04:魔法少女はニヤリと笑った
「……あ、ヘイゼルさん! ごめん、遅れました!」
「んーん、私も今来た所。じゃ、早速委細を聞かせて頂戴」
広場で初心者に混ざって佇んでいたヘイゼルは、駆け寄るアージェンの姿を認めて微笑みを浮かべた。彼女の近くまで来たアージェンは、開きっぱなしのメニューを操作し、フュールから得た情報を簡潔に述べていく。
「場所は、『第16番街道』。詳しい場所は記憶が混乱しており不明だが、エジャからそう離れていないと思われる」
エジャ、というのは、この最初の街の名前だ。いつまでも『最初の街』という長ったらしい代名詞を使い続けるより、『エジャ』という固有名詞に切り替えていった方がスマートだろう。ヘイゼルにもそれで通じたようだ。
「襲撃者の盗賊たちは、四人。それぞれ、ナイフや棍棒などを武器としていた。なお、襲撃者の中に魔法使いは居なかった。
彼らはボコボコにした被害者から身ぐるみを剥ぎ、そのまま逃走。何処かにアジトなどが有るものと思われる。パンツだけ残したのは彼らなりの情けか。
被害者は命からがらエジャに辿り着き、そして死にかけの所をわたしに助けられた。……て、具合ですね」
「ふむふむ。相手に魔法使いが居ないのは良いわね、居ると面倒だからね」
アージェンの話を聞きつつ、ヘイゼルは自身のメニューを眺める。片手の指で軽くこめかみをトントンと叩きながら、何やら考えている様だった。
「……うん、そうね。ちょっと面白い事を思いついたわ」
「どんな事?」
「こんな事。アージェンさん、『アバター装備』のやり方は知ってるよね?」
そう言いながら、彼女はメニューからずるりと一つのアイテムを取り出す。そして目の前に現れたそのアイテムに、アージェンは思わず瞠目した。
「知ってる、けど……これは、どういうことなんだってばよ……」
「折角ゲームなんだし、こういう事してみたいなって。どう?」
楽しそうに笑いながら、そのアイテムを広げて見せるヘイゼル。それに対しアージェンは、神妙な顔で考え込む。
「……リアルのわたしがやったら事案モノだけど、アージェンちゃんなら美少女だしいけるよな。うん、良いね、やろう」
「やった! じゃあ早速準備しよう!」
ヘイゼルの顔がぱっと明るくなるのを認めながら、その手から問題のアイテムを受け取る。そのブツをとりあえずインベントリの中に仕舞った後、アージェンは自身の装備画面を開いた。
とある女性の二人組が、エジャの東門から第16番街道に出た。二人とも揃いのフード付きの長い外套を纏っており、その顔や姿は隠されてしまっている。けれども、黄色い声で他愛のない会話を交わすその様から彼女たちの性別を察する事は簡単であった。
「でさー、本当、この際性別問わないからさ、美人の妖狐とかと同棲したいわー」
「あっはは、わかるー」
「でしょー?」
すれ違う人々や、自分たちを追い越す馬車等に時折会釈を飛ばしながら、二人は飽きもせずに話をし続ける。そうして一時間程歩いた所で、二人の前に物々しい雰囲気を漂わせる四人組の男たちが現れた。
それを認め、二人はぱたりと歩みを止める。そして相手を観察する。彼らは皆一様にニヤニヤと小者オーラを発しながら、血の付いた得物をこれ見よがしに見せつけている。
「とと、ちょいと待たれや、お嬢さん方」
「ここは俺たちの縄張りだ。通るってんなら、通行料を払ってもらわなきゃ困るんだよな」
「そうだなァ……5000リグでどうだ?」
そんな台詞を、二人は表情の失せた顔で吟味する。ちらりと視線を交わしながら、先ほどまでの明るい声とは打って変わって冷たい声音で意見を交換した。
「アージェンさん、こいつらかな?」
「多分ね。ま、違ってても良いでしょ」
「だね、悪い奴なのは違いなさそうだし。やるよ」
「りょうかーい」
