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 ぼくがあっけにとられているのと同様に、ほかのメンバーも仰天していた。

 「なんだ、あいつら……いつのまに?」

 口を大きく開け、エンカラがうめく。

 ぼくもエンカラと同じ気持ちだった。

 突如現れたのは、ぼくたちを包囲した”ワニ人間”などはるかに凌駕する多勢だった。それが何の気配もなく、あたかも映像をスクリーンに投影したかのごとく、唐突に出現したのだ。

 「なんだこれ……デバイスの不具合かな?」

 エンカラは何度も目をしばたたかせる。

 ぼくの背中から顔を出したカナも、素っ頓狂な声を上げる。

 「うっそでしょぉ~? あんなのいなかったじゃん! なんで? なんで?」

 少なくともぼくだけが幻覚を見ているわけじゃなさそうだ。しかし、頭の中はつじつまの合わない目の前の現実に対する疑問でいっぱいだった。疑問符が乱舞していて、体を動かすどころじゃない。

 驚愕に凍りつくぼくらとは逆に、ラランニャの口からは、安堵したような声が漏れた。

 「”燃える剣”! 間に合ったのですね!」

 ”燃える剣”だって!?

 ”最終戦争の四戦士”の一人、”燃える剣”の軍勢なのか!

 彼も僕と同じく”組合”から強力な武器を拝領し、軍団長として各地を転戦する一人だった。その能力はぼくと同じ、超高速に加えて、強力な魔剣”絶対燃度スパルカー・テンパー”による広範囲攻撃だった。

 にしても、軍隊そのものまで超高速移動させるとは、知らなかった。ぼくの能力では自分ひとりが素早く動くので精いっぱいだが、”燃える剣”ともなると、自分以外のもの、しかも大勢の軍隊を動かすことができるのか。

 すさまじいな、こんな真似ぼくには到底できない。

 もしできていれば、いままでどれだけ被害をおさえられたことだろうか。

 心強い味方が到来した喜びと同時に、ぼくは自分の無能をつくづく自覚した。

 ”燃える剣”の軍勢は突撃の雄叫びを上げる。

 混乱する”ワニ人間”たちに襲い掛かった。

 目前の”ワニ人間”たちが数人、ぼくたちに向かって突っ込んでくる。

 彼らはすでに恐慌にとらわれ、武器すら投げ捨てていた。

 エンカラは長剣を構えた。

 「おらっ! 行くぞ!」

 うかつに接近した”ワニ人間”に剣を振り下ろす。見事な弧を描いた刀身が、”ワニ人間”の胴体を両断した。

 血流が飛散し、石の床に内臓がびちゃりと音をたてて流れた。

 仲間の無残な死を見た”ワニ人間”たちは、ぼくたちを避けて左右に分かれる。横を通り抜けると塔の奥へと走り去っていった。

 ぼくは踵を返し、彼らのあとを追う。

 「アーツェル様! どちらへ?」

 ラランニャに、ぼくは答える。

 「アウナを探す! 後は頼んだ!」

 塔の内部は薄暗い。全容を把握するのは通常では困難だが、ヴァーチャルデバイスから得られる情報をあまさず感知することに慣れたぼくには可能だ。

 かすかな音の反響や、空気の流れ、においの混じり具合を察知する。

 くらがりの中に存在するものの位置、種類、数だけでなく、材質や色すら把握する。

 世界の実在と僕の認識が、完全に一致した。

 ”超臨界速”に突入する。

 ずっしりと体に粘り気を増した空気がまとわりついてきた。視界がいっそう暗くなってゆく。

 まっすぐアウナの場所を目指した。

 ぼくの認識では、アウナはすでに数人の”ワニ人間”に捕獲され、殺害されようとしているのだ。すでに一人の”ワニ人間”がアウナの頭部めがけて武器を振り下ろしているはずだった。

 一刻の猶予もない。

 ぼくが数歩進まないうちに、周囲を猛烈な音と衝撃が揺るがした。

 超音速衝撃波ソニックブームが発生したのだ。

 前方の”ワニ人間”を吹き飛ばす。

 ”死の種子”をさやごと振り回し、障害となる敵を打ち払う。

 間もなくアウナの姿が目に飛び込んだ。

 ひれ伏すようにひざを折り、うなだれた頭は石畳に接さんばかりだった。頭から流れ落ち、床にわだかまっている金髪はまるで涙のようだ。

 アウナの小さな頭の上に、鋭利な先端を四方へ伸ばした邪悪な形状の武器が、鈍い光を放っている。

 じりじりとなめくじのように宙を這い、アウナへとにじり寄っていた。

 ぼくは怒りを覚え、力任せに武器を跳ね飛ばした。

 片腕でアウナを抱き上げる。

 アウナはまるで人形のようだった。全身から力が喪失しているようだ。

 もしかして、もう死んでいるのか?

