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 体中が燃えるように熱い。のどが渇いた。

 火がついているような痛みが、あちこちにへばりついて離れない。傷の痛みだ。

 苦しい、誰か助けてくれ!

 ほんの一秒だって我慢できないような苦痛が、しかし、ぼくには逃げるすべなど何一つ与えられてはいない。

 ただ耐えるしかないのか。

 歯を食いしばり、息を荒げ、ただ脳裏には痛い、助けてくれ、一刻も早く苦しみが消えてくれと懇願しながら、のたうちまわるだけだ。

 ぼくはいま、眠っているはずだ。全身を苛む痛みが強すぎて、意識をはっきり保てないんだ。

 なのに、体に深く食い込む痛みのかぎづめが意識の端々に引っ掛かって、安息を許してはくれない。

 痛みを数値化しているウィンドウに流れている文字列は、もはや支離滅裂の文字化けと変貌して狂ったように流れている。

 熱で煮えたぎった頭に、不穏な雷鳴が突き刺さった。

 複数の激した声音が、幾層にも重なりあい、ずきずきと僕を苛んだ。

 皮膚に突き刺さるような音響の震えが、脳の奥に運ばれて、ようやく一つ一つの言葉に分解されてゆく。

 徐々に意味がしみいるように理解できてゆく。

 ラランニャ、アウナ、エンカラの声が交互に聞こえてきた。

 

 ………

 

 『あなたが、アーツェル様をここまで追い込んだのですよ。もうこの方は瀕死です。助かるかどうかはわかりません……あなたのせいだとわからないのですか?』

 

 『わしは、こやつを守ってやりたいのじゃ。だからそばにいたいだけじゃ』

 

 『お前居たって、何の役にも立たねーじゃん。少なくとも俺らにとってはさ。もう軍団長も死にそうだし、お前いらなくね?』

 

 『アーツェルが死ぬなぞ、わしは認めん!』

 

 『いい加減にしてくれませんか。そんな口先だけきれいなことを言っても、実際はこんな状況でしょう? あなたにどうにかできるんですか? 何もできないくせに、得体のしれない”モンスター”にそばにいられるこちらの身にもなってください』

 

 『おぬしらがわしのことを疎んじるのは構わん。気持ちはわかる。だが、わしがアーツェルのそばにいることは、否定できぬぞ。アーツェルはわしにそばにいてくれと、そう確かに言った』

 

 『ああ……申し訳ありませんが、いいかげん腹が立ってきました。可愛らしい顔をして、まんまとアーツェル様をたぶらかしたのは結構ですよ、処世術なんて人それぞれですからね。ですが、あなたにアーツェル様と親しくする権利なんてありはしませんよ。自分のしてきたことを忘れたのですか?』

 

 『確かにわしは何人もお前たちを葬ってきた。しかし、それは昔のことじゃ』

 

 『そんな簡単な話ではありません。あなたはね、地球で何万人も殺しているんですよ。わたしたちがこの世界にキャラクターを乗り物として活動していることはもうご存知ですよね。今、あなたが見ているわたしたちは仮の姿だということ、元の体は地球と言う別の世界に存在するということ』

 

 『知っておる。しかしそれは、事実とは違っていたはずじゃ。おぬしらも、アーツェルも実際はこの世界の生き物そのものだということじゃったろうが』

 

 『でも、わたしたちにとっては、それは話が違うってことなんですよ。ここの世界には遊びできていたつもりだったんです。それは当然アーツェル様だってそう思っています』

 

 『わしとてそれくらい知っておるわ。アーツェルには、向こうの世界に連れて行ってくれるとの話もしたぞ』

 

 『全く……無知とは恐ろしいモノですね。さきほども言いましたが、あなたに地球へ行くなんて資格はありませんよ。たとえアーツェル様がそう言ったとしてもね。あの方は知らないのです、あなた方”モンスター”、ことに”半神”たちが犯している罪のことを』

 

 『なんすかそれ? ”龍脈”を使うと地球で大災害が起こるって話っすか? ヴェルメーリとかいうおっさんが言ってた』

 

 『そうです。でもそれだけではありません。アーツェル様を含め、ログアウトできなかったキャラクターは地球ではすでに死んでいると、ノトゥが言ったのを覚えているでしょう。カー・ナ・フォスも地球ではすでに死んでいた。それはこのわたしたちも例外ではないのです』

 

 『でもよー、ノトゥのおっさんは死ぬ前、なんかログアウトしてたっぽいじゃん』

 