意見が一致している事を確認し終えると同時に、二人は身に纏っていた外套を脱ぎ捨て、その姿を露にする。外套に覆い隠されていたフリフリのガーリーな衣装は、日曜朝のアニメに登場しそうな『魔法少女』のコスチュームだった。
可愛らしい、そしてあまりにも戦闘向きでないその装いに、四人組はあんぐりと口を開ける。同時に、二人はそれぞれ得物を構え、そして声を張り上げ名乗り始めた。
「やあやあ、我らこそは正義の魔法少女!」
「卑賤なる盗賊どもに、今こそ道義の鉄槌を下さん!」
「全てを照らす光、マジカルシャイン!」
「総てを導く標、マジカルスター!」
「──いざ!」
「──参るッ!」
まず、『マジカルシャイン』と名乗った、ピンクや赤を基調とした衣装の、赤銅の髪と榛色の瞳を持つ女性が、その手に構えた巨大な斧を振りかぶり、そして四人組の内一人の足を狙って振り下ろした。流石に断つまでには至らなかったが、相手に重傷を与える事が出来た。
仲間の一人が上げた悲鳴に弾かれ、男たちが正気に返るより早く、今度は『マジカルスター』の方が動いた。落ち着いた青の衣装と、煌めく銀髪を風に靡かせながら、彼女は攻撃魔法で以て支援し始める。
「……あ、で……で、出会え出会えっ! いくら面妖な奴らとはいえ相手は二人だ、纏まってかかればやれるッ!」
「お、おうッ──ぐぼっ」
マジカルスターの攻撃魔法が腹部に直撃し、一人が倒れる。リーダーと思しき男の声で、彼らは漸く目の前の現実に意識を向ける事が出来た様だが、その時にはもう手遅れだった。
「マジカル・キック!」
「ギエーッ」
「マジカル・ヘッドバッド!」
「ぐはっ」
「マジカル・ストマックブロー!!」
「その武器使わないのかよ──うげぁっ」
マジカルシャイン──ヘイゼルは『マジカル』と言い張りながら物理攻撃を繰り返し、残った三人も全員黙らせる。四人組の男たちが皆気絶して這いつくばった所で、二人の魔法少女はニヤリと笑った。
「ま、雑魚ね」
「お疲れ様、ヘイゼルさん。じゃあ、一人起こしてアジトを聞き出そうか」
伸びている四人のうち、リーダーらしい号令を発していた者にマジカルスター──アージェンが近づき、回復魔法をかける。HPが回復した事により意識を取り戻し、ぽかんとした表情で二人を見上げるそいつに、アージェンは頬を裂くような三日月の笑みを張り付けて問いかけた。
「グッモーニン、盗賊さん。早速だけど、あんたらのアジトの場所を教えてくれるぅ?」
「……フン、そう言われて教える奴が居るかよ」
「そんな反抗的な態度で良いと思ってるの? ……ヘイゼルさん」
「ん」
アージェンはリーダーが動けない様、その肩をぐりぐりと踏みつけながら、ヘイゼルに目配せをする。するとヘイゼルは巨大な斧を片手でくるくると取り回しながら、もう片方の手で倒れている男の一人を掴み上げ、寝転がっているリーダーに見せつけた。
「これは……口を割らなかった場合の、貴様の次の姿だ」
そして彼女は一片の躊躇も無く、掴み上げた男を地面に叩き付けた後、すかさず両手で斧を持ち直し、その刃を男の頭を目がけて振り下ろした。ゲームとは思えない程リアルな血飛沫が、モザイクすらも纏わずに噴き出し、地面を赤く染める。
ヘイゼルの桃色のキュートな魔法少女服には返り血が散り、如何にもB級ホラーの様な雰囲気を醸し出している。そうして同じく血まみれとなった斧を肩に担ぎ、彼女はリーダーの男に微笑みかけた。
「い、い、いうぎゃっ!?」
「ああなりたくなければ、大人しく口を割りな。さもないと頭ごとカチ割っちまうぞ?」
「ああああ言います! 言うます! だから殺さないでえええっ」
「はいはい、お利口さんだね」
完全に心が折れたらしい男の肩から、アージェンは足を退ける。そして彼の顔の横にしゃがみ、笑顔を絶やさないまま語りかけた。
「じゃあ早速案内して貰おうか。オラッ、立ち上がりなッ」
