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 「それから、ようやくその”クニークロ”を捕まえられそうになったんだよ! そしたら、目の前にノイズがバリバリ走っちゃってさ! よくよく考えたら、もう三日三晩ログインし続けてて、VRデバイスの接続も悪くなってたんだね。でも、いまさら切断するわけにはいかないじゃないか。”組合”に高く引き取ってもらえる”モンスター”だからね、純白の”クニークロ”は! だから強引につづけたよ。当たり前じゃないか! なんとか静かに近づいて……息もとめて……そーっと近づくだろ……やっとこさ、何とか捕まえられそうな距離まで近づいたんだよ、で、がばっと飛び込もうとした時にさ! ふっと目の前の藪の中を見たら……いたんだよ、”ティーグロ”が! 全然気が付かなかったし、ぼくは”クニークロ”を追い回すのに必死で、剣すらキャンプにおいてきていた。丸腰だよ。それで急に出くわしたんだよね、”ティーグロ”に! ありえないだろ? ぼくたち同じ獲物を追っていたんだ!」

 息が切れるのも、声がかすれるのにも全然かまわず、ぼくは憑かれたようにしゃべり続けた。

 すでにラランニャはかすかにうなづくだけで、ぼくの尽きることのない無駄話にはつきあおうとしない。エンカラなどは、全く聞き流しているようだ。

 誰が話を聞いていようがいまいが、構わなかった。とにかくぼくはしゃべってしゃべってしゃべり続けなければならなかった。ほんの少しの沈黙さえ、耐えられなかった。

 アウナを見送った後、しばらくしてぼくは異常に高揚した気分に見舞われた。

 高ぶった気持ちのままに、脈絡のない話を口にするぼくを、はじめはラランニャは好意的に迎えてくれた。

 しかし、ラランニャの発言にはほとんど構わず、主に”虹の門”をプレイしていた時期の思い出話ばかりを、それも同じ話を何度か繰り返しても全く気にも留めないぼくに様子に異常を感じたのか、ラランニャは鼻白んだように相手をすることをやめてしまった。エンカラに至っては、はなから相手にする気は持っていないようだった。相槌すらうとうとせず、かといって意図的に黙殺しているわけでもなく、全く関心を持たないかのように、のんきそうに景色を眺めている。

 ラランニャとエンカラは、ぼくを連れて移動している。身動きできないぼくは、簡単に木の枝で組まれた寝床に横たわっている。それを、二人が左右から支えて運んでいるわけだ。支えていると言っても完全に持ち上げるのではなく、寝床の足元は地面に引きずっていた。

 行く先は、この近辺に設置されている簡易シェルターだそうだ。そこには医療キットや食料、装備などが備蓄されているという。”組合”が重要なキャラクターを援助するために、そうした拠点がいくつか存在するらしい。

 「”ティーグロ”もきっとびっくりしていただろうな! だって、動きが止まってたもからね、こっちを丸い目でじーっとみてるんだよ。ぼくも同じさ。なんで? って思いながら、相手をじっと見てた。でも次に思ったのは、こいつから逃げられるのか? ってことだよ。何せ丸腰なんだからね。”ティーグロ”どころか”カート”の相手だって下手すれば危険だろう? 武器はない、準備もない、じゃ、どうしよう。なら、魔法! それしかないよね。でもよくよく考えたらさ……」

 ぼくは激しくせき込んだ。

 「もうよしてください、アーツェル様。意識を取り戻したとはいえ、あなたは死ぬかもしれない重体なんですよ。すぐに体力は回復しますから、少しの間だけ、安静にしていてください。お願いします」

 たまりかねたようにラランニャが言った。

 そのうるんだ瞳に満ちているものは、まぎれもなく慈愛に他ならない。

 ぼくは見たくないものであるかのように、ラランニャから顔をそむけた。

 立て続けに出る咳で、ぼくは窒息しそうだった。周囲にありもしない虫のような影が飛び交う。目を閉じれば、紫色や緑色の光が細い線となって複雑に絡まりあい、生き物のようにうごめいていた。

 すべてが苦痛と不可分の、空恐ろしい幻覚がぼくを責めている。

 しゃべったり、無理して目覚めていたりすることが、傷によくないということは重々わかってる。でも、そうせざるを得ないんだ。ぼくの中に満ち溢れている奔流のような活力が、自分を食いつぶしてでも活動をやめることを決して許そうとしない。

