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もはやぼくは黙るしかない。あまりにも常識外れで、茶々すら入れられない。
平坦な声音で、ヴェルメーリは話を続ける。
「この世界の発見は、数十年前にさかのぼる。当時、世間的には何ら話題にならなかったが、巨費を投じた物理学の実験が、かつて行われた。その実験成果は、俺たちが普通に住んでいる宇宙とは別に似たような宇宙が存在し、同時に、その別の宇宙へと接触する方法を教えてくれた。で、様々な方法で別宇宙が探索された。その結果、見つかったのがここ。”虹の門”な」
「変な名前。なんでそんな名前に?」
「ここを発見したときには、亜光速に達する瞬間があった。その時、美しい虹が見えたというんだな。きっとこの世界の太陽光がドップラー偏移によって虹の環に見えたんだろうが……ともかく、虹の環を突き抜けて見つけたから、”虹の門”なんだとさ。なんともロマンチックな名前だよな」
「そうかな。センスないよ」
「まあ、勉強ばっかりしている科学者がつけたんだから、大目に見てやってくれ。それはそうと、ここを発見したものの、それが俺たちの住んでる宇宙とはちょっと構造が違うことがわかったんだよ。普通は、宇宙ってのは星がいっぱいあったりするもんだろ、あと天の川とか、ブラックホールとか。でもここはそういうのが全くない。俺たちの住んでる地球と似たような惑星があって、他には恒星も惑星もない。それに、物理法則も独特な形でねじれていて、まるで、俺たちの宇宙とくっついてそれで何とかバランスを保っているかのようなカンジだった。で、いろいろあって、ここはさらに別の宇宙と接するときに生成された泡沫的な存在だということがわかったのさ。詳しいことは省くけど」
「語りえないことについては沈黙せねばならないってやつだね」
「それって、わからないことは考えなくてもいいって意味じゃないからね、自戒のためにも言っとくけど。とにかく、この宇宙には俺たちの宇宙、そして別の宇宙の生物が入り込んでいることが分かったんだ。そして、その両者とも目的が一致していた」
「別の宇宙のものって、宇宙人ってこと? もうますます……ついていけなくなってきたよ」
「まあ、そういうな。目的ってのを聞かないのか? それがつまり、この世界を消滅させることなんだよ」
「せっかく見つけたのに、どうしてそんなことをするんだ? もったいないじゃないか」
「もともとの物理学実験の目的が、エネルギー問題の解決だったんだ。ブラックホール発生器や、重力波照射装置、次元振動反射炉などなど、さまざまな新発見を利用して、一気に莫大なエネルギーを手に入れようとした。実は、それだけ地球の資源枯渇は深刻なんだよ。パニックを起こさないように主要国首脳会議(G11)首脳や、各国研究機関の人間しか知らないけどな」
「ちょっと待ってよ、ぼくなんかが知って、大丈夫なのか?」
「構わんよ。どうせここにいる連中は、みんな塔の封鎖と共に消えちまうんだから。俺も含めてな」
そうだった。それはアウナのような”モンスター”たちには死活問題だろう。だが、ヴェルメーリはそれが当初の目的だという。つまり、それは、ぼくの世界を、地球の窮状を救うためには、アウナたちの死が必要だ、ということになる。そしてぼくたちのキャラクターもロストすることになる……。
???……いや、おかしいぞ。ヴェルメーリはここが実在する世界だと言った。デバイスの作り出した幻覚ではないと間違いなく言った。
なら、ぼくたちはなんなんだ? この体は、実際にモノとして存在しているのか? しかも、地球じゃない別の宇宙にいる? それは、いったい何のために?
ぼくの思考をたどったかのように、ヴェルメーリは一息おいて、滔々と話し始めた。
「……おれたちが今使っている体は、いわばロボットのようなもんだ。この世界、この惑星に資材を投入し、ここで生息できる生物を製造したんだ。プレイヤーキャラクターはみんなそうだ。今のおれたちは、ここで作られたロボットなんだよ。もっとも、いかにも機械きかいしたものじゃなくて、実際は微小機械によって構成された、生物といってもおかしくないものなんだが、他者が乗り込んで動かす、ということからロボットと表現したけどね」
もはや現実感が喪失しきっているぼくにとって、驚きは感じられなかった。今のぼくはロボットなのか。この体が……当然実感はない。だが、否定する材料もない。むしろ、普通の人間では不可能なことができてしまうことを説明できる。
「で、なんでそんなややっこしいことをするかというと、だ。それはコストの問題なんだな。一応、”虹の門”とおれたちの宇宙が行き来できる技術は確立されているんだが、人間一人送り込むのには天文学的な、そう、まさに文字通り天文学なんだが、とてつもないコストがかかってしまうんだよ。キミは誰か遠くにいる人と話すとき、わざわざその人がいる場所まで飛行機で移動するかい? そうでもないだろ。普通は電話するじゃないか。手紙でもいい、古風だけど。そんな風にしてわざわざ人間が移動するよりは情報のやり取りだけで済ませるもんだ、それで済む範囲ならね。そして、おれたちがここで活動するときにも、同じことをしているんだな。つまり、体はここで作っておいて、電波を飛ばして操る。そうすると輸送費用が節約できるんだ」
「でも、どうしてわざわざゲームだって偽ってぼくたちの意識を使う必要がある? そんなこと君みたいに仕事でやればいいじゃないか」
「当初はその予定だったらしいんだが、事態は緊急を要していてね。すでに”虹の門”に多数棲息していた生物たちに早急に対抗する必要があったし、それでこちらで多数のロボットを作っても、操るものがいないんだ。仕事と称して雇うと、現在、地球規模でエネルギー枯渇が生じていることが外部に漏れてしまう。だから、ゲームを装った。ゲームなら、異世界だろうと、日常生活と乖離した目的だろうと、すべてゲームだってことで隠ぺいできるからね。それに、中にはゲームにのめりこんで、我々が気付かないような有効な操作法を見つける者もいるだろう。そうした有能な人材を民間から発掘することも目的だった。とにかくすべてが試行錯誤だったようだ。だから、非常識な方法も実施されたのさ」
「今の体みたいな人間を作るのも、非常識なんじゃないの? だって、今の科学でこんなことできるなんて知らなかったよ」
「できるんだよ、本当はね。ただ、社会を支えている法的、道徳的な問題が発生するから、今はやらないだけ。しかし心配ご無用。キャラクターの体は正確には人類じゃない。厳密にいうと、この世界の”モンスター”なのさ」
「どういうこと? ぼくたちは”モンスター”の体を操っているとでも言うのか?」
ぼくの皮肉に、ヴェルメーリは生真面目に首を振った。
「いいや。この体を作るにあたって、”モンスター”を参考にしているんだ。ハッキリ言うと、おれたちは”モンスター”の劣化コピーに過ぎない」