 『管理者アカウントを持つユーザーのキャラクターは、違うんですよ。地球が天変地異にでも見舞われない限り接続は保護されるし、接続方式も一般ユーザーとは違って完全リアルタイム接続です。ようするに、わたしたちのようにキャラクターにデータ転送して双方向で情報をやり取りしているように偽装する必要がないんです。だから、逆にキャラクター自身は空っぽです。ですが、アーツェル様は違います。あの方を作ったユーザーも亡くなっています』

 

 『それがわしと何の関係がある?』

 

 『大ありですよ。アーツェル様のユーザーは、あなたがた”半神”が”龍脈”を使って引き起こした大災害で亡くなったのですから。つまり、アーツェル様の本体を殺したのはあなたです』

 

 『なんと……なんと……そんな、そんなことがありうるものか! わしが、アーツェルを……こ、殺した……と? 本当なのか?』

 

 『関東・東海大震災。2月14日4時27分に発生した相模湾地震、その8分後に誘発された中南海地震によって起こった大規模な地震災害。東京、神奈川、静岡、愛知を中心に関東、中部、近畿一帯に激甚な被害を与え、首都をはじめとする都市圏のインフラは壊滅状態に陥り、被害地域の広大さに比例した大量の避難民が日本各地に押し寄せ、日本列島は大混乱に陥った。震災後1週間後には、富士山が噴火、膨大な火山灰の降下によって災害対策は遅延に遅延を重ねた結果、被災者の人的被害は極限にまで拡大された。死者、行方不明者数50万人。……この中に、アーツェル様のユーザーが含まれていたのです。あなたがたのせいでね』

 

 『わしは知らん。知らなかったのじゃ……』

 

 『それで済むと思っているのですか? あなた方は明らかに”龍脈”を使って、地球に攻撃を仕掛けていましたよね』

 

 『あー、あれってこいつらのせいだったのかよ。とんでもねー連中だな』

 

 『仕方がなかったのじゃ。この世界で暮らしているわしらにとって、おぬしらのような異世界からの侵入者は邪魔な存在でしかない。さりとて、わしらは、直接的な戦闘では悔しいかな、おぬしらには劣っておる。半神ひとりひとりは、おぬしらよりもはるかに強力だが、連帯できぬわしらはひとり、またひとりと屠られてゆく。だから根元を断ち切ろうとしたまでのこと。決しておぬしら個人に悪意を持っていたわけではない』

 

 『おためごかしはやめてください。それに、まるで自分たちが侵略されたから反撃したかのようなもの言いですが、本当は違うでしょう? あなたがたが最初に、地球のある宇宙を自分たちの世界のエネルギーに変換しようとしていたんじゃありませんか? ”虹の門”発見以前から、地球での異常な天変地異は始まっていたのですから』

 

 『……そんなこと、いまさら言ったところで、どうしようもあるまい……どちらが先に始めたなど。わしらはおぬしらがここにやってきたときには、歓迎はせずとも排除はせなんだはずじゃ。同じ世界に生きる者して、受け入れたはず。なのにおぬしらは勝手に土地を仕切り、わしらの配下にある”モンスター”を好き勝手に狩り、わしらを襲撃したではないか! だから必死に抵抗しようとしたまでよ』

 

 『嘘をつかないでください! わたしたちがここへ来る前から起こっていた大災害はあなた方のせいでしょう』

 

 『そんなことはない! おぬしこそ、嘘をついておる! なるほど、おぬしらの調査で関連があったと判明したということは聞いた。しかしそれは我々に攻撃の意志があったわけではないことはわかってくれぬか? わしらは単に生活の必要から”龍脈”を使用しておっただけじゃ。それがおぬしらの世界に打撃を与えるとわかったのは、つい最近のことなのじゃ。むしろおぬしらがこの世界に現れたがゆえに、ことさらに”龍脈”を使用しての攻撃が激化したのじゃから』

 

 『知らなかったから、許されるとでも? 知らずともわたしたちにとっては、あなた方のしでかしたことは戦闘行為そのものです。理不尽な攻撃に対して、正当な報復を行っているのは、私たちの側なのです』

 

 『言うがよかろう……結局わしらとおぬしらの間には、どちらかが滅びるまで争うしか関わり合いの方法はないというのじゃな……なれば、いずれが先に仕掛けようが同じではないか。お互いが同時に同じ場所に存在していることが、そもそも間違っておったのじゃから。だがそれは、わしらが所属する社会同士のいさかいではないか? 自分の属する社会の敵対関係を、わしら個人の間にまで持ち込まねばならぬと言うほうはあるまい?』

 