 「アーツェル様! もう着きましたよ。移動はこれ以上ありません。だから落ち着いて……」

 エンカラが、ぼくの体を地面に横たえた。

 冷たい土の上に、きめの粗い毛布が掛けられている。その上にぼくは寝かされた。そっと頭が持ち上げられ、困惑しきったラランニャの悲しげな顔がぼくの真上に浮かんでいた。

 ぼくの頭の後ろを、あたたかく柔らかい感触が包んだ。

 ひざまくらだ。

 ラランニャの皮膚から伝わってくる優しいぬくもりに、張りつめていたぼくの気持ちが、ほどけてゆくようだった。

 つかの間の安寧にほだされ、ぼくは目を閉じた闇の中に身を甘んじようと試みる。

 が、それはムリだった。

 雷光のごとく眼前にひらめいたのは、アウナの顔だった。

 別れる前に見せた、わずかな時間に垣間見せた、傷ついたアウナの悲愴な面持ちだった。

 心臓に鋼鉄の環がはまったかのような痛みと、重苦しさがぼくを襲った。

 冷や汗をにじませ、ぼくは目を開いた。

 ラランニャはほほ笑みながら、柔らかい口調で言った。

 「安心してください。もうあなたは助かりますよ。間違いありません、わたしが命をかけて保証しますとも」

 ラランニャの手のひらが、そっとぼくの頬を撫でた。

 暖かさがぼくを癒やしてくれる。

 この安らぎは偽りだろうか?

 見たくない物から目をそむけるためだけの、はかない慰安でしかないのか?

 だが、それでも構わない。

 ぼくはもう、限界だった。

 これ以上、苦しむのはもう無理だ、いまにも気がくるってしまいそうだ。

 砂漠でさまよい、渇き死にしそうになっている旅人がオアシスを発見したときのごとく、ぼくはラランニャの手にしがみついた。

 伝わってくる体温に、ぼくはひそかに涙を流す。

 凍りついていた何かが解けてゆくようだ。

 もしこれが蜃気楼だったとしても。

 いつわりの安息だったとしても。

 構うものか……ぼくには、ふさわしいじゃないか。

 そうさ。自分の命が大事なばかりに、大切に思ったものを捨ててしまった……、そんな脆弱なぼくには、偽物をあてがうくらいでちょうどいいんだよ。

 だが、すまない。

 ラランニャ……君の優しさに……ぼくはつけこませてもらうよ。

 もう少しだけ、きみの温かさに触れていたいんだ。

 ぼくの両腕がラランニャの腰を抱き寄せた。

 「ずっと我慢していたのですね……いいんですよ、アーツェル様。ゆっくりと、休息してください。わたしにできることならなんでもしますから……」

 ぼくは子守歌のようにラランニャの言葉を聞きながら、眠りの泥沼に転げ落ちて行った。

 

 

 

 ぼくは荒野を一人さまよっていた。

 空は灰色の厚い雲に覆われ、周囲には不気味な黒い雪がちらほらと舞っている。

 なんとはなしに息がつまりそうな気持ちで、どこに行くべきか考えながら、歩いていた。

 黒い影に覆われた不吉な森が傍らに見えた。

 ぼくは森を目指した。そこに何かがあるんじゃないかと、妙な期待を持ったからだ。

 何かって何が?

 ぼくは何を探しているんだろう……そう、何かを探していたんだ、ぼくは。だったら、森の中に何かが必ずあるはずだ。

 うっそうとした森にしげる雑草は、ぼくの胸元まで育っていた。その葉っぱは尖った刃物のように鋭く、固い。

 手のひらが切れ、血が滴った。

 嫌な気持ちになりつつも、ぼくは草をかき分けて森の奥へ進んだ。

 祭壇のような四角い岩が眼前に現れた。

 その上に、何か白い物体が安置されている。

 薄闇を透かして、ぼくは目を凝らした。

 心臓が跳ね上がる。鼓動が増した。

 白いモノは、アウナの首だった。

 大理石を削って造り出した彫刻のように、端正に整った面持ちのアウナが、眠るように目を閉じている。

 切り刻まれる手には構わず、ぼくは祭壇のそばへ駆け寄った。

 「アウナ、どうしてこんなことに?」

 ぼくは動揺して震えの止まらない手でアウナの首を手に取った。

 気が付けば、祭壇の周囲には、かつてアウナの体の一部だったものが散乱している。

 「ウソだろ……こんなことって」

 両手で触れたアウナの首からは、冷たい石のような感触が伝わるのみ。

 アウナは死んでいた。

 「ウソだ!」

 ぼくはアウナの首を胸に抱きしめ、号泣した。

 

 

 

