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 ”虹の門”に棲まう”モンスター”とぼくたちキャラクターを分けるのは”受信器”の有無だ。

 ”受信器”は”龍脈”から世界に放散される魔力を補足する。この大きさや感度によって使用できる魔力のキャパシティが決定される。

 ”モンスター”たちがいずれも高度な魔法を使いこなす一方、プレイヤーキャラクターたちの持つ魔法がほとんど役立たずで、威力も弱く、自分の肉体に施すものしかまともな効果をもたないのは、それが理由だった。

 空中を漂う魔力をキャッチする器官がそもそも存在しないのだから、ぼくたちプレイヤーキャラクターが強大な魔法を使用するのはほぼ不可能ということだ。

 しかし、プレイヤーキャラクターが”モンスター”並みの魔法を使用する方法が一つだけあるらしい。

 「それはの、魔力を蓄積させるのじゃ」

 アウナはこともなげに言う。

 「おぬしらは、ほとんど魔力の供給を受けることができん状態じゃ。それゆえ強力な魔法は使えん。しかし、いかに微量とてきちんと貯蔵し、一度に放出することができれば、それは強大な魔法になるじゃろうが」

 「貯蔵するったって、どうするんだい?」

 「おぬしらとて、多少でも魔法を使う以上、”受信器”らしき働きをしておる器官は存在するのじゃ。まずそれを認識することじゃな。そして、いかに動いているかを身体の感覚で理解することじゃな」

 「どうも、抽象的でよくわからないな。感覚で理解って?」

 「だったら、具体的な話にしてやろう」

 ぼくたちは、薄い草が絨毯のように生えている平野に集まっていた。

 すでに時刻は深夜になっている。

 夜空を亀裂が横断していた。オーロラのような光が、空を横切っているのだ。地面を覆う黒い天蓋の向こうには、あふれている光が細い亀裂から漏れているかのような光景だった。

 歩き続けると、キャラクターにも疲労値が貯まる。疲労値が大きいと攻撃や防御にも悪影響を与えるので、適当なところでぼくたちは休憩を入れていた。もっともこれは、現実世界にある、本物の肉体に負担を与えないように導入されたシステムなんだが、ここにいる連中――当然僕を含む――は、ひとりとしてデヴァイスの改造なしでプレイしているものはいなかったので、本来の役目を全く果たしていない。

 アウナはごく普通に、

 「疲れた。少し休ませてくれ」

 と言っていた。

 辺りはしんと静まりかえり、生き物の気配はない。しかし、いつさまよう”モンスター”の襲撃を受けないとも限らないのだ。

 ぼくたちは神経をとがらせ、周囲の薄闇を警戒する。

 さて、アウナの話の続きだ。

 「おぬしら、”龍脈”に近づいたときに、体が妙にならぬか? そうじゃの、塔にはいると、いつもどこかがおかしな感じになる、というような。この場合、いつも、というのがミソじゃ」

 「おかしな感じ? いつも……か。どうだろう、今日は緊張しててあんまり覚えてないし」

 アウナを相手しているのはもっぱらぼくだった。

 ラランニャはともかく、エンカラとカナは敵対心を丸出しにして、全く相手にしようとしない。

 「そうじゃの。例を上げると、わしの友人たちじゃが、角が伸びたり、翼が震えたりするらしい。そんなものじゃ」

 「いや、角とか翼とか、そういうのぼくらにはないしね……しっぽなら、どうなの?」

 アウナはあわてたような声を上げた。

 「なっ!? い、いきなりなんということを聞くのじゃ、おぬしは……そのようなことをこんなところで口にできるわけなかろう!……じゃ、じゃが、そなたがたって聞きたいと申すのであれば、教えてやらぬでもない……」

 あからさまに混乱しているアウナに、面食らったぼくはすぐに謝った。

 「……あ、いいよいいよ、ごめんね。なんか変なこと言っちゃったみたいだね」

 「そ、そうか。ならよい。わしも心の準備と言うものが必要ゆえ、やはりすぐにとはゆかぬようじゃ」

 アウナは勢いよく息を吐き出すと、短く笑った。

 「まあ、とにかく”龍脈”付近で違和感を感じる部分が、いわゆる”受信器”じゃ」

 「はっきりした”受信器”を持たないぼくらにとっての、その代替物っていうことか」

 「さよう。そして、魔法を使用するときもしかり。ただしそこは魔力が蓄積される場所だな」

 「それもいまいち覚えがないな。せっかくの秘訣を教えてくれたのに、申し訳ないけど、ぼくには役立たないみたいだ。ごめんね、ずっと今まで説明してもらったのにさ」

 「ふむ、それは残念じゃな。なんなら、次の塔に行ったときに注意しておるがいい。気が付くかもしれん」

 「そうだね。せっかく覚えたんだから、努力してみるよ」

 「それなら、わしも教えた甲斐があるというものだ。あとは練習じゃな。時間があれば、ものにできるかもしれん」

 「時間があれば……か」

 最後に残った”龍脈”へ到着するまでに、徒歩で半日程度かかる。

 それほど、時間があるとは思えない。

 そこへ着いたら、何が起こるんだろう……。

 ぼくは今から不安でいっぱいだった。

 ぼくはどうにか自分の気持ちを紛らわせようと、なぜかアウナに話しかけた。

 「キミさ、最後の塔へ本当に行くつもりなのかい?」

 「そうじゃ。それがどうかしたか?」

 「いや、だってキミはもともと支配していた”狼人間”たちがいなくなっただろう。それにしっぽ……いや、”受信器”もなくして魔法も使えない。それで”龍脈”に行っても、何かできると思うのかい?」

