07:人造人間よ、服を着ろ
イーアイレアも、人の集まった都市は産業革命期めいていたが、一度都心部から離れると、そこには人の手の入っていない大地が広がっていた。モンスターからの防衛も考えると、現実の先進国の様に土地の全てを人の物にするのは難しいのだろう。
そんな街の外には、未だ来訪者を待ちながら眠る古代文明の遺跡が無数に存在しているらしい。アージェンはゲーム内で情報を集め、遺跡が多く有りそうな場所に目を付けた後、フュールを伴って探索に出ていた。
遺跡の探索に、特に許可は必要無い。変に制限を設けてしまうと、冒険者による発掘が滞り重大な遺産の発見が遅れてしまうかもしれないから、との事だ。正規に探索者を雇うにも、遺跡の数が膨大過ぎて追いつかないらしい。
まぁ、プレイヤーに自由な探索をさせる為とはいえ、よくもここまで設定を作る物だ。そんな感想を抱きながら、アージェンは深い森の中を進む。
イーアイレアの国土は、かなり、というかもの凄く山が多い。都市は比較的平らな場所に作られているようだが、外は山あり谷あり崖あり川ありで進みづらい事この上無い。
転移で帰る事が出来るので迷子の心配は要らないが、これでは遺跡が有ったとしても見逃してしまう可能性が高い。彼女は僅かな目印も逃さない様注意する。
何度も日が沈んで昇る中、時折フュールの睡眠の為に休憩したり、落石や急流等の自然の驚異に晒されたり、襲撃して来たモンスターを撃退したりを繰り返す。そうして、そろそろ一旦現実に戻った方が良いかなと思い始めた所で、アージェンは一つの遺跡を発見した。
黒っぽい金属で出来た入り口が、緑の侵食を受けながらぽっかりと開いている。そういえば、こういう金属製の建物は初めて見る。金属を加工する技術が未熟なのか、それとも金属が希少なのか。
「ッシャオラァ、やーっと見つけたよ……だぁー、疲れた」
「本当です……突入しますか?」
「ったりめーだろ、気合い入れていくぞ」
「了解しました、先頭は任せます」
『汎用魔法』を使い、光の球を作る。フュールも同様の魔法を発動させた。厳戒態勢に入りながら、澱んだ闇を光で払いつつ進入する。
「……ファッキンダークネス」
暗い、とにかく暗い。半魔もエルフも夜目は利くが、それでも見辛い程に暗い。入り口から遠ざかれば遠ざかるだけ、どんどんと視野が暗みゆく。二つの光球だけが頼りだ。
1000年以上もの間熟成された闇の中、二人分の足音が鳴り響く。前方に盾を向けながら進むが敵の気配は無く、無機質な金属が剥き出しになった通路だけがひたすら彼女たちを出迎える。
時折部屋の扉等も有ったが、硬く閉じられていてびくともしなかった。流石のフュールの魔法でも、分厚い金属製の扉を壊すのは難しいらしく、開かずの扉を突破するのは諦める。
「暗いねぇ……」
「ですね……」
暗闇の中、単調な足音しか聞こえない状態だと、段々と頭がふわふわしてきて、思考力が鈍って来る。それを解消する為に会話しようとしたが、話題が思い浮かばなかった。なので、無理矢理にでも言葉を交わす手段を提案する。
「なー磯野ー、しりとりしようぜー」
「イソノって誰ですか……まぁ良いですけど」
「じゃーわたし先攻なー。キャベツ」
「つ、爪研ぎ」
「ギャンブル」
「る……瑠璃」
しりとり作戦は妙案だった。一定間隔で繰り返される靴音以外に、ランダムに発せられる二人の言葉が加わった事で、精神が随分と安定する。
そしてどれ程進んだだろう、三回ほど『ん』が出た辺りで、通路の果てに階段が現れた。光でその奥を照らそうとしながら、アージェンは背後のフュールに目配せする。
「行くか」
「はい」
躊躇う事無く、階下へと進む。しりとりを継続しながら長い階段を降りると、大部屋らしい広い空間に出た。魔法を使い、光の球の数を増やして対処する。
「何か有るかな~?」
「無かったら詐欺ですよ」
念のため、二人で固まって探索する。床に大量のコードが這っていたり、何かのモニターと思しき物が設置されていたりしている。