 「どうしてこんなことに?」

 と、突然、見慣れない光景が目に飛び込んできた。

 一瞬、自分がどうなっているのかすらわからず、ぼくは混乱した。

 ぼくは横になっているようだ。淡い光が天井で踊っていた。

 しばらく静寂に耳を澄まし、ようやく合点がいった。

 さっき見たものは、夢だったのだ。

 嫌な夢だ……。ぼくは胸部に鈍い痛みすら感じながら、長い息を漏らした。

 眼前で瞬いているオレンジ色の光は、よく見てみれば、切れかけた明かりだ。

 どうなってるんだ、ぼくは一体……。

 そこは狭い倉庫のような一室だった。そこで一人で横たわっていた。

 ぼくの体は、全身包帯だらけだった。ほとんど身動きできないほどに巻きつけてある。少し動こうとすると、包帯の下に塗布されていた粘液状の傷薬がねばねばと皮膚を引っ張った。

 ぼくは、けがをしていたんだな。思い出した。そして、ぼくはアウナを……。

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 大切な人を、逆に傷つけてしまったんだ。この過ちは、拭い去ることなんかできやしない。

 ぼくは……クズだ。

 どうしようもない、薄汚いゴミカスだ!

 アウナはこの世界にたった一人で、心細かったに違いない。だからこそ、ぼくを頼ってくれたのに、ぼくは一番肝心なところで手を離してしまった……!

 なら、なぜ初めに救おうとしたんだ? 最後まで手を携えることができないなら、初めから関わらなければ、アウナだって、ひどい裏切りに傷つかずに済んだ。ぼくのしたことは、あまりにも残酷だ、自分の気の向くまま、優しさを通貨のように与えて、歓心を買ったら、裏切って……!

 ぼくは、もう、どうにでもなってしまえばいいのに!

 なのに、なぜ?

 どうしてこんなところで、のんきに寝ているんだ?

 ぼくの後悔は、うわべだけなのか?

 違う! ぼくはいまはっきりわかった。ぼくは本当にアウナが好きだった。そして、アウナを見放してしまったことを心の底から悔いていることを!

 こんなことはしていられない。ぼくはアウナのために何かをしなくちゃいけないんだ。

 もしかしてそれは、あるいはカナを思った時のように、すでに手遅れの、後悔かもしれない。

 でも今それは考えたくはない!

 アウナがいなくなったら、ぼくはどうすればいいんだ? でもそれは考えられない、気がくるってしまうかもしれない、でも一番恐ろしいのは、それすら忘れて、自分を許してしまうことだ。そうなったら、ぼくはぼくを許せないだろう、それでも許してしまうのだろうか? 流れる時間に身を任せて、すべてを忘れて……、そんなことが可能なのか? そうじゃない、ぼくがそれを許せるのか?

 否だ!

 断じて否を唱える! ぼくは決して自分自身を許さない!

 体を覆う包帯を次々に引きちぎる。乱暴に、からみついた布きれを放り捨てた。

 部屋の隅に、ぼくの装備が積み上げられている。

 衣服やアイテム、そして、武器だ。

 忌まわしいはずのぼくの魔剣、”死の種子”がこの上なく頼りがいのある味方に思えた。

 部屋の隅から物音が聞こえた。

 びっくりしたような顔で、エンカラが棒立ちになっている。その後ろには空いた扉があった。どうやら、この小部屋に入ってきたばかりのようだ。

 エンカラは屈託ない様子で言った。

 「おっ? もう治ったんすか? すごいっすね~ラランニャさんの腕前は! 医療キットが無かったらきっと軍団長危なかったっすよ!」

 ラランニャ。

 その名前を聞いて、ぼくの胸が鈍くうずいた。

 彼女が看病してくれたのか。そうだ、覚えているよ。ぼくは最後はラランニャの膝枕で寝入ったような気がする。

 ……でも、ぼくは卑劣な奴だ。

 ラランニャが提供してくれたものをまんまと享受しておきながら、いざ体が回復するやアウナのもとへと走ろうとしている。

 ぼくはエンカラに顔を向けた。

 「ラランニャは今ここにいるの?」

 「いや~それがいないんすよね。ここって単なる物資の貯蔵庫なんですよね。なんで、これからの旅に必要なものがないって言ってましたよ。で、取りに行くって言ってたな。あ、そうそう。場所は、こっちがすでに占領している塔らしいっすよ、詳しいことは知らねーけど」

 「そうか、ラランニャはいないんだな」

 ぼくは安どのため息をついた。そして、ラランニャがいないことにぼくは感謝しなければならない。きっといたら、またしてもあの煮詰められるような葛藤に放り込まれ、そして、どんな判断を、自分の気持ちからかけ離れた決心をしなければならないか、見当もつかない。

 嫌な気分だ。でも、それはぼくが至らないせいだ。自業自得じゃないか!

