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 波立つ川面を流れる木の葉のように、魔剣”死の種子”は幾度も翻りながら、宙を走った。

 ノトゥの魔剣が放つ重力線をなぞり、その源へ飛び込んでゆく。

 「うぉっ! あぶねえっ!」

 声を上げ、ノトゥの一人が身をのけぞらせた。

 ぼくをからめとりつつあった見えない拘束がほころびる。

 空中に浮かんだぼくは、泳ぐように手足をばたつかせた。高速時には空気を水のように感じるのだから、きっと少しは着地を速めることができるはずだ。無様な悪あがきかもしれないけど、命が助かるためなら、もはやぼくはなんでもやるつもりだ。

 必死に動かした手や足には、十分な抵抗があった。わずかながら落下速度が上がる。

 一方、ノトゥたちは互いにどなりあっている。”死の種子”はかすり傷でも死に至らしめる力を持つ。仲間の安否を確認する言葉が飛び交っていた。

 ”死の種子”が飛んで行った方向にいたノトゥは地面に横たわっている。倒れた瞬間を見ていなかったので、魔剣が命中したのかどうかわからなかったが、ひょっとするとケガでも負わせることができたのかもしれない。

 そうなると非常にラッキーだ。一人でも戦線離脱すれば、こっちが勝てる可能性が高まる。ほんの少しだけかもしれないけど。

 ぼくはようやく地面に到達した。

 がっしりとゆるぎない地面の感触は、ぼくを安堵させる。不安定な状態で宙づりにされているときの不安と恐ろしさはきつかった。しかし、これで反撃らしきことが可能になる。

 とはいえ、武器もなく、臨界速度もアドバンテージにはならない。これで、どう反撃するっていうんだ?

 ぼくは地面に転がっている石をつかんだ。

 小走りに勢いをつけ、力いっぱい投げる。

 「痛って!」

 石が当たったノトゥが怒りの声を上げる。

 ぼくはさらに手ごろなこぶし大の石ころをかき集め、次々に投擲した。

 空中で重力線に翻弄された石つぶては、奇妙な軌跡を描いてノトゥたちに吸い込まれる。

 ぼくは手当たり次第にかき集めた石を、宙に投げ上げる。”暗黒星”の放つ重力線に補足され、四方八方に散った。

 石の間をかいくぐり、転がるように走る。

 ノトゥの一人に、頭から体当たりした。

 雨のように飛来する石つぶてにかまけていたノトゥは、ぼくの体をよけきれずに転倒する。

 ぼくは死に物狂いで暴れまくった。

 「うわ~、なぁんなんだよぉ、お前は~」

 ささくれだった声がノトゥからほとばしる。

 ぼくの体が浮いた。訳の分からないうちに目に映る景色が回転し、ぼくは地面に転がっていた。

 くそ、全然だめだ! 体力の差は歴然としていた。

 ぼくのキャラは……いや、ぼくは女性だし、自分よりも体格のいい男に取っ組み合いでかなうわけがなかった。当たり前だ。だが、その当たり前のことすらぼくにはわからなかった。度を失ってしまっていたんだ。

 ほんの少しのチャンスもこれで水泡に帰してしまった。恐怖と不安で体が震える。

 目の前に、ノトゥが立ちはだかっている。頬や額から血を流していた。

 「こいつ、ヒステリー起こしやがってよ~、ひっかくんじゃね~よ」

 怒りの形相でノトゥが吐き捨てる。周りに別のノトゥたちが集まってきた。いくつか石が当たったのか、みんな痛そうに頭や顔を手のひらでさすっていた。

 一番まともなノトゥは、仏頂面だった。

 「油断するなって言ったろ。そんなケガしやがって」

 ぼくが傷を負わせたノトゥを叱責する。憮然と押し黙った。

 集まった四人の中で、リーダー然とふるまうノトゥ以外はみんな、ひっかき傷を負っていた。それも、けがの場所、大きさがほとんど一致している。

 どういう法則でケガが他の連中にも反映されているんだ? 反映されるのはどうして全員じゃないんだ? アウナの負わせたヤケドは二人、そしてぼくの作ったキズが三人。人数が違う理由は?

