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 今ぼくは、ラランニャと対峙している。

 ラランニャは、喜びとも怒りとも悲しみともつかない、爆発しそうな顔で、ぼくをにらみつけている。

 対するぼくは、亡者のようなうつろさだ。

 あの時からどれだけの時間がたったのか、ぼくにはよくわからなくなっていた。

 一応、ここは最後の塔ということだけは、知っている。

 ぼくたちは、”虹の門”に棲息する”モンスター”たちが支配している最後の拠点にいた。”最終戦争”の終盤、もともと”輝く虚空”が攻略する予定だった”龍脈”だ。

 しかし、ぼくも参加した戦闘時、”輝く虚空”は未ログインで、その軍勢はヴェルメーリとノトゥの配下に組み入れられた。”最終戦争の四戦士”が一人欠けたことで、同時に占領するはずだった”龍脈”は一つが取り残されることとなった。

 それがこの塔だった。

 あの後、エンカラはぼくを連れて、この塔を目指した。

 アウナの亡骸は、彼女が死んだ場所に残してきてしまった。ぼくは葬ることさえできないほど、自分を喪失していた。ただエンカラに置き去られまいと必死に奴について行った。

 ”四戦士”の軍勢は、おざなりに塔を包囲しているだけで、ぼくとエンカラは簡単に塔の内部に侵入することができた。

 しかし、その直後に包囲軍の攻撃が始まり、守護するもののない塔はあっさりと突入を許してしまったのだった。

 それから、ラランニャが数人の部下と共にぼくに追いつき、ぼくとエンカラはあっさり追いつめられた。

 エンカラに命じられるまま、ぼくはラランニャの前に立ちはだかった。

 ぼくがこの世で最も軽蔑し、そして最も必要としているエンカラは背後に隠れている。

 「さ、ほら。とっととやっちまいなよ、エンリョしないでさ」

 エンカラはなれなれしい口調でぼくをせかした。

 そのにやついた顔が目に浮かぶようだ。ぼくを見下した目、愉悦に紅潮したほお、ゆがんだ笑みからのぞかせた、今にも噛みつきそうに並んだ歯……。

 「エンカラ! あなたはアーツェル様に何をしたの?」

 鋭い声を、ラランニャは放った。

 エンカラは甲高い笑い声をあげた。

 「あんなこと、こんなこと、いっぱいやったっすよ! そうだな、まあ、基本○。○○やりまくってたって言うね。どんなふうにしたかっていうと、こいつの○。○から始まって、で、おれが○○○しつつ○○○で一回○○せて、とりあえず○○○で○○まくって、あ、そういえば○○○も試したな~、けっこう○○がるから、大変だったけど、今はヨユーでできるよな、○○○○。○○!」

 …………。

 エンカラの低俗な言葉はぼくには到底聞くに堪えない。そんなときは、ぼくはまるで聞こえなかったように脳内で言葉を消去する。ぼくの心は、殻の中に閉じこもった貝のようだ。ただ目先の安逸をむさぼるためだけに、目の前で起こっていることすら受け入れを拒否してしまう。だから、少々わからない部分があることは許してほしい。

 顔を真っ赤にしたラランニャが叫んだ。

 「ウソを言わないでください! あなたみたいな雑魚もザコ、ド底辺のカスキャラクターがそんなことできるわけありません!」

 「ウソなんかじゃねーって! ○。○○しまくったっつーの。ね、そーだろ、お前、おれの○○○、○。○。○たよな?」

 ぼくはすでに頭がろくに働かない。エンカラが話を振ってきてもこたえる気が起こらない。

 腹を立てたのか、エンカラは容赦のない蹴りをぼくの背中に食らわせた。

 立っているのがやっとのぼくは、たわいもなく硬い石の床に膝をついた。

 いきり立ったエンカラの声が聞こえる。

 「気取ってんじゃねーよ! だいたい俺からは最初だけだったじゃねーかよ! あとはいつもお前から来やがったくせに、シカトしてんじゃねー! 終わっても、おれの○○○を離そうとしなかったのは誰だっつーの!」