アージェンが軽くげしげしとリーダーを蹴り付ける傍ら、ヘイゼルは用済みとなった残りの二人の息の根も止め、その身ぐるみを剥いで街道の脇に放置する。
パンツだけは残した。どちらにせよ頭がスプラッタなので、R18なのは変わらないが。
「ふー、一段落だね」
「後はアジトに行って、荷物を取り返すだけかな。もうこの服脱いで良いかな……」
「んー、やりたい事はもう終わったし、脱いじゃおっか」
二人はほぼ同時にメニューを開き、装備画面を操作して、『アバター装備』から魔法少女のコスチュームを外す。ヘイゼルがクローズドβの参加特典として貰った物の一つであるそれは、装備としての機能を一切持たない、いわば見た目だけの装備だ。
「しっかし、本当に面妖だわさ……」
このゲームにおける装備は、二種類有る。実際にその数値が適用される『機能装備』と、見た目に反映される『アバター装備』だ。
例え機能装備としてガッチガチの鎧を装備していたとしても、アバター装備に魔法少女服を着ていれば、見た目も着心地も後者の物になる。それでいて鎧の防御力を発揮してくれるのだ。素早さ等にかかるマイナス補正もそのまま適用されてしまうが。
ちなみにこの二つの装備のシステムは、NPCたちも同様の事が出来るらしい。なので、冒険者NPCでも見た目は一般人とそう変わらなかったりするのだ。
元の姿に戻ったアージェンは、同じく元に戻ったヘイゼルに、借りていた青の魔法少女服をヘイゼルに返す。こういうアイテムを一度装備しても、ロックされたりして取引が出来なくなる仕様が無いのは有り難い。
「正式サービスが始まれば、もっと色んなアバターが実装されるって話も有るわ。楽しみね」
「へー、そりゃワクワクして来るなー。うん、魔法少女ごっこ、中々楽しかったし、また一緒にこういう悪ふざけしようね、ヘイゼルさん」
姦しげに会話を交わす最中、ヘイゼルはリーダーの男を縄で拘束し、余った縄を持ってアジトへと案内させ始めた。大の大人の完全に絶望し切った顔は、中々に笑える物であった。無駄にリアルなのが尚更笑いを誘う。
アジトには、数人分の物と思われる盗品が保管されていた。どれがフュールの物なのか分からなかったので、とりあえず全部持ち帰り、その上で彼に見せて判別してもらう事にした。
ちなみに、案内を終えた時点でリーダーの男も始末した。命乞いをしていたが、魔法少女ごっこの証拠を消す為にも、後腐れを無くす為にも、生かしておくわけにはいかない。
一人分のインベントリでは入り切らなかったので、ヘイゼルと二人で分けて戦利品を収納し、そのままエジャの世界樹広場に転移する。そしてそこからフュールの入院している治療院へと向かった。
治療院に着いた時には、既に日はどっぷりと暮れ、その代わりに細い月と無数の星々が世界を照らしていた。めっきり人の減った通りから、独特の静けさを保つ建物の中に入り、受付に声をかけた後唯一明かりの点いている病室に向かう。
「お邪魔しまーす」
「よ、戻って来たぞ」
「……よ、よくぞご無事で。こんなに早く戻って来られるとは思いませんでした」
「ま、殆ど、えーっと……こっちの、ヘイゼル先輩のお陰だけどね」
ほんの数時間で、その上全くの無傷で戻って来たアージェンに、フュールは面食らっていた。これで妙な買いかぶられ方をすると困るので、早めに自分の手柄ではないと言っておく。ここは『友達』というより、『先輩』と言っておいた方が、何故彼女と組まないのかと訊かれる可能性は減るだろう。
「つー事で、荷物は取り返して来たし、仲間になってくれるよな」
「ええ、なりますとも。……ありがとうございます、僕を助けてくれて」
「その分バンバンこき使ってやるからな、覚悟して身体を休めな。入院代くらいはわたしが持ってやるからよ」
そうして一通り彼の