星に願うは
「ささのは企画」(登場人物が紙縒を縒る描写を入れなくてはいけません)に参加させていただきました。
思いつきの勢いまかせで一気書き。
<あらすじ>星倉ななえは、高校二年生になるまえに玉砕覚悟で笹本祐一に告白するが、なんと返事はOKで……
「好きです!」
放課後の誰もいない教室で、わたしはムチャクチャ勇気を出して、笹本くんに告白した。
だって、三月だし、あと一週間たったら高校二年生に進級してクラス替えになっちゃう。うちの高校は十クラス以上あるから、同じクラスになれる確率はメチャ低い。違うクラスで片想い続行でヤキモキするよりも、当たって砕けて違うクラスになった方がスッキリするじゃない?
振られたら鞄を持って、教室からダッシュで逃げよう。そして修了式までの数日を何とかやり過ごして、春休みの間に気持ちを切り替えて立ち直って二年生になる。そこまでシミュレーションした上で告白した。だけど。
「あ、俺も……」
「…………………………え?」
「『え?』って……え?」
「こっちが『え?』なんだけど」
「え? マジで? 俺も好きだったからラッキーって……」
「え?」
『え?』が何回か往復したあと、恋はあっというまに成就してしまった。
ど、どうしたらいいのかな!?
振られたあとのことはたくさん考えていたんだけど、上手くいっちゃった場合のことは考えてなかった。だって、そんな幸せシミュレーションした挙げ句に振られたら辛いわ恥ずかしいわで耐えられないじゃない? それがまさか、こんなとんとん拍子な。これは本当のことなのかな。夢じゃないのかな。
「どこかに行こう!」
気づいたら叫んでいた。ためらっている間に「やっぱウソー!」なんて、なかったことにされたくない。
「いいよ」
笹本くんの返事は軽かった。あんまり軽いからちょっと心配になって念を押した。
「二人でだよね?」
笹本くんは頷いた。わたしは言い出してから迷い始めた。この展開は予想してなかった。これから告白するっつーのに、デートの行き先まで決めていたらイタすぎだもん。わたしと身長がそう変わらない笹本くんは一人で腕組みして少し頭を傾けたあと、口を開いた。
「星倉さんに行きたいところがないなら、俺が決めてもいい?」
「いいよ。そ、それから! ななえでいいから!」
わたしの言葉の最後の方なんか、ほとんど叫び声だ。
「あ、うん。ななえ……ちゃん。俺のことも祐一でいいよ」
やだもう、幸せすぎる!!
次の日曜日、わたしと笹本……祐一くんは、あるショッピングモールの中央広場で待ち合わせをした。これから卒業と入学の季節ということで、桜の木のオブジェが飾ってある。その近くには書き物をする台があり、桜の花をかたどったピンクや黄緑の色紙が置いてあった。桜の花の色紙に好きなメッセージを書いて吊すらしい。この中央広場は、秋には紅葉、冬にはクリスマスツリーなど、季節ごとの飾り付けが楽しい。待ち合わせ時間よりも早めについたので、なんとはなしに桜の木のオブジェを見上げていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
ああもう、夢みたいなやりとり。私服の祐一くんを見てドギマギした。学校の中じゃなくてデートなんだ。二人でデートなんだ。
「行きたいお店があるんだけど、いい?」
「もちろん」
手を繋ぎたかったけど繋げなくて、祐一くんの後ろをついていった。ついたところは、ファンシー系の雑貨屋さん。アクセサリーだけでなく、可愛い文具もたくさん売っている。祐一くんは売り場には目もくれずに一直線にレジに向かった。なんでだろう?