施設は完全に死んでいる様で、モニターに電源が入る気配は無い。フュールにはこれも珍しい様で、不思議そうに真っ黒な画面を眺めていたが。
何となく、彼が見ているモニターに近づき、斜め45度からチョップを入れる。こんなので治る訳が無いが、お約束という奴だ。沈黙を続ける機械類に、アージェンは溜め息を吐く。
「……他、探すか」
そう呟いて、その場を離れようとした瞬間であった。
『.i mi co'a cikna』
何処からとも無く無機質な合成音声が聞こえて来て、同時に先ほどチョップしたモニターに光が宿った。フュールが「ヒョゲッ」と悲鳴を上げて飛び上がる最中、先ほどの声に呼応した様に次々と周囲の機械たちに電源が入っていく。
『.i temci lo co'a sipna lo cabna……fa lo……cacra be li so sososososososo……be'u』
「えーっと、経過……眠り、今……999時間?」
何とか拾えた単語を呟く。数詞が一杯連なっていたから、前にシャットダウンしてから今までの時間を述べていたのだろうか。凄まじく長い時間が経った為バグってしまったらしく、声は不自然に低くなって途切れる。
「一体何が始まるんです?」
「分からん。構えとけ」
「え、ええ、分かっております」
「ヤバいと思ったら即脱出するからな」
二人は身構えながら、施設の挙動を見守る事にした。やがて部屋に有る全ての機械が動きだし、天井の照明までもが灯る。すると、この大部屋の全景が露になった。
目を惹くのは、部屋の中央部に鎮座する巨大な硝子の円筒だった。上下に何かの機械が繋がっている事、何かの液体で満たされている事から、これは培養槽的な物ではないか、と彼女は見当をつける。SFものだと、ラスボスとかがこの中に浮かんでいたりするのだが。
『.i……ma cmene do』
不意に、再び合成音声が鳴り響いた。短い文だったので、アージェンも意味を正確に汲み取る事が出来た。彼──もしくは彼女は、こちらに名前を問うている。
『.i ma cmene do』
「アージェン。la .ajen.」
『.i ro'inai la .ajen.……』
返答すると、相手は復唱した。鬼が出るか蛇が出るかと、険しい目つきで培養槽を見上げながら様子を見守る。フュールは不安げに耳を垂れさせていたが、アージェンが少し目配せすると、息を呑み直して魔法書を開いた。
『.i mi co'a cupra lo prendoroido sepi'o lo tolpo'u vreji ku jo'u lo tolpo'u terzba』
やや間が有って、そして長文が読み上げられる。アージェンが単語の断片を汲み取るより先に、フュールの方がその意味を呟いた。
「生産を始める、ドロイドの……生きているデータと材料を使って……?」
「は、え、ど、どういう事なの?」
「まさか、ここは……」
彼方此方のモニターの中に、意味の分からない大量の文字列が現れてスクロールしていく。機械たちの静かな駆動音が、先ほどまでの合成音声の代わりに部屋の空気を彩る。
「古代の、ドロイド生産施設……!!」
確信めいた言葉を紡ぐフュールと共に、アージェンは巨大な培養槽の中に現れたモノを見て瞠目した。上部の機械から二本の朱色のコードが伸び、その先端部に人の脳みそと脊髄と思しき物体が形成され始めていたのだ。
やがて頭蓋骨と背骨が出来て、全身の骨が完成して、次に内臓と筋肉が生成される。そして皮膚がそれらを覆い尽くした後、最後に髪等の体毛が生えて、一人のドロイドが出来上がる。以上の工程が、およそ三分の間に完遂された。
『.i mo'u go'i』
実行完了、といった所だろうか。その音声と共に、機械たちも沈黙しモニターが暗くなる。上部の機械から完成したドロイドのコードがパージされると、彼は重力に従って沈んでゆき、そして下部の機械から排出された。
『.i lo dikca nejni ku pe mi cfibi'o .a'enai .ije co'a sipna』
