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倒れたキャラクターたちに、”狼人間”たちが群がっている。
横たわった体に覆いかぶさった”狼人間”たちは、思い思いに鋭い爪を振るい、牙を突き立てていた。なかには一つの体をうばいあい、二つに引きちぎってしまった奴らもいた。
いまだかつてなかった無抵抗の獲物を得た”狼人間”たちが放つ、歓喜の咆哮が空気を震わせていた。
酸鼻を極めた光景から、ぼくは目をそらした。
こわばったぼくの顔を、アウナが無表情に眺めている。
「いずれおぬしの願うような場所はどこにもあるまい」
何を言ってるのか、ぼくにはよくわからなかった。
ふと、アウナの服装に気付く。もともとアウナはぼくのあげたマントをかぶっていただけのはず。でも今は、だぶだぶながら一応、上下ともにそろっている姿だった。
「あれ? そういえば、その服どうしたんだい? 元から持ってたわけじゃないよね」
アウナはいたずらを発見されたような子供のように、視線を宙に泳がせた。
「ああ、これはちょっと拝借したのじゃ。季節的に、もう初秋じゃぞ? さすがにマントだけでは肌寒いわ」
「拝借って?」
「倒れておった者からな。それに気を取られておったものじゃから、”狼人間”の接近に気付くのが遅れてしもうた」
「それって、普通に泥棒なんじゃ……?」
驚いたぼくはアウナをまじまじと見た。こんな女の子が平気で人の装備を盗むなんて、ちょっと信じられないけど、でも、キャラクターなんて、しょせん外見で中味は判断できないものだし、きっと”モンスター”である彼女もそうなんだろう。ぼくとは常識が少し違うんだろうな。
恥じるように、アウナは顔をそむけた。
「褒められるようなこととは思ってはおらぬ。しかし、おぬしらとてわれらを倒したのちに、死骸からものをはぎ取るものだっておるではないか? わしらとて同じよ」
アウナの言い分に、ぼくは納得した。
「そうか。確かにそうだよね。ごめん、別に君は悪くないよ」
安堵したようにアウナは表情を緩める。
「さよう。ついでに断わっておくと、おぬしに借りたマントな、あれを置き忘れてしもうたのじゃ。悪く思うな」
妙に律儀なアウナの報告に、ぼくは思わず笑ってしまった。
「構わないよ。あげたものだから、好きにしてくれたらいい」
「すまんな」
アウナはぼくに微笑みかけた。
ぼくは気を取り直し、なんとなく不満げな三人に声をかけた。
「とりあえず、ぼくたちは最後の”龍脈”へ向かうしかなくなったようだ」
ぼくは腰を上げた。
”狼人間”に襲われたキャラクターたちはかわいそうだった。プレイヤーはずいぶんと脱力するだろうな。自分がキャラクターにかけた時間やお金を考えると、ゲームのこととはいっても、やっぱり平静ではいられない……おかしいだろうか?
ぼくは歩きながら、現在の状況をエンカラとカナに説明する。
「まあ、そういうことだったら、しょうがないすね。おれは軍団長に従いますよ……つか、それ以外どうしようもないでしょ、一人でどうこうできる問題じゃないもんな」
エンカラは不承不承、事情を呑み込んでくれたようだった。正直、こいつの中の人は、小学生か中学生くらいなんじゃないかと思う。きっと、ことの重要性があんまりわかってないんだろう。
「でも、どうしてその小っちゃい子と一緒にいないといけないんですかぁ? ”モンスター”なんだから何考えてるかわかんないですよ。だまされるかもしれない」
カナはアウナの存在に懐疑的だった。それも無理ないことだと思う。
ラランニャだってそうだ。でも、今のアウナは無力な子供に過ぎない。それを敵がうようよいる場所に放り出していくことはぼくにはできない。
ぼくはなるべく丸く収まるようにと、フォローを入れる。
「まあまあ、彼女は今は”モンスター”じゃないよ。魔法を使うための”受信器”が切り離されているからね。それに、違う種族は”モンスター”でも仲が良くないとわかったし、別に危険はないはずだよ」
「まあ、そうかもしれませんね。私も同じ意見です」
おずおずとラランニャが加勢してくれる。
カナは不服そうに抗弁する。
「でも、どうして一緒にいなけりゃいけないんですかぁ? 結局”モンスター”でしょ? だったら、あの”狼人間”と中身は一緒ってことじゃないですか。あたしたちみたいな人間じゃないんだから、同じように扱っても意味ないですよぉ、どうせ」
考え込むように首をかしげ、ラランニャが答える。
「要するに、NPCと一緒に行動しているということですよね。わたしたちだって、このゲームの最初のほうはナビゲイター役のNPCにお世話になった人もいるんじゃないですか」
「でもぉ、NPCと”モンスター”は違うでしょお」