「すみません、今日引き取りの注文していた笹本ですけど」
「はいお待ちしておりました」
可愛いエプロンをつけた女性の店員が、レジ裏のスタッフルームと書かれた扉を開けて入り、大きな紙袋を二つ持って出てきた。
「ご確認お願いします。こちらは男性用ハンドタオル二十一枚、こちらが女性用ハンドタオル二十枚になっております。お会計は……」
祐一くんがパンツのポケットから財布を出して、お札を数枚店員に渡した。わたしは、そのやり取りをみていた。いつもは全く気にならない心臓の鼓動を感じ始めた。
イヤな予感がする。とってもとってもイヤな予感。
「お昼、食べようか? 食べたいものある?」
わたしは首を横に振った。答える代わりに
「紙袋、一個持とうか」
イヤな予感の元を自分の手で確かめたかった。だけど今度は祐一くんが首を横に振った。
「かさ張るだけで全然重くないから」
祐一くんが持つ紙袋の中をチラリと覗けば、タオルは一枚一枚包装されていた。わたしたちのクラスの人数は全員で四十二人。タオルは四十一枚。まさか、そんな。
わたしと祐一くんは安いパスタ屋さんに入ってランチメニューを注文した。フォークにパスタをくるくる巻くとか、音を立てないようにとか、気を使っている間だけ気が紛れた。食べ終わると、何を話せばいいのかわからなくて、メニューをパラパラめくってデザートコーナーのページを見た。パンプキンチーズケーキだって、美味しそう。
「なんか頼めば? 奢るよ」
わたしは祐一くんの顔を真正面から見た。
「どうしてそんなに驚いてんの? ケーキくらい奢るって」
ランチメニューは割り勘だと頑なに言い張ったのだ。ちゃんとお母さんからお昼代もらってるし。
「驚いてるわけじゃないけど……」
うそ。とっても驚いた。いままでも友だち同士で奢り奢られはあったけど、ノートの貸し借りのお礼だったり、理由がちゃんとあったから。もしもいま、奢られる理由があるのだとしたら
「か、彼氏としてさ……」
彼氏って言った! 彼氏って言った!!
「えーっとね、何にしようかなあ」
お昼を食べてからは、本屋に行って立ち読みしたり、洋服屋さんを冷やかしたりして、帰る時間になった。かなり名残惜しいけど仕方ない。
「今日とっても楽しかった。ケーキごちそうさま。また明日学校でね」
バイバイと手を振った。
「待って……!」
祐一くんに慌てた声で呼び止められた。祐一くんはわたしの顔から目を反らした。そのまま目線は手にした紙袋へ。
「明日、学校で発表されるけど、いま言っとく」
え? たぶん、それ、絶対聞きたくない話だ。ケーキやウィンドーショッピングで忘れていた、忘れたかったイヤな予感が心の中で復活する。
「俺、三月末で引っ越すんだ」
「うそ!!」
イヤな予感は的中していた。
イヤな予感の根拠だったハンドタオルは翌日の転校の発表とともにクラス全員に配られた。高校生になってからの転校自体が珍しいし、こういう品を配る律儀さに皆、妙に感心させられた。わたしの手元にも、女生徒同志でおそろいの五種類の色パターンのタオルが残された。
わたしはそのタオルを見ながら昨日の最後のやり取りを思い出す。
「どうなるの? わたしたち」
「遠距離恋愛?」
どうして語尾が疑問形なのよ?
四月になって、わたしは高校二年生になった。祐一くんは、ここから飛行機で行く距離にある高校で二年生になった。
わたしはなぜかモテ期に突入したらしく、やたら交際を申し込まれるようになった。当然、断る。大抵は断ればそれでおしまいなのだけど、たまに「どうして?」と食い下がる人がいて、そういう場合は「彼氏がいるから」と答える。そこでいい加減、大体の人はおしまいなのだけど、たま~にしつこい人がいて「どこの誰? 学校内で見かけないんだけど、本当にいるの?」と疑ってくる。付き合っているのか? と言われると、とても微妙。だって、転校しちゃってから会ってないもの。付き合うって、一緒にどこかに遊びにいったりするよね。それは全然していないもんね。
メッセージは毎日やりとりしている。わたしも祐一くんもパケット定額プランに入った。そのためにアルバイトもしている。休日に暇していたって、会えるわけじゃないんだし。
情けない話だけどずっと会わないでいると、だんだん祐一くんの顔もぼやけてきちゃって、「祐一くんの写真を送って」と頼んだ。返信の添付ファイルを見れば、どこかぼんやりした顔の男子高校生の写真で、あれー? わたしの中で美化しすぎちゃっていたのかなあと思ったり。