 頭が痛くて、ぼうっとしてきた。

 こいつらはまるで、兄弟みたいだ。まともなノトゥが一番上で、へらへらした奴、キレキャラ、オカマは弟たちってカンジ。いや、四つ子かな。ケガが伝染するのは、そのせいじゃないかな。でも、一番上のノトゥは一番早く生まれたから、ケガの伝染からから逃れられる……いや、もうひとりもそうか。じゃあ、一番下は大変だ、全員のケガをひきうけなくちゃ……。

 なら、まともノトゥを倒せば、全員一度に倒せるじゃないか……。

 ばかばかしい思い付きだ。だが、こんな考えでも、わずかに希望となるなら、無理にでも納得しないと、でないと、ぼくはもう戦う気力を喪失してしまいそうだった。

 ぼくは時間を稼ごうとして、口を開いた。

 「もう観念した。好きにしろよ」

 意外に声がしゃがれていて、体ががくがくと震えてしまった。ノトゥたちは怪訝そうにぼくを見下ろす。

 「なんていったのよ。も一度言いなさいよお」

 おかまノトゥがねちっこく尋ねる。

 咳払いし、舌を唇に這わせる。のどと唇に潤いを取り戻したと判断してから、ぼくは繰り返した。もう、みっともない口のきき方をさらすのはごめんだ。

 「好きにしろって言ったんだ。どうあがいても勝てそうにないからな」

 「ぃよっしゃあああああああ! ほらほらぁ!」

 キレキャラのノトゥが突然、甲高い声を上げる。

 ぼくは仰天して体を固くした。おびえていることがばれなきゃいいんだが……。もう死ぬかもしれないのに、さらにバカにされるのは悔しすぎる。命が助かるなら何でもしてしまうかもしれないけど、自分がどんな反応をしてしまうか、全然見当がつかない。

 「どーだよ、こいつ、完全に屈服したぜ! やっちまおーぜ!」

 うんざりした表情で、まともなノトゥがため息をつく。

 「言わずもがなだ。わめくんじゃない」

 わずかに、ノトゥたちの空気が緩んだ。

 手の中に握りこんでいた石を振り上げ、ぼくはやにわに起き上がる。

 「これでも食らえ!」

 至近距離から、まともなノトゥに石を叩きつける。

 ノトゥは声を上げ、顔を手のひらで覆った。よろめき、がっくりと膝をつく。同時に他の三人も同じように顔をかばうようにして、その場にくずおれた。

 思ってもみなかった成功に、ぼくは戸惑った。

 半ば自暴自棄な行動だったから、そのあとのことなど何一つ計画してはいない。苦悶するノトゥたちを、棒立ちになって呆然と見回していた。

 とっとと動け!

 焦燥に背中を押され、ぼくはとっさにノトゥの手に飛びついた。影のような黒い刀身の”暗黒星”が激しく空を前後左右に舞う。

 執拗にぼくは剣をむしり取ろうと、ノトゥの腕にしがみつき、懸命に揺さぶった。

 ノトゥの体から、奇怪な感覚が伝わってきた。銅像のように皮膚が硬くなっている。奇妙に思いながら、ぼくはひたすらぶらさがるように引っ張り、自分の手をからみつかせた。

 とうとう黒い魔剣が持ち主の手を離れる。

 無我夢中で黒い影に追いすがる。

 両手を伸ばし、救い上げようとした瞬間、”暗黒星”は姿を消した。

 愕然と硬直するぼくの背後から、ノトゥの声が聞こえる。

 「やりすぎたな、もう死ね!」

 頭から冷水を浴びたように、全身を悪寒が貫く。

 動物のような悲鳴とともに、少しでも声から遠ざかることを祈りながら、ぼくは地面に身を投げた。

 身をひるがえし、背後に視線を転ずる。

 ノトゥが”暗黒星”を提げて立っている。

 ぼくがついさっきまでいた場所には、ふかぶかと切れ込みが刻み込まれていた。

 辛うじて一撃はかわした。

 しかし、そののちに目に入った光景は、疲弊しきったぼくを絶望させるには十分だった。

 

 

 すでに、五人のノトゥがぼくを包囲していた。


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