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 意表をつかれた答えに、ぼくは動転していた。

 「塔を閉鎖するってことは、ぼくたちも全部つぶれてなくなる……それを知って、あえてやると?」

 「そうだ」

 ヴェルメーリの答えは明快だった。

 ぼくはめまいを覚えつつ、なおも問うた。

 「目的ってどういうことなんだ? もともとって、最初から世界を壊そうとしていたのかい?」

 バツが悪そうに、ヴェルメーリは顔を伏せた。

 「余計なことを言っちまったかな。本当はお前には伏せておく予定だったんだが」

 なんだって? ぼくに隠しておくってどういうことだ? ぼくは知らず知らずのうちに、アウナの世界を壊そうとしていたのか?

 歯切れ悪く、ヴェルメーリは話を続けた。

 「ユーザーキャラクターを大量に割り当てて、囮にしたり、お前にはずいぶんと損な役回りをさせてるからな。つい気がとがめちまって、つまらんことを教えちまった」

 自分だけ、埒外に置かれていたのか? 誰が、何を知っていて、ぼくは何を知らされていないんだろう。ぼくはヴェルメーリに食らいつくように問いかけた。

 「何をぼくに隠しているんだ? 誰が、なぜ?」

 「まあまあ、落ち着けよ。別にわざと隠しているって程じゃないさ。あえて教えるまでもないって程度の話なのさ」

 「じゃあ、今教えてほしい。”最終戦争”の目的は、この世界を滅ぼすことだったのか?」

 「まーな。だからこそ”最終戦争”って呼んでいたわけさ。まあ、お前はなんとなく見栄えのする呼び名だから、そういう作戦名になったと思ってるかもしれないけど」

 確かに、作戦名の由来は知らなかった。と、いうよりぼくは”組合”を構成するメンバーの言うなりになっていただけで、実際は何も知らなかったんだ。

 ある日、メッセージボックスに連絡が”組合”から届き、そして連絡係としてラランニャが派遣されてきた。

 とすると、”組合”がすべての黒幕と言うことになる。

 「キミも、”組合”のメンバーなんだな? だからいろいろ知っているわけか」

 「いや、そうでもないよ。おれは運営にかかわってたエンジニアなんだ」

 エンジニアってことは、現実世界の話か。この人はぼくと違って、大人なんだ。急に気後れを感じる。

 ぼくはゲームの最中に突然紛れ込んだ現実世界の情報に混乱した。

 ヴェルメーリに感じていた親密さは消し飛んで、初めの勢いはどこへやら、出来の悪い学生が質問するときのように、恐る恐る押し殺した声を出す。

 「そうなのか? じゃあ、”組合”ってのはなんなんだ? それがいろいろ仕切ってるんだよね、きっと」

 「あれは、このファンタジー世界の雰囲気を壊さないように、それっぽい管理者を導入するために設置された部署だよ。”虹の門”の管理事務所のようなもんだな。おれはそこに依頼されて仕事をしてるんだよ」

 「仕事?」

 せっかくのリアルなファンタジー世界にどんどん現実を混入させられたぼくは、めまいすら覚えた。デリカシーのなさに対する怒りが込み上げてくる。

 「じゃあ、仕事でこの世界を終わらせようとしてるんだね。だったら、サービス終了だって告知でもすればいいじゃないか! なんでこんなイベント立ち上げてから、終わらせようとするんだよ? それに、ぼくもそうだけど、他のユーザーだってサービス終了なんて誰も知らないぞ? そんなのに何の意味があるんだ?」

 ヴェルメーリは困ったように地面に視線を漂わせている。”絶対燃度”の切っ先が所在無くふらつき、地面に意味のない線を描いていた。

 「サービス終了だって、簡単に終わらせることができればいいんだが、そうもいかないんだ」

 「どうして? 他のオンゲなんか、採算が取れなくなったらすぐに閉鎖するじゃないか。自分たちだってさっさとやめればいいだろ! お金がもうからなくなったから、バカらしくてやってられませんってさ!」