でも、他に好きと思う男の子もいなかったから、ずっとそのままの状況を続けていた。一途なんて素敵なものではないと思う。
七月六日は日曜日。アルバイトは休みだった。祐一くんはバイト中なのか朝からメッセージの返信もなくて、わたしは外に出かけることにした。特になにも考えずにふらふら歩いていたら、一回こっきりのデートの待ち合わせ場所、ショッピングモールの中央広場にいた。季節に合わせたオブジェは大きな笹だった。
「笹かあ……」
見上げて呟く。短冊を一杯ぶら下げて、しなった笹。オブジェの傍らには短冊が数枚残っている。明日は七夕だもんね。いま短冊を書いたら、滑り込みセーフになるかな。黄色い短冊に黒いサインペンで願い事を書き始めた。
個人名を挙げたら、さすがにマズイか。
一応気を使いながら書き終えた。
彼氏に会えますように
『本当に彼氏いるの?』
弱ったわたしの心にズケズケと踏み込んできた言葉が不意に浮かぶ。それは二日前のことだった。しつこい上にしつこい男だった。本当に付き合っているの? 思い込みじゃないの? 遠距離恋愛なんて自然消滅するに決まってるじゃん。何ヶ月会ってないの? よく平気だね。
手首を強く掴まれた。振り払って逃げた。空手を習おうと思った。
彼氏だもん。ケーキ奢ってくれたもん。彼氏としてって言ってくれたもん。
ヤバイ。涙出てきた。あ、鼻水も。とりあえず涙は手で拭って、バッグからティッシュを取り出して、鼻をチーンとかむ。人目なんか全然気にしない。
さて、短冊を吊そう。願い事が叶うといいな。っていうか、わたしと祐一くんってマジで織り姫と彦星っぽくない? あの二人も相当の遠距離恋愛だよね。
短冊が入っていた箱の横には小さな空箱。おそらく、ここに入っていたのは短冊を吊す紙縒。床に目を向ければ、踏みつぶされて汚れた紙縒が数本落ちていた。とりあえず拾ってみたけど、この紙縒で吊しても願い事が叶う気がしない。鼻をかむために使ったティッシュは捨てて、新しいティッシュを紙縒を撚るために出す。短冊の穴に通るぐらいに細く、でも切れないように丈夫になるように丁寧に撚る。
即席の紙縒で笹に吊された短冊。ささのは、と誰にも聞こえない小さな声で呟くように歌い出したとき、携帯の着信音が鳴った。
『いま、どこ?』
祐一くんからのメッセージだった。どこにいるか尋ねるなんて珍しい。いつもは、学校のこととか、面白かったテレビ番組とか、見たもの、やったことが話題になっていたのに。どこにいるかなんて聞いたって仕方ないのに。どこに行ったの? ならわかるけど。
『前に待ち合わせした中央広場』
『ちょっと待ってて』
なんで?
わからなかったけど、逆らう理由もないし、ちょっとの時間もわからない。とりあえず、たなばたさまを歌い終わるくらいまで、いようかな。
一番を歌って、二番を歌って、もう一回一番を歌い終わったら、わたしの目の前に祐一くんがいた。
「なんで?」
「昨日、メッセージで今日はバイト休みって言ってたから、もしかしたらって山張ってきた」
「そうじゃなくて、どうして、祐一くんがここにいるの?」
「飛行機乗れるくらいお金貯まったから。泊まるお金はなくてトンボ返りだけど」
「どうして教えてくれなかったの?」
泣きそう。ううん、もう泣いてる。嬉しくて信じられなくて嬉しくて。祐一くんはちゃんといるんだって。彼氏なんだって。
「格安チケット狙いで直前まで来られるかわからなかったから。約束したのにダメになっちゃったら悲しいし」
「でも、教えてよ。ビックリしたじゃん」
わたしは泣いているし、祐一くんはオロオロしているしで、ちょっとだけ周囲の注目を浴びていた。祐一くんがわたしの手をひいた。
「ちょっと待って」
祐一くんはパッと手を離す。ちょっとガッカリ。離さなくて良いんだってば。祐一くんを恨めしげに見上げた。転校する前は確かわたしと同じくらいの身長のはずだったんだけど。
「どうしたの?」
「短冊を書き直すの」
いま『彼氏』に会えたのだから、さっきのお願いは無効にしなきゃもったいない。これは、たなばたのお願いごとが叶ったのではなくて、祐一くんががんばってくれたんだもの。
ついさっき吊り下げた短冊を回収して書き直し。
彼氏に会えますように
『彼氏に』と『会えますように』の間に『いつでも』と付け足した。祐一くんは少し苦笑い。
でも「大学はこっちを受けるから」と言ってくれた。それまで、ずっと手を繋いでいて、さよならする前に物かげに隠れてキスをした。初めてだった。初めてだったのに舌を差し入れてきて驚いた。初めてのデートでケーキを奢ってくれたときよりも驚いた。
おわり