも、それを破却することを迫る強制力に介入され、屈するならば、自分の意志など初めからなかったことに等しくなってしまう。

 だからぼくは、意思という目に見えないものを守るために、かたちあるものを壊さねばならない。壊されるかもしれない危険を冒しつつも。

 それは賭けだった。

 時間軸の並列化によって、ぼくを複数出現させる。

 もし時間軸の新しいほうがやられれば、古いほうが時間軸をさかのぼればいい。しかし、古いぼくがダメになったら、新しいぼくも同時に破砕され、時間軸をさかのぼることはできない。なぜなら、さかのぼったとしてもすでに破壊された、というところで終わりになってしまうからだ。すでに時間軸上で、破壊されている事実が確定してしまっているのだから、それ以上さかのぼりようがなくなってしまう。

 ほんのわずかな一秒にも満たない時間の差だが、違いは絶対的だ。

 生か死か、二者択一の未来にぼくは飛び込んだ。

 致死性の刃がラランニャの肉体を貫く。

 光が視界に移る光景を引きはがし、くらやみが目にへばりついた。

 胸から下が、スポンジのように無数の小孔を穿たれていた。

 ぼくが崩壊する瞬間、”死の種子”はぼくの手から離れる。ラランニャの傷口から青い刀身が滑り落ちて行った。

 死滅する未来を切り離し、ラランニャは肉体を回復させる。

 が、再びラランニャの体を、ぼくの魔剣が貫いていた。

 「フニちゃん! どぉーして?」

 ラランニャは悲鳴を上げた。

 ひとり倒した直後に、またしてもぼくが出現したことに驚いたようだ。

 ただ単に、最新の時間軸を持つぼくのうしろに、やや昔のぼくが隠れていただけのことだ。”神眼”の攻撃方法は発光であり、全方向に死角はないと思われたが、物理的な打撃を伴わないため、壁一枚で防御できてしまう欠点があった。

 ぼくはラランニャに抱きつき、深く深く、凶刃を差し入れる。剣の柄がラランニャの胸に突き当たった。

 背後から殴られるような衝撃。またもぼくの体は四散し、直後に元通りに復元する。

 しかし、ラランニャは復活できなかった。

 時間軸をさかのぼり、元の体を取り戻そうとしたのだろう。だが、さかのぼれる時間が短すぎた。つまり、ぼくの剣が突き刺さっていた時間が長すぎた。

 二度目にさかのぼろうとするときには、肉体は致命的なまでに損傷し、時間軸を遡行する機能は破壊されていたはずだ。

 おびただしい鮮血がラランニャの腹部からほとばしる。

 さらに、”死の種子”の特性によって、ラランニャの白い肌がどす黒く曇り始めた。

 このまま倒れてしまうかとおもわれたラランニャの手が、ぼくの腕をつかんだ。

 床は海面のように波打っている。

 ぼくとラランニャはもつれ合って倒れる。

 「どうしても、わたしのものにはなってくれないんだね、フニちゃん」

 悲痛なラランニャの声がぼくの耳朶をうつ。

 「仕方がないよ。キミがほしいのは、昔のぼくだろう? 残念だけど、今のぼくは昔のぼくじゃないんだ」

 「変わってしまったのは、アウナのせいでしょ?」

 「そうだよ。ぼくは自分の中にあるアウナを守りたいんだ。アウナ自身を残酷に扱ってしまったかわりに。無意味な思い込みだけど、ぼくにとってはどうしても捨てられないんだよ」

 悪臭を放ちつつ溶けて行きながら、ラランニャは言う。

 「わたしを残酷に突き放すのは、平気なんだ」

 ぼくは何も答えることができなかった。

 周囲の轟音に紛れ、溺れるような声がかすかに聞こえてきた。

 「でも、きっとフニちゃんは足元をすくわれるよ。自分ではわかってないけど、フニちゃんが死んだアウナを好きな限り、どこにも行きつけない。フニちゃんは自分で自分を不幸に陥れているだけ。それも、ゆるい不幸に。自分の辛うじて耐えられるところまで来て、ナルシスティックな自虐をもてあそんで、じっと同じ場所にとどまっているだけ。それが甘えでなくていったい何なの? それってヒキコモリと同じことしているだけだから。流れる時間の中で人ができることは変わることだけなのに、それをしないことが生きたことになるのかな……」

 ラランニャの言葉に、ぼくは衝撃を受ける。

 「どうしてそんなことがキミにわかるんだ! 根拠のない批判ならよしてくれよ!」

 おもわず、感情的に叫んでしまった。

 「わかるもん……だって、わたしと似てるんだから。気が付かないの……?」

 「キミとぼくが似てるって? そんなわけないだろ、一致するところなんか、全くないじゃないか」

 その時、床に亀裂が走った。

 ふわりと体が浮いた。

 周囲が青く輝く。

 飛び交う礫岩が動きを止める。

 床は支えを失い、崩落しつつあった。

 ぼくは空中に浮いている岩へ飛び移った。

 超高速による強烈な空気抵抗によって、ラランニャがぼくから剥がれてゆく。

 振り返って見送ろうとするが、それはすでに人の形を成していない。黒く染まった手ぬぐいのようなものが幾切れも空に舞っている。

 ぼくはラランニャの記憶を脳裏から遮断し、次々と岩へ飛び乗り、塔の下階へ下ってゆく。

 稼動している”龍脈”は地下にあるはずだ。

 ”虹の門”という世界において、”龍脈”の動向は極めて重要だった。

 ラランニャたち運営、”組合”がもくろんでいたのは”龍脈”をすべて封印することで”虹の門”を収縮、崩壊させ、エネルギーに変換することだった。

 ユーザーが強制ログアウトされたのも、その”龍脈”封印に起因する世界の異常によるものだった。

 現在の”虹の門”では、ぼくのようにユーザーがすでにゲームをやめており、長期間ログインしなくなった結果、自律行動しているキャラクターと、ラランニャのように管理者アカウントをもつユーザーが使用するキャラクターだけが活動している。

 今この塔では、”組合”の思惑とは逆に”龍脈”を稼働させているのだが、この世界に最後までいたいと念じるぼくにとしては、何が起こっているかを把握しておきたい。

 できれば”龍脈”を動かす目的や、何者が行っているのかも知りたいが、果たして意思疎通できる相手だろうか?

 暗闇の中を降り尽くす。

 巨大な石畳に覆われた頑丈極まりない塔の基礎部分に到達した。

 広い床の隅に、小さな出入口が設けられている。上方から降り注ぐ瓦礫が来ないうちに、地下へともぐりこんだ。

 強烈な光の洪水が、目をくらませる。

 網膜の許容範囲をはるかに超えた光量のため、瞼の下に作られた保護膜を閉じる。

 サングラスをかけたように、視界が暗くなった。

 色彩を帯びた光の柱の中心に、ひとつの人影が見える。

 ”龍脈”を操作しているように見える。この人物は何者なのか?

 用心を怠らず、ぼくは超加速を保ちつつ、ゆっくりと接近した。

 人影は、動きを止めた。

 ぼくに気付いて反応している!

 それはつまり、光速で動くぼくを感知し、さらに十分に対応する速度を持っていることに他ならない。

 何者だ?

 高まる緊張で、剣の柄を握る手が汗ばんだ。

 人影は素早く振り向く。

 ぼくは呆然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは自分で最もよく知る人物……アーツェルの姿だった。

 

 

 

 

 

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