「そうでしょうか? 似たようなものだと思います。結局、ナビゲイターもアウナも、自分の役割にふさわしい知識や考え方をプログラムされた架空の存在です」
「何が言いたいわけ?」
「きっと、彼女はわたしたちの予想以上の行動は一切しないでしょう。与えられた役割から一歩もはみ出ることはない……なぜなら、それが効率的な人格プログラムなのですから。予想外の行動を選択するNPCなどありえませんし、理由もなく友好的な”モンスター”も存在しません」
「じゃあ、逆におかしくね? だってあたしたちの仲間に入ろうとしてるんだからさぁ」
「彼女は”モンスター”の中でも最上位クラスの”半神”です。彼らは利口で、強大な力を持つゆえに自尊心が高いと聞きます。命の危険に瀕したとき、私たちを利用しようととすることは十分にありうると思います」
カナとエンカラはいまだに納得していない様子だった。
「じゃあ、あんたの予想ってなんだよ? あのガキがこれからどうするかわかんのか?」
ラランニャはエンカラの質問に答える。
「自分の身を守ることを最優先に考えるはずです。つまり、彼女は”受信器”が治るまで、わたしたちと行動を共にするはずですよ」
「ほんとにぃ? 想像じゃん、そんなの」
カナは鼻息荒く否定する。
ちらりと、ラランニャはアウナの様子をうかがう。
アウナは、ぼくたちのことなど素知らぬ風で、少し離れた場所で歩いている。
「じゃあ、想像かどうか、試してみましょうか?」
ラランニャは声を潜めた。ぼくも、ラランニャのそばに招き寄せられた。
アウナには聞こえない程度の声で、ラランニャはささやく。
「きっとアウナは、アーツェル様だけが自分に対して友好的だとも知っていますが、同時に他のメンバーから歓迎されていないこともわかっています。そして、アウナに反感を持つ者の集団と共にいることは危険だとも思っているでしょう。おかしな自身の起こる直前まで、殺される寸前だったのですから。今現在、わたしたちから、つかず離れずの位置にいることからもそれは明らかです。いざというときすぐに逃げられるようにしているのです」
「それが何かぁ? そんなのタダの説明でしょ? 未来的にどうなるかを教えてよねぇ」
苛立ったようすのカナに、ラランニャはなだめるように微笑みかける。
「つまり、アウナはわたしたちにも友好関係を築く必要を感じている、これが前提です。しかし、嫌われているものに近づくには、プレゼントが必要ですよね、普通だと。しかしアウナに提供できるものとはなんでしょうか?」
「最後の塔への道じゃないのかな? 近道とか」
ぼくは言う。ラランニャは小さくうなずいた。
「それもあるでしょうが、それだけでは魅力が薄いとは思いませんか? わたしたちだって、その程度は知っています」
エンカラが首をひねる。
「じゃあ、なんなんだ? すぐにあいつは逃げ出すっつーのかよ?」
「いいえ。彼女はわたしたちに何かこの世界で生きるために有利になる知恵を与えようとするでしょう。それが彼女がわたしたちに与えることのできる唯一の財産です。とくに、友好的なアーツェル様に、最初に働きかけるでしょうね」
「よーするに、何よ?」
エンカラがうんざりしたように声を上げる。
「しっ! もっと具体的にないわけぇ?」
真剣な面持ちでラランニャは答える。
「ふむむ……では、アーツェル様に、『あなたの魔法の使い方はいまいちだ、いい方法を教えてあげよう』といったニュアンスのことを提案するでしょう」
ぼくはなんだか心配になってきた。
「言い切っちゃっていいの? もし違ってたら……」
エンカラが鼻息を荒くする。
「そうなったら、あいつは追い出すだけっすよ。だって、危ないっすからね、おれたちが」
カナは頼もしげにエンカラを見た。
ぼくはくちごもる。
「こっちの意見は……?」
ラランニャがぼくをはげます。
「ご心配なく。わたしの予想があたりますよ、きっと」
「自信あるのかい?」
「うふふ」
ラランニャは答えずに、屈託なさげな笑い声をあげた。
ぼくたちは、じっとだまってアウナの様子をうかがった。
悠然と歩いていたアウナは、しばらくしてぼくをちらりと見上げる。
柔らかい微笑みを浮かべた唇を開いた。
「そういえば、おぬしの見せてくれた素早くなる技、あれは素晴らしいものだったが、なぜ他の技も使わぬのじゃ?」
「”超臨界速”のこと? でもほかの魔法は使えないんだよ」
「そうか。道理で強度のレベルは高いが技術的にはぎこちないと思っておった。まだまだおぬしは初歩の魔法がわかっておらんようじゃな。だから他の魔法も使えんのじゃ。応用がきかんのだな」
「そうかもしれないね」
アウナは満面の笑顔をぼくに向けた。
「さもありなん。であれば、わしがおぬしにもっと精妙なる魔法の技術をを教えてやろう」