『眠る』という単語が拾えた、と思うや否や照明が落ちる。再び訪れた暗黒に、二人は慌てて魔法の光を作った。どうやら最後の動力を使い切った様で、モニターを何度チョップしても復活しない。
「ど、どうします……?」
「とりあえず、さっきのドロイドを保護すんぞ。ここに置いていくわけにはいかんだろう。明かりを増やしてくれ」
「分かりました」
フュールが目一杯光の球を作って視界を確保する最中、アージェンは培養槽の辺りに近づき、生産されたドロイドを見つける。無造作に放り出されていた少年を仰向けに寝かせながら、メニューから彼のステータス画面を開いた。
レベル、30。種族、ドロイド。HPは満タンだし、状態異常等も『睡眠』以外は無い。とりあえず、あの機械は無事彼を造る事に成功したようだ。
液体の中から出て来たのに、あの機械が何かしたのか、彼の身体は全く濡れていない。綺麗で人外めいたグラデーションのかかった紫色の髪は、何と腰下程まで伸びている。材料が不足していたのかやや小柄だが、素人目にも分かる引き締まった無駄の無い筋肉は見事の一言に尽きる。
顔立ちは、なんというか、ややもすれば少女と見間違えてしまいそうな程に可愛らしい。ならば何故アージェンが彼を少年と断言出来ているのかといえば、単純に彼が全裸だからだ。
「凄い大発見ですよ、これは。この遺跡の情報を売るだけで、一体どれ程のリグが入る事やら」
「そりゃあ良いな、なるだけ高く売ってやろうぜ。しっかし、出来立てホヤホヤのドロイドかぁ……」
初めて目にした者を母親と認識したりしないだろうか、等と考えながらドロイドの少年の顔を見守る。しつつ、前に買ったアバター装備の中から、似合いそうな衣装を見繕っておく。
そうして数分経った辺りで、少年が「う……」と声を上げた。やや有って、彼の淡萌黄の双眸が開かれる。眠たげな瞳がアージェンとフュールの姿を映す。
「あ、ああ、あ……あー」
「ハロー、ドロイド君。調子はどう?」
「……自分、は……ここ、は……?」
ぱちくりと瞬きしながら身を起こす彼に、アージェンは徐に一着の青いセーラー服と同系色の半ズボンを差し出した。いつまでも全裸で居られると、目のやりどころが無くて困るからだ。セーラー服なのは、ただ単に面白そうだからである。
彼は差し出された衣服をおずおずと受け取りながら、神妙な顔をして何やら考え込む。やがてハッとしたように顔を上げ、明瞭な声で述べ始めた。
「あぁ、じぇ」
「んあ?」
「あーじぇん。アージェンという人物が、自分の司令官であると設定されているのであります。ここにアージェン殿は居ますか?」
「アージェンはわたしだが」
そう名乗った瞬間、少年は一気に立ち上がり、びしっと敬礼をした。中々に決まっておりかっこいいが、全裸なので台無しである。
「申し遅れました! 自分は第II型ドロイド、シリアルコードE4-9999ZZ、識別氏名[LO CMENE]……あ、あれ? しめ、しぃめぇねぇ……cmene……」
『cmene』の意味はアージェンにも分かる。おおよそ『名前』という意味だ。その単語を疑問符を浮かべながら繰り返すということは、彼にはまだ名前が設定されていないという事なのだろうか。
しかし、彼の名前が無い事よりも重大な事が、今は有る。彼が全裸である事だ。アージェンは彼の足元に落ちたセーラー服を指差しながら、命令口調でこう言った。
「とりあえずだな、人造人間よ、服を着ろ。話はそれからだ」
「あ、はっ、はいっ! 了解いたしました、司令官殿!」
すると、少年は心底嬉しそうに応えていそいそと服を着始めた。本質的に機械だから、命令されるのが気持ち良いのだろうか。
着替え終えた彼を見ると、ビックリする位セーラー服が似合っていた。五条あけみが中学生だった頃に着ていたのよりも、ずうっと似合っている。いや、二次元と三次元を比較するのが間違っているのかもしれないが。
「それで、その、相談が有るのでありますが……」
「名前の件か?」