 突然、激昂するぼくに、ヴェルメーリはたじろいだように、あとじさる。

 「そういう問題じゃないんだよ……しかし、これを言って、信じてもらえるかどうか……」

 「一応、教えてくれ。何も知らないからって、いいように使われるのは、もう勘弁だ」

 「まあ、そう意固地になるなよ。こっちだって悪気はなかったんだ。お前が一人前にものを考えたり、感情を持ってたりするって知ってたら、もっと配慮したさ」

 あまりに人を軽く見たヴェルメーリの言葉に、ぼくは憤慨する。

 「それはひどいな! ぼくはまともな人とも思われてなかったのか」

 ヴェルメーリはひたすら恐縮して謝った。

 「すまんすまん、言葉のあやだ。お前は……ほら、まだ未成年だって話だからさ、ついこっちも甘く見ちまったんだ。ほら、謝るよ、この通り」

 鎧をガチャつかせて、ヴェルメーリは丁寧なお辞儀をする。

 そこまでされると、ぼくの敵意はすぐに薄らいでしまう。われながらお人よしなのには辟易する。こうして能天気な極楽とんぼでふわふわしてるから、真実も知らされずに利用されているってのに……。

 とにかく、ぼくだけがカッカしてても話が進まない。相手の謝罪を受け入れることにした。

 「わかったよ。でも、”最終戦争”の経緯は教えてもらいたい。このままじゃ、協力はできないよ」

 「怒るのも仕方ない。こちらも悪かった。おわびに洗いざらい教えるよ……さっきも言ったが、信じられないかもしれないけどな」

 「言われないうちから、信じるの信じないのとわかるわけがないじゃないか。そうやってぼくを見透かしたかのようなことはやめてほしい」」

 「悪かったって。じゃあ、説明するけど、”虹の門”っていうのは、そもそもオンラインゲームじゃないんだよ」

 ぼくはせいぜいバカにされないように、鼻を鳴らして口をはさむ。

 「どうせ、新開発のメタバースだとか言うんだろ、”オルタナティヴ・ライフ”とかみたいな。あ、もしかすると、コンバットシミュレータのベータ版かな、軍用の」

 屈託ない笑い声をヴェルメーリは放った。

 ぼくは恥ずかしくなって、口を閉ざす。ふたたび苛立ちがこみあげてきた。

 押し黙ったぼくに、ヴェルメーリは説明を再開する。

 「なかなか想像力豊かだな。たしかにそういうのもあるかもしれないが、ここは違うんだよ。この世界は、実在するんだ。サーバの情報に従って、ヴァーチャルデバイスが作り出した電気信号の偽装じゃない。”虹の門”とおれたちが呼んでいる世界は物理的に存在する」

 ぼくはあっけにとられた。

 なんなんだ、これは? いったい何の話だ?

 ついさっき、ぼくはヴェルメーリが仕事だの、管理だの暴露話をするのを聞いて、腹を立てた。それはせっかく高度に構成されたこの”虹の門”という非現実世界に、無粋な現実の要素を持ち込んだことに、違和感を感じたからだ。異世界を堪能している最中に、いきなり昨日のテスト結果や、受験の志望大学の話なんかされたら、やっぱりぼくは不快感を覚える。

 思えばそれが、たった一人で、こんなマイナーゲームの世界を孤独にさまよっていることの原因なのかもしれないけど……。

 いや、それはどうでもよくて、そう、さっきまでヴェルメーリはぼくの前に好きでもない現実を放り出してくるデリカシーのない闖入者に過ぎなかった。ストイックにゲームに没頭しているぼくに冷や水を浴びせる嘲笑的な常識人の何者でもなかった。

 でも、それが、いきなり、ぼくですら考えもしなかったバカげた夢想を口にしている!

 この世界が実在する? ばかばかしい!

 高校の授業程度の知識ですら矛盾がわかってしまうでたらめな生態系、サブウィンドウで選択した魔法だけで変容する安易な自然現象、けがを負っても現実の体より簡単に治癒したり、真空や寒気にも結構耐えたこの肉体が実在するだって?

 いきなり何を言い出すんだよ、冗談もほどほどにしてくれ!

 胸底をくすぐられるような感覚が生じ、たまらずぼくは吹き出した。

 ヴェルメーリも照れ笑いをするように肩を揺らしていたが、からかうような口調で付け足した。

 「ほらね、やっぱり信じないだろ?」

 痛いところをつかれ、ぼくは必死になって反論する。

 「だって、めちゃくちゃすぎるから! こんなとこ実在するなんて言われても信じろってほうが無理だよ。だいたい、どこにあるわけ? 東京? アメリカ? それとも、北極の下にある空洞に作ってあるとか、そういう胡散臭い話じゃないだろうな」


 「全部はずれだな。ここは地球には存在しないんだ」


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