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 「あいつ、敵をひきつれてきやがった!」

 エンカラが怒号を上げる。

 「せっかく助かったと思ったのにぃ、サイアク!」

 カナが憎々しげに吐き捨てた。

 「やっぱり、罠だったのですね。幸い、虎口に飛び込むようなまねはしなくて済みましたが、今の状況も最善ではありません」

 ラランニャがぼくを頼るように見る。

 ぼくはといえば、アウナの嘘を予想していたつもりで、ショックを受けている自分を発見していた。

 思わず、視覚の機能を上げ、アウナの姿を拡大ズームする。

 アウナは目を剥き、必死の形相で走っている。

 最後に見たときに体をくるんでいたマントの代わりに、地味な服装に換えていた。しかし、サイズが大きすぎるようで、裾が伸びて手足の先に絡んでいる。

 幾度も、足元のやわらかい土につまづき、倒れそうになりながら、何とか持ち直しては駆け続ける。そして、こちらに向けてなにか叫んでいるようだ。

 ”狼人間”たちの雄叫びにかき消されてわからないが、確かに何かをぼくたちに何事かを伝えようとしている。

 そうだ。敵をひきつれてきたには様子がおかしい!

 「ぼくが連中を相手する」

 言い捨てて、ぼくは”超臨界速”に突入した。

 瞬間、全身のキズから痛みが電撃のようにぼくを襲う。あわてて痛覚を数値変換した。

 五感に集中し、半径数キロの状況を把握する。ぼくの脳裏には、周辺の地形が詳細な地図のように展開された。

 棒立ちになった仲間たちを置いて、ぼくは薄暗くなった視界の中を進んだ。

 アウナは音の消えた世界で、走っている途中の不安定な姿勢のまま、彫刻のように立っていた。

 背後に連なるのは、筋骨隆々とした異世界の魔獣たちだ。およそ十数頭が、一団となっていた。さらに後方には、百頭近い集団がひしめいている。

 ”狼人間”たちの視線は、アウナに集中していた。

 ぼくは”死の種子”を振り上げ、さやのまま”狼人間”たちをなぐりつけていった。

 不意に無防備な急所を殴られたのだから、大した力でなくともかなりのダメージを与えることができる。これは経験則だった。

 ”超臨界速”が解除される。体力を消耗しきったけが人のぼくには、数十秒程度が精一杯だった。

 音がよみがえる。

 ”狼人間”たちは地面に這い、のたうちまわった。

 突然出現したぼくに、アウナは目を見張った。その場にひざをつく。

 「おぬし! 来てくれたのか」

 ぼくはよそよそしく言った。

 「事情を説明してもらいたい」

 アウナは肩で息をついていた。

 「何がじゃ? 見ればわかるであろうが! 追われておるのよ、けだものどもにな」

 いきなりアウナはぼくを怒鳴りつけた。ぼくは圧倒されてしどろもどろに答える。

 「見ればって言われても……そんな風には見えなかったけど」

 アウナは激しく呼吸しながら、大儀そうに手を振る。

 「よい、今はよいわ。ひとまず撤退じゃ」

 言いながら、ぼくに近づき、背中にしがみついた。

 「もう足が動かぬ。ちょうどよいところに来てくれた。おかげで助かったぞ」

 ”狼人間”たちは、初撃のダメージから回復しつつあった。おのおのがよろめきながら立ち上がっている。丸い緑色の瞳が、ぼくとアウナを見ている。

 一度、痛い目にあわされた”モンスター”は、相手を恐れて逃げ去るのが普通だったが、この”狼人間”たちはそうではなかった。ぼくを見て、逃げようと後じさりはするのだが、アウナの姿に目を止めると、名残惜しそうにその場で動きを止めるのだ。

 迷っている”モンスター”たちの動きに、ぼくは脅威を感じた。

 彼らの向こうから、さらに多くがこちらへ向けて進んできている。

 ここでのんびり対応していては、後方からの援軍が合流するのを待つだけだ。しかし、おびえているとはいえ、反撃する意思を捨てていない奴らに、背中をさらして逃走するのは危険だ。