 「何もできぬわけでもなかろう。それに、”受信器”は治療中じゃ。これがうまく治癒すれば、また魔法を使えるようになる、配下もわしの元に戻ってくる」

 「それより、キミの友達にまかせて、キミは避難していたほうがいいんじゃないかな。まあ、ぼくたちに任せてくれてもいいかもしれないけど」

 「わしには他に親しいものなどおらぬ。わしのみならず、この世界の支配者層である”半神”たちは仲間同士で馴れ合う習慣を持たぬ」

 「そうか、それでキミたちはばらばらに戦いをしかけてきたってわけだ。なんとなくわかったよ、キミたちの個人的な能力はすさまじいけど、協調性にまったく欠けているってことなんだね。なんだか猫みたいだな」

 アウナは苦笑する。

 「猫とな。まあ、なんとでもいうがよかろう。とにかく、”龍脈”にはわし自らが赴く。無論、おぬしの申す通り、わしは無力かもしれん。しかし、世界の存亡がかかっておるのに、それに気づいたものが行動せずしてどうする?」

 「いや、結果が怖くないの? 失敗したり、自分が怪我したり死んだりさ」

 「結果を恐れておっては何もできん。そして、成果が伴わぬであろう結果に耐えるのもまた、生きるという行為から切り離せぬ瑣事じゃ」

 ぼくはすっかり感心した。アウナは子供そのものの見かけで、大人のようなことをしゃべっている。

 「そこまで潔くはなれないな」

 「なれずとも構うまい。そうありたいと何も考えず行動しておれば、いずれそうなれようぞ。まあ、あんまり悩まぬことじゃ。つまるところ重要なことは、それだけじゃ」

 こんな子供のような相手に諭され、ぼくは恥ずかしくなってしまった。同時に、じぶんの滑稽な姿に笑いがこみあげてくる。

 「ありがとう。とにかく、行くしかないわけだね」

 アウナは得意げにうなずいた。

 「さよう。それに、ここだけのはなし、次の目的地におる”半神”は実はわしの知り合いでな。そろそろ軍が到着しておるところじゃろう」

 「え? それじゃ、ぼくたちは一緒には行けないよ。きみたちの軍隊にやられたくはないから」

 「大丈夫じゃ。わしが口をきいてやるゆえ、危険はない。それより、気が向いたら一緒に戦ってくれても構わんのだぞ? もっとも敵はおぬしらの仲間になるじゃろうが……」

 「そちらはぼくたちが相談したほうがよさそうだね。闘いを避けられるかもしれない。だって、世界の存亡がかかっているんだから、さすがにいがみ合いはないだろうしね」

 「そうじゃな。おぬしらの”最終戦争”とやらは、どうやら竜頭蛇尾に終わりそうじゃな」

 ふと、アウナは不安げな声でつぶやいた。

 「しかし、それでおぬしらは本当に気が済むかの? 殲滅戦を仕掛けてくるような者どもに、話が通じるとは思えん、と以前は思っておったが……」

 確かに、勝利した地域では、その周辺に棲息する”モンスター”を掃討し、死屍累々の惨状をさらしていた戦場も多々あった。そういう場面には何回か遭遇したし、ぼくだってそれに加担しなかったと言えばうそになる。

 むしろ、アウナと同じ種族、”半神”をすでに何人か手にかけてさえいるのだ。

 ぼくは黙るしかなかった。

 何を言っても、アウナに対する裏切りのように思える。命が惜しいからかもしれないけど、アウナはこんなに親密に接してくれているのに、その仲間をぼくは何人も、何の感慨もなく、と言うのは言い過ぎだけど、とにかく殺してきたのだ。

 重苦しい静寂がぼくらを包み込む。

 アウナは、もの思わしげに地面に視線を落としていた。

 「なぜ何も言わぬ」

 ラランニャや、他の仲間にぼくは気後れを感じつつ、言葉少なに答える。

 「いや……君の言うとおりかもしれないね」

 「おぬしは違うと思っておったが……」

 残念そうにアウナは言う。

 ぼくは思わずとりつくろうとしていた。冗談に紛らわせようと乾いた笑いを交える。

 「もしかしたらぼくは、違うかもしれない。でも、それじゃ裏切り者だよ。そうなることを恐れているのは、確かなんだ」

 アウナはいまさら気が付いたかのようだった。

 「ふむ。そうか、裏切者とな。そうなるか」

 生真面目な面持ちでアウナはぼくを見上げる。

 「ならば、言おう。この戦いがなければ、おぬしには出会えておらなんだ。それを恐れておるわしは、裏切者じゃろうか」

 いまひとつ意味が分からず、ぼくはアウナの表情をうかがった。

 天空の亀裂からこぼれ落ちる光によって、暗闇にうっすら浮かび上がるアウナからは、何の感情も察することができない。

 唐突に、アウナは声高に笑い出した。

 「なんという顔じゃ、おぬし、そのような怖い目で見おって、わしを脅かすでない」

 アウナは空に顔を向け、誰に聞かせるでもなく言う。

 

 「悩まずに行動する、行動したなら後悔せぬ、それがわしの流儀であったに、どうも調子が狂っていかん。これも道連れができたせいかの」


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