 ぼくの心臓がぎくりと縮み上がったが、今ゆっくり調べている時間はない。

 アウナの向かいにプレーテがいた。

 怪訝そうな面持ちで、塔の入口の方向をうかがっている。まだ状況を理解していないようだ。

 アウナさえ救出すればここには用はない……いや、なくもないんだった。

 この”龍脈”を封鎖してはいけないってことを、”燃える剣”に伝えなければならない。

 そこから立ち去ろうとするぼくに、声が降りかかってきた。

 「待ちたまえ。キミは挨拶もせずに私の前から立ち去ろうとするのかね?」

 プレーテだった。

 柔和な微笑みの中から、翡翠色の瞳がぼくを冷たく見据えていた。

 ぼくは背中ににじみ出る冷や汗を感じつつ、プレーテへ振り向く。

 「”半神”にはかなわないな。ぼくの能力がちっともアドバンテージになってないんだから」

 「見よう見まねで、なんとかなるものだね。しょせんその程度の手品ってことだよ、君の能力とやらは」

 子供ながら端正な微笑みを浮かべつつ、辛辣な言葉を吐く。

 ぼくは違和感に恐怖すら抱きながら、じりじりと後じさりする。隙を見つけ次第、ダッシュで逃げるつもりだ。

 「ご親切なアドバイス、心にとどめておくよ。ちょっとここは居心地がよくないから、おいとまする」

 「もう少しゆっくりしていっては? わたくしはこれでももてなしには多少心得があってね、すぐに離れられなくなるはずだよ」

 「あいにくだけど、それはまたいずれ別の機会にしたい。いまはそんな気分じゃなくて」

 ぼくとプレーテのまわりには、”ワニ人間”が木のように突っ立っていた。まだ速度は十分に保っているようだ。”超臨界速”の持続時間が、今日はイヤに長い。もしかするとアウナに教わった秘訣のおかげかもしれない。もっとも、それへ全く初心者のプレーテが悠々とついてきていることが不満ではあった。

 ぼくの腕に、鋭い痛みが走る。

 正面のプレーテを警戒しつつ、視線を走らせた。ぐったりと腕に抱え込まれているアウナが、そっと僕の腕をつねっているのだ。

 かすかなささやきが聞こえる。

 「何をしておる、早う逃げい! 術中にはまっておるぞ!」

 声に混じった切実な響きに突き動かされ、ぼくはプレーテから踵を返そうとした。

 が、動かない。

 足が石畳の床にへばりついている。

 いや、脚そのものの動きが鈍っていた。

 白い煙が目の先をかすめた。いや、それはぼくの吐いた息だった。白く変色し、空中を流れてゆく。

 プレーテがほくそ笑んだ。

 「いかがかな? 私のもてなしもまんざら捨てたものじゃないだろう?」

 周りに立っている”ワニ人間”たちは、あいもかわらず身動き一つしない。しかし様子が明らかにおかしかった。ぼくの息が普通に動いているのならば、時間は普通に進んでいる、つまり僕とプレーテはすでに”超臨界速”から抜けている。

 なのに、なぜ他の”モンスター”は動きを止めたままなのか?

 ”ワニ人間”の一頭が、苦しげに口を開閉させた。そのうろこには、白い霜が付着しつつある。

 そして、それはぼくの体にも起こっていた。

 ぼくはようやく悟った。プレーテを中心として、急激に温度が下がっている。すでに僕の周りは氷点下にまでなっていた。

 足が動かないのは、凍った靴が石畳にへばりついていたためだった。

 だがそこから抜け出すすべはぼくにはすでに失われていたのだ。

 強烈な冷気によって、ぼくの体は凍結しつつあった。気づいた時には、五体の感覚はまるで潮が引くように消えて行った。

 文字通り彫像と化していた”ワニ人間”の全身に赤い亀裂が走った。

 深いヒビの奥から、赤い糊のような物体があふれてくる。しかし、外気に触れると同時に塩をまぶしたように白くなり、動きを止める。全身からにじみ出る物体が凍結したことで”ワニ人間”の姿勢はいびつにかしいだ。

 腹部からは黄色い内臓が噴出し始めた。空宙で丸く固まる。

 不自然な均衡はたちまち崩れ、”ワニ人間”の身体は亀裂に沿って割れ、無数の破片となって崩れ落ちた。

 あちこちで重い物体が床に叩きつけられる音がする。

 複数の”ワニ人間”が皆、急激な凍結によって破損しているのだ。

 プレーテは勝ち誇ったようにぼくを見上げた。

 「表面と内部の温度差が激しいために、密度に極端な差が生じ、歪曲がストレスとなって表面に圧力を生じせしめる。さらに、表面は水分の凍結によって弾力を失っているために歪力に耐えられず亀裂を生じる。やがて内部も凍結するに及んで水分の体積が増加してゆく。結果として、全身に甚大なダメージを受け、崩壊する」

 プレーテは感に堪えないといった様子で、長々と息を吐いた。その呼気はまったくの透明だった。

 ぼくはすでに動くこともできないまま、アウナのことを考えていた。

 せめてプレーテに命乞いをしてみよう。

 が、そう思っても口を動かすことすらできない。

 絶望を前に、ただ茫然と我を忘れるしかないぼくの前に、その絶望そのものがきれいな声で宣言した。

 

 「きみも砕け散るがいい。アウナと共にね」


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