 「なら、ラランニャが帰ってきたときに伝えておいてくれ。ありがとう、とね」

 「はあ。いいっすよ」

 合点のいかない表情で、エンカラは返事をする。

 ぼくはそのそばを通り抜けようとした。

 エンカラは不思議そうに尋ねた。

 「そっちは食料庫ですよ。腹減ったんすか?」

 「まあ、それはそうだけど。あと、伝言よろしくね」

 「へ? いや、どうしたんすか? どっか行くんすか?」

 「まーね。ちょっと外へ出るだけさ」

 「またまたぁ。この周り、壊れた塔以外なんもないっすよ。病み上がりなんだから、寝てたほうが全然いいっすよ」

 エンカラが笑った。対して、ぼくは全く真剣そのものだ。

 様子を窺うように、エンカラは眉をひそめた。

 「え? どうかしたんすか? なんか変ですけど……もしかして、ここから出ていくとか」

 「……そうだ。出ていく」

 「え~? 何のためにぃ? 意味わかんないんすけど」

 大げさに驚くエンカラに、ぼくは穏やかに告げた。

 「ぼくは、アウナを探しに行く」

 どうしてわざわざ目的をはっきり告げたのか、わからない。でも、ただここからいなくなるだけじゃ、意図を伝えなければ、またぼくは人をだましているんじゃないかという疑問を持ったんだ。

 エンカラはますます驚き、長身をそらして大声を上げる。

 「えええええええ~? ガチっすか? それ、本気で言ってんすか?」

 「ああ。本気だよ。ぼくはアウナを探しに行く」

 「そんなことしたら、またラランニャさんがプンプンですよ」

 「どうしようもないさ。ラランニャが嫌いだってわけじゃないよ、誤解しないでくれ。でも、ぼくはアウナも大事だと思ってるから、行かなきゃ」

 「へ~? へ~? なんかすごいっすねぇ。じゃあ、一応そう言っときますわ。あの怖いオバちゃんに。でも怒られたら、軍団長のせいにするっすからね」

 「どうぞどうぞ。ご勝手に。というか、確かに悪いのはぼくさ。よく言ってくれたよ」

 ぼくはエンカラに笑いかけた。

 エンカラも楽しげに笑う。

 「じゃー、遠慮なく。軍団長も、気を付けてくださいな。途中、”モンスター”とかいるかもしんないっすよ」

 「大丈夫さ。もう体はほとんど治っている。さすが、便利な世界だよ、ここは」

 「本当っすね。ここがなくならないほうが、やっぱいいすよね」

 「同感だ。じゃあ、時間が惜しいからぼくはもう行くよ」

 「でも、あてはあるんすか? 軍団長、アウナと別れた時、フラフラだったじゃないすか。場所わかります?」

 エンカラに受けた当然の指摘に、ぼくは面食らった。割とマトモだな、こいつ……。

 それはそれとして、確かにぼくはアウナの居場所を知らないし、どこを探すにしてもこの広大な世界を徒歩で探すのは、全く雲をつかむような話だ。

 「これ、俺がひそかに作ってる地図と旅程を書き込んだものっす。よかったら持ってってください」

 エンカラが差しだしたのは、ぼくたちのたどった道を記入した”虹の門”の地図だった。

 「いいのかい? こんなのもらっちゃって……」

 「いいすよ。どうせコピーあるし。俺らがアウナと別れたのはこの辺っすね。しるしつけときましたんで、どうぞ使ってください」

 「ありがとう、エンカラ。感謝するよ」

 照れたように、エンカラは頭をかきながら下を向いてしまった。だらしのない笑い声を漏らしている。

 「じゃあね。ラランニャによろしく」

 「お気をつけて~」

 多少名残惜しくはあったが、短く別れを告げ、ぼくは貯蔵庫から飛び出した。

 外は夜だった。

 満天の星が、音もなくちらちらとまたたいている。

 塔の頂上でアウナと交わした短くも楽しい時間が脳裏を駆け巡った。

 黒い空のドームが頂点を極めた場所でひときわまばゆく輝く美しい星。

 かつて”トラヴィデヴレーツォ”……見えない物、という名を持っていた。

 だが、ぼくとアウナは新しく名前を付けた。

 ”アーツェルとアウナ”だ。

 そう、あの星はアウナの星だ!

 

 

 

 

 ぼくは澄んだ大気の中で壮麗にきらめく星のもと、アウナを目指す一歩を踏み出した。

 

 

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