 「もう一発ずつ、お見舞いしてやるしかないか。ちょっと降りてくれ」

 「よすがいい。奴らとてもうこれ以上は追ってはくるまい」

 アウナがとりなすように言う。

 「でも、妙だよ。いつもなら一発食らえばすぐに奴らは退却するんだ。利口なほうだから、勝てない相手とは戦おうとしない。でも、今は妙に僕たちに執着しているようだ」

 申し訳なさそうに、アウナは答える。

 「さようか。理由があるのだ。わしが力を失のうたゆえじゃ」

 じりじりと”狼人間”たちは距離を詰めてくる。

 アウナを背中から降ろし、再びぼくは”超臨界速”に突入。

 一頭ずつ、さやで殴りつける。

 アウナをおんぶして、その場から逃げ出す。

 「”狼人間”は君たちとは仲が悪いのかい?」

 「違う。わしら”半神”が”狼人間”を従えて暮らしておるのよ。わしが”受信器”を切り離される前は、奴らはわしを頂点とする共同体の一員だったのじゃ。しかし、わしが魔力を失ったと見るや、突如として反抗してきおったわ」

 「もともと、キミの部下だったのか。でもどうして反抗なんか」

 「先ほども言ったであろう。わしが魔力を失ったゆえよ。しょせん、”半神”に収められておらぬ”狼人間”はろくに魔法も使えん矮小な生き物じゃ。それに知能も高くない。まともな言葉も持たんのではないかの。しかし、ずるがしこさだけは必要以上で、それで大勢でつるむのよ。己らが弱いということを知っておるからな。そして貪欲に他の”モンスター”を狩りつくしながら、群れで移動するのじゃ。奴らの通ったところには雑草一つ残らんぞ。うっとうしい連中じゃ。そして、連中には力を失ったわしが、新たな獲物に見えておるのだろう……いや、そうではあるまい」

 アウナは嘆息した。

 「やつらはわしに押さえつけられておる間、怒りをため込んでおったに違いない。さもなければ、あれほどまでに歓喜と狂乱をともなって襲いかかっては来ぬだろう。やつらは、わしをずっと憎んでおったのじゃ」

 ぼくは少し不安になって尋ねた。

 「でも、どうして戦いに部下を連れてこなかったんだい。あの戦いはなにかの罠だったとか?」

 小馬鹿にするように、アウナは鼻を鳴らす。

 「おぬしのような強力な敵だと、雑魚など邪魔なだけじゃからな。それと、今奴らと合流しようとしたわけは、おぬしの仲間が何人も倒れておって難儀しておったろう。どこか安全な場所に移動するのを手伝ってやろうと思ったのじゃ。結果的に裏目に出てしもうたが、それは致し方あるまい。倒れておる奴らなど、助かっても助からなくともどちらでも構うまい」

 「それはちょっと、ひどいかな」

 「そもそもこうなったのは、おぬしのせいじゃ」

 意地の悪い口調でアウナがからんでくる。ぼくは恐縮した。

 「……ごめん。ひどいことをしたよね」

 涼やかな笑い声が背中から聞こえた。

 「謝ることはない。正々堂々と勝負した結果じゃ。わしには遺恨はないゆえ、おぬしも気に病むことなどない……しかし」

 「しかし?」

 多少、不安を覚えるぼくに、いたずらっぽくアウナはささやいた。

 「……責任は取ってもらうぞ」

 「責任って?」

 「わしの身を守ってもらおう。とりあえず、最後の”龍脈”に到達するまではな。なに、そう長いこともあるまいよ。それに、早めに”受信器”が体に癒着すれば、おぬしの警護も必要あるまい」

 はげますように、ぼくの肩を小さな手がたたいた。

 ぼくは仲間たちの中に飛び込んだ。

 「何してんすか? そいつは敵だろ?」

 エンカラが声高に叫ぶ。当惑した面持ちでラランニャが尋ねる。

 「アーツェル様? 何があったのですか?」

 「実は、アウナは」

 「話はあとじゃ! 今は”狼人間”から逃げ延びることのみを考えい!」

 説明しようとするぼくをさえぎり、アウナは鋭く一喝する。

 あまりに自信に満ちた声音に気圧されたか、ラランニャ、エンカラ、カナは口を閉ざした。

 「こやつについてゆくのじゃ! 足を止めれば死ぬるぞ!」

 アウナはまるで競走馬に乗っているかのように、ぼくをけしかける。

 ぼくはせかされるままに走った。

 文句を言う暇すら与えられず、残りの三人は僕についてくる。

 「目算もなしに逃げてるだけじゃ、いずれ追いつかれてしまうんじゃないかい」

 ぼくはアウナに言う。アウナは自信満々の様子で、答えた。

 「ほどなく走る必要はなくなろうぞ。わしを信じるがよい」

 多くの意識を失ったキャラクターたちが屍のようによこたわる荒地から、ぼくたちはいささかへだたった場所までやってきた。

 そこは丘のように緩やかに隆起した場所で、ぼくたちはその盛り上がった地形の陰に隠れるようかたちになった。

 アウナの言うとおり、”狼人間”たちは後をつけてこない。

 

 背後を振り返ったぼくたちは、絶句した。


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