 『何が言いたいのですか? 自分の属する社会が、別の社会と敵対しているのなら、個人でも敵対する社会に対して攻撃的な意志を持つのは当然ではありませんか。人は一人では生きられない以上、属する社会なくして個人は存在しえないならば、個人は社会が与える価値観にどこまでも順ずるべきではありませんか』

 

 『そんなことはあるまい。どこまでも社会に従うなら、個人の存在意義はどこにある? 社会の一部品としてのみ生きることにしか、個人には存在価値はないのか?』

 

 『そう言っているのですよ。わたしたちは地球人であり、それ以上でも以下でもないのです。だから、あなたとは結局は異なる存在であって、融和することは究極的には不可能なのですよ』

 

 『だがわしはそうは思えぬ! 社会に属したとて、相容れぬものだっておるじゃろう。どうしても仲良くできぬ、というと卑近な表現じゃが、社会の内部にも手を結べぬ者はいる。そして、社会の外にも心を通わせることができる相手がおることだって、あるはずじゃ! その証拠にアーツェルがいるではないか。アーツェルこそわしの存在する意味、生きる根拠なのじゃ』

 

 『よくもぬけぬけと言えますね。それをアーツェルが聞いて、どう思うか見ものですよ。自分を殺した相手が、自分のことを慕ってくる……それに好意で応えるほど、アーツェル様は腑抜けではありませんよ』

 

 『……わかるものか。おぬしにはわかるまい。しかしアーツェルなら、きっとわかってくれておる。わしの気持ちを……』

 

 『わかったからどうだと? あなたには結局何もできない。アーツェル様のけがを治すこともできない。わたしたちが所有していた医療キットはプレーテの守っていた塔の崩壊に巻き込まれて破損してしまいましたが、別の医療キットが存在する場所を、私は知っています。使い方だって当然わかります。それがあなたにできますか?』

 

 『……できぬ。しかしそれでもアーツェルはわしを必要としてくれているはずじゃ……』

 

 『虚しい期待ですね。忠告しますよ。いますぐここから去りなさい』

 

 『なぜ』

 

 『あなたのためです。きっとアーツェル様はあなたの儚い希望を打ち砕いてしまうでしょう。ですが、今なら、アーツェル様が眠っているこの時に姿を消したならば、あなたは淡い夢を抱いたままでいられる……お互い、女性でしょう? わたしだって、いくら他人だと言っても、目の前で恋愛感情を拒否される光景なんか、見たくありませんもの』

 

 『わしは……かなわぬ願いをかけているのか』

 

 『言うまでもありません。さ、早くどこかへ去りなさい。もといた場所に帰るだけです』

 

 『むごいことを言う……わしにどこへ帰れと言うのじゃ。いまさらどこにも帰るところなどありはせんのに……力を無くし、ひとりねぐらへ戻ったとて、いまや宿敵と化した”モンスター”どもに食い散らかされるだけじゃ』

 

 『知ったことではありません。弱肉強食の世界で今まで君臨してきたのでしょう? 力を無くしたら、いきなり淘汰されるのは嫌だとごねるなんて、ご自分の過去に対する裏切りじゃないですか。”半神”はいさぎよい種族。引き際くらいきれいになさったらいかがでしょう?』

 

 『そうか、わしは……ここにいてはいけないモノなのじゃな。そうか……』

 

 ……

 

 終わるともしれない嵐のような音響が、突如掻き消え、耳にふたをしたような静寂にぼくは閉じ込められた。

 背骨を芯から震わせる恐怖が、苦悶にとってかわった。

 

 待ってくれ!

 アウナ!

 

 行 か な い で く れ !

 

 体の上に何枚も毛布がかぶさっているかのようだ。岩が乗っているような圧迫感。

 息を詰め、渾身の力を振るう。

 だが、跳ねのけられない。押さえつける力が大きすぎて、太刀打ちできない。

 だめだ、無力感と焦燥が吐き気となってのどから突きあがる。

 何度も起き上がろうとする。

 だが、腕も足も、どこもかしこも何十倍もの重さになったように、ろくに動かない。

 ぼくは悔しさに歯ぎしりし、涙さえ流していたように思う。

 もう、こんな不甲斐ない体なんてバラバラにでもなればいい!

 自棄になり、狂ったように虚空へ身を躍らせ……

 いきなり歯車がかみ合ったかのごとく、上半身が跳ね上がった。

 粘つくように、なかなか開かないまぶたをこじ開ける。

 

 

 黄金に輝く髪が、あたかも光の王冠を頭上に戴いているかと見えるアウナが、そっと薄闇に包まれていた。

 

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