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VRMMO、”虹の門”は、「斬新な新開発VRシステムを導入した革命的なVRMMO」と銘打たれ、サーヴィス開始を華々しく宣伝されたものだった。
ネットでのアピールはもちろんテレビCMも深夜帯は、一時このゲームのCMで埋まってしまったほどに繰り返され、果てはラジオまで特番が組まれるほどだった。
さらに、このゲーム専用に開発されたと思しきヴァーチャルログインデバイスを、某電脳街の一角とは言わず、日本各地の大都市で無料配布するという広報活動まで行われた。
そこまでやったわけだから、当然のように世間の注目を一身に集めた”虹の門”は、サーヴィス開始直後のプレイヤー数は圧倒的多数を誇り、それはいまでも最高記録を破られていないはずだ。
しかし……利用者数は半年もたたずに急速に減少した。サーヴィス開始から二年たった今ではすっかり過疎化が進んで、いまだにプレイしているのは、重度のマニアだけになってしまった。
ゲームが衰退したのにはハッキリとした理由がある。
1.本格、と称するものの、地味な方向にだけ本格的=煩雑なゲームシステム。
2.爽快感のないバトル。種類が少なく、覚えてもさっぱり使えない攻撃魔法。
3.不必要にリアルなヴァーチャル感
……これだけそろえば、一般のプレイヤーは敬遠するのは当たり前だ。
少し例をあげよう。
このゲームでは体力が減ったらすぐに回復する方法が存在しない。
やくそうとか、エリクサーのようなアイテムや、魔法すら存在しない!
これでどうやってレベル上げすりゃいいんだよ、って思うだろうけど、レベルって概念もないんだ。
”モンスター(ヴィクティーモ)”を倒すとその種類や数がキャラクターの”履歴”に記録される。それにしたがって”組合”から”通貨”やアイテムが支給されるシステムになってる。
なので、慎重に弱い”モンスター”からちまちま倒して、まめに”組合”からもらうもので武装をととのえ、またケガしないようにちょこちょこ”モンスター”を狩る、の繰り返しだ。地味だったらありゃしない。
そこまで気を付けてたってケガすることなんかしょっちゅうだ。そうなったらセーブポイントに駆け込んで数時間がかりで治療してもらうしかない。重傷なら丸一日を治療に費やすことだってある。
さらに、ゲームの開始、終了にはテントや宿舎などのセーブポイントに必ずいなければならず、うっかり寝落ちしようものなら、次にログインしたときにはキャラクターはよくて身ぐるみはがれて瀕死の状態、ふつうならそこらを徘徊する”モンスター”にすっかり食い荒らされて骨も残っていない。よーするに、キャラがロストしている。体が残っていればまだしも、ロストしたら新しいキャラクターでやりなおさなければならない。
そして、このゲームでは攻撃魔法はせいぜいザコ敵を倒すとかしか使い道がない。つか、そいつらはちょっとレベルが上がればすぐに倒せるようになる程度の弱”モンスター”なんだよね。魔法を覚えるころには、すでに魔法を使って倒す必要がない。
つまり、このゲームはひたすら物理攻撃で”モンスター”と戦わなければいけないわけだ。
まあ、補助魔法は結構使えるけどね。攻撃力や防御力を高めたり、スピードをあげたり……もっとも、自分にかけるのがほとんどだけど。
あと、”モンスター”を倒すと血しぶきや内臓がひたすら細かく描画されてる。さらに死体は消えてくれない。倒された場所にしばらく残っている。消えるときは、スカベンジャ―的な位置にある”モンスター”に食い荒らされてからだ。なんてことはない、現実の死体と一緒ってことだ。
結果として、一般人にそっぽを向かれた”虹の門”に残ったのは、普通のゲームに飽きていたコアな人たち、物好き、変質者、ヒマ人ばかりになった。
かくいうぼくも、その一人だ。
ぼくは地元の公立校に通う高校生なんだが、中学生のころからオンライゲーム(オンゲ)にはまっていて、悪友たちといっしょに”虹の門”にも飛びついた。
町でもらったヴァーチャルデバイスを通した異様な風景に目を見張り、不快でない程度に異世界を感じさせる空気の匂いを胸いっぱいに嗅ぎ、”モンスター”の咆哮に驚き、武器が当たった時の生々しい感触に鳥肌を立て、倒れた屍が放つ異臭に吐き気を覚えた。
そして、ものすごく感動した。
新型ヴァーチャルデバイスは現実かと錯覚してしまうほどに鮮烈な感覚をもたらしてくれた。実際、これまでいくつかヴァーチャルデバイスが発売されていたけど、あまりにリアルすぎるんで法規制された。その規制を越えてしまってるんじゃないかと疑うレベルだった。
そのリアルすぎるデバイスが描き出す世界のアンバランスな生態がもたらす不安の下に、ぼくはわずかな郷愁すら感じていた。
でも、友人たちはすぐに飽きていた。レベル上げで楽にならず、常に必死にならないとすぐに死んでしまうゲームバランス、効率がよくないために作業になってしまう”通貨”稼ぎ、リアルすぎて気持ち悪くなるヴァーチャルデバイス、などなどの様々な文句と共に次々と離脱し、残ったのはぼくだけだった。その頃には世界にすっかり魅了されていたぼくは、一人になってもゲームを続けた。
大半のプレイヤーが離脱し、人っ子一人いなくなった平野や山岳地帯を一人で歩きながら、”モンスター”を狩り続けた。
一方、ユーザーが激減した世界は、”モンスター”に浸食され始めた。
狩る人間がいなくなったために”モンスター”の数は激増、セーブポイントとして使用されている拠点が襲撃を受けて破壊され始めたのだった。
事態を重く見た運営は、古参プレイヤーを招集した。
何度もミーティングを重ねた結果、全プレイヤーが組織的に”モンスター”の駆除を行うことが決まった。
現状、増えすぎた”モンスター”の勢力は、残留しているプレイヤーの数では手に負えない。
そこで、プレイヤー全員を組織化し、軍団として大規模な”モンスター”狩りを行うことになった。
古参プレイヤーは”組合”から強力なレア武器が与えられ、多数のプレイヤーを率いるリーダーである軍団長に任命された。
これまで特に目立った存在ではなかったぼくは、そのゲーム歴の長さ、プレイ時間の多さを見込まれて、軍団長に抜擢された。
でも、その頃にはぼくはこの世界にすっかり嫌気がさしていた。