 ラランニャは怒号をエンカラに投げつけた。

 「ケダモノが薄汚い後ろあしでアーツェル様に触らないでください! あなたみたいな小物のゲスがやっていいことではありませんよ! 覚悟なさい、これまでたとえどんな素晴らしい思い出が山ほどあろうとも、最期にこんな目にあうなら、絶対に生まれないほうが良かったと心底から後悔するほどのヒッドイ死に方をさせてあげますから!」

 「なんなんすか? 悪りーのは、おれっすか? こいつだって、かなりノリノリでやってんすからね! ジェラシーかよ? 処女ババアはうるせーから、死んどけ、ドブス! ドゲザして頼んでもシてやんねーぞ? おぉん?」

 「黙りなさい、バカ! 昨日今日、はじめて童貞捨てたガキみたいに図に乗ってアピールしないでもらえます? どうせ安っすいAVもどきの曲芸○。○○しか知らないくせに、ヤリチンきどりなんて笑っちゃうわ! あんたみたいなガッついたサルは未来永劫、お断りです!」

 

 なんなの、これ。

 ぼくを置いてきぼりで、ラランニャとエンカラは大ゲンカを始めた。

 ……まあ、勝手にすればいい。

 こんな状況でアレだけど、またしてもぼくは沈鬱な懊悩に支配されつつあった。

 何度も何度も脳裏をよぎるのは同じことばかりだ。

 アウナを死に追いやった卑劣。

 ラランニャの保護下に身を寄せた怯懦。

 エンカラがもたらす一時の忘却に身をゆだねた脆弱。

 いまだ生きている怠惰。

 ぼくは、自らの罪にさいなまれる苦痛から、逃れようと必死になっていた。でなければ、一秒だって耐えられそうにない苦しさだったからだ。

 だが、苦しい、耐えられないと言いながら、結局ぼくはこうして恥をさらしてまでも生きている。

 苦しみに耐えられないなら、どうなるっていうんだ? 命が尽きるのか?

 いいや、どうにもなりはしない。

 ただ、ぼくが苦しいだけだ。

 つまるところ、ぼくは自分が苦しむことが嫌なだけだ。

 しかし、今のぼくは、そういうぼくの逃避を許すことができるか?

 許せるわけがないだろう。

 そして、ぼくはいまや、死を恐れない。

 なら、死んでしまうのが最善か?

 だが、それが一番の逃避なのではないだろうか?

 ぼくがもっともやらねばならないのは、苦痛に全身を浸すことではないのか。苦しみ続けることではないのか。それがせめてもの贖罪にはならないだろうか?

 死んでしまったアウナにはもう、何一つ償うことはできない。

 だから、彼女を傷つけたぼくは、せめて謝罪のかわりとして死ぬ……。

 しかし、それで終わりにすることは、アウナがかつて存在したという事実をないがしろにすることではないのか?

 ぼくはアウナが好きで、でも裏切って、アウナが死んだと知ってからは、毎分毎秒が後悔と自己嫌悪の連続で、でも、ぼくは彼女がとても素晴らしい人物だったことを記憶している。

 ぼくの思い出の中のアウナは、とても素敵だ。

 その美しい思い出そのものを保つことが、アウナを死んだ後も大事にすることではないか?

 ……そうだ。

 ぼくが少しでも長く生き続け、苦悩することが、アウナへの謝罪になるんだ。

 だからぼくは、もう逃げていてはいけない。

 いつわりの安寧も、つかのまの陶酔も退けなければならない。

 目覚めたまま、ぼくはアウナと共に生きる。

 それが、本当にぼくがしなければならないことだったんだ。

 やがて、アウナを忘れ、生きる希望を見つけた時……その時は、いさぎよくこの世から去ろう。

 ようやく目が覚めたような気がする。寝起きの気分はとてもいいとは言えない。まだ記憶に生々しい自分の痴態、醜態が数限りなく思い出され、心臓が止まりそうだ。

 でも、ぼくがすべきことは完全に理解できた。

 

 

 

 

 絶望と共に、命を長らえること。





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