「はい。どうやらジェネレーターの不具合で、自分の氏名が設定されずに製造されてしまったようで……司令官殿、どうか自分に命名して頂きたいのであります」
「ん、分かった。なら~……」
彼の姿を眺めながら、アージェンは名前を考える。周囲の機械たちを見回したり、何だか呆然としているフュールの方を見たりしていると、ふとネーミングの神様が頭の中に舞い降りた。
「……そうだな、晴嵐ってのはどうだ」
「セイラン?」
「晴れの嵐と書いて、晴嵐。どうだ、中々良い響きだろ」
『セーラー』という言葉から色々連想していった結果が、これだ。確か、そんな名前の戦闘機が、大昔に有った筈だ。名前を受け取った少年は、にぱっと表情を明るくさせる。
「はい──自分は第II型ドロイド、シリアルコードE4-9999ZZ、識別氏名『晴嵐』であります! [ZOhE]の……ぞ、ぞへ? ぞーへぇ……」
「今度は何が設定されていないんだ?」
「……司令官殿、自分は……自分は何のために製造されたのですか?」
折角明るくなった表情を再び曇らせながら、晴嵐と名付けられた人造人間は甚く哲学的な問いを投げかける。ふむ、とアージェンは顎に片手を当てた。
機械──いや、それに限らず、道具は必ず目的が有って造られる。ドロイドを『道具』とするのは忍びないが、今回はそれにカテゴライズして考える。
「目的……もく、てき……」
晴嵐はぶつぶつと虚ろな瞳で呟く。目的の無い道具という物は存在しない。しかし、現状晴嵐には目的が存在しない。推測だが、恐らく彼はその矛盾に思考回路を破壊し尽くされようとしているのだろう。
フュールはわたわたとしているばかりで、頼りにならない。まぁ、アージェンは他のゲームやアニメなんかでこういうSFにも慣れているが、彼はこの世界しか知らないのだ、無理もない。
両手で頭を抱え、白目をむきながら「目的、目的」と連呼し続ける晴嵐の肩を、アージェンはぽんと叩いた。その感触に彼の注目がこちらに向いたのを見計らって、思考の合間に用意した台詞を口にする。
「あんたはだな、わたしの仲間になる為に生まれて来たんだ」
「仲間?」
「それがあんたの目的だ、晴嵐。オーケイ?」
半ば刷り込む様に言い聞かせる。こう言い聞かせれば、アージェンが居る限りは目的を見失わないだろうし、同時に絶対に彼女を裏切らなくなるだろう。
「了解、で、あります。了解なのであります。
自分は第II型ドロイド・晴嵐。司令官であるアージェン殿に仕える事を目的として製造された、最後のE4シリーズなのであります!」
ビシ、と今度こそ敬礼が決まる。何とか無事に彼のアイデンティティが確立された辺りで、精彩を取り戻したフュールが感慨深げに言う。
「……II型ドロイド、ですか。まさか、生で見る日が来るとは思いませんでしたよ」
彼の言葉に、アージェンはドロイドの設定について想起した。滅びた古代文明の最大の遺産とも言えるこの種族は、元は様々な分野に使える労働者として設計された物だったのだという。
仕様等の違いから、I型、II型、III型の三種類に大別される。I型はオーダーメイドの一品物、II型はコストを抑えた量産型、III型はやや製造コストが高めだが生殖能力を持つ、といった感じだ。
そして、現在普通に存在しているドロイドは、ほぼ100%がIII型だ。I型は耐用年数はいくらでも長く出来たが古代人の手によって全て破棄され、II型は寿命が短く今に至るまでに全滅した。
なので、I型・II型ドロイドはもの凄いレア種族といえる。そう考えると恐ろしいまでの幸運だ。人外の神様が彼女に微笑んでいるようだ。
「ま、何だって良いだろ。晴嵐、戦闘能力は有るよな?」
「はい! 主に、飛び道具を使った攻撃や狙撃を得意としているのであります!」
「よろしい。なら、その得意をどんどん伸ばしていきなさい」
戦闘力の有る仲間が増えたし、またやれる事の幅が広がりそうだ、とアージェンはにんまり笑う。思わぬ僥倖に気分を良くしながら、いい加減そろそろ現実に戻らないとな、と一旦区切りをつける算段を立て始めた。