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ぼくが足を止めると、一緒に行軍してきたキャラクターたちも自然に動きを止めた。中の一人がぼくに声をかける。
「軍団長、ちっちゃな子がひとりいますけど、あれが敵ですか?」
「そうですよ」
かたわらから、素早く教えてくれるキャラクターがいる。
オレンジ色の頭髪が目立つ、小柄な女性だ。
「あれは、”モンスター”の中でも屈指の実力者と言われているアウナです。外見は幼い少女、金色の長髪で間違いありません」
ラランニャは、この戦争でぼくのサポートをしてくれているとても頼りになるキャラクターだ。運営との連絡、軍団の組織化などの雑用から、戦闘での防御まで、彼女がいなければ、ぼくは軍団長なんかやっていけなかっただろう。
なにより、彼女の優しい言葉遣いや態度がぼくにとっては心の安らぎになっている。
彼女の中の人は、コアなプレイヤーではないので、ラランニャはしばしばいなくなるが、そんなときはどうもしっくりこない。だから、この終盤に彼女がいてくれることはぼくにとって大切な支えになっていた。
切りそろえられたオレンジ色の前髪にほとんど隠れた目で、ラランニャはじっとぼくを見ている。
「気を付けてください。”モンスター”たちの能力は、見かけにはよりません。あの子の態度を見てください。これだけの人数を見て全然同じた様子を見せていません。あのかわいらしい見た目の中には、ラスボスにふさわしい化け物が隠れているんでしょうね」
「そうかもしれないね」
口調は柔らかいけど、相手をあっさり化け物と決めつける物言いに、ひそかにぼくは胸が痛んだ。
化け物か。でも相手から見ればぼくたちこそ化け物だろうに。
よどんだ気分を一新しようと、ぼくはラランニャに尋ねる。
「戦闘準備は?」
「整っています。前衛には防御魔法を使える”壁”を置き、後方には長距離攻撃部隊を配置しております。この陣形のまま進み、敵のスキが見えたところで中央の本隊が突撃する、と言う段取りです。その時には軍団長にも存分に暴れまわってもらいます」
「まかせる。ところで、他の部隊はどうなってる……?」
「”燃える剣”、”闇の旅団”は予定通りに進軍中だそうです。ということは、間もなく敵軍と接触するようですね」
「そっか……うちは陽動も兼ねてるから、先に開戦したほうがよさそうだな……あ、そういえば」
ぼくは気になっていたことをそっと質問した。
「”輝く虚空”は?」
「今日も未ログインのようです。”最終戦争の四戦士”の一員でありながら、どうにもやる気が見られませんね。彼の担当する軍勢は、”燃える剣”、”闇の旅団”に振り分けられているようですよ」
ほっとぼくは胸をなでおろした。
”輝く虚空”は、なぜかぼくにやたらと絡んでくるのが苦手なんだ。やたらハイテンションで、しかも妙に人のプライバシーを知りたがるんだからたちが悪い。ついでに口も悪い。
「安心していますね」
ラランニャが鋭い指摘をくりだした。ぼくはあわててとりつくろう。
「そんなことはないよ。ただ、戦闘の前に、彼みたいな軽口を聞くと集中できないんでね。それがちょっと心配だったんだ」
「変わり者かもしれないけど、彼もわたしたちの味方なんですからね」
咎めるような口調で、ラランニャが言う。
「悪かったよ。そうだな」
ラランニャは真面目そのものの表情を、珍しく苦笑らしきもので崩した。
「嫌いなんですか……”輝く虚空”」
「嫌いじゃない。苦手なだけさ。言葉はかなり乱暴だけど、本人は憎めない良い奴だと思う」
「そうですか。では今度、彼に自分で言ってやってください。喜ぶと思いますよ」
「ああ、考えておくよ」
「わたしたちは、互いに手を取り合ってこの世界を変えてゆく仲間ですからね。みんなが協力し合わなければならないんです」
あたかも教師のような言い方にわきおこったかすかな苛立ちを、ぼくはほほ笑みで押し殺す。
「そうだよね。よくわかっているよ」
ぼくは気を静めるためにため息をついた。努めて悠然とした態度で前方を眺める。
巨大な建造物を背後にした小さな姿が、妙なさみしさを伴って目に映った。
なえかけた気力を奮い起こし、ぼくはラランニャに決然と言い放った。
「戦闘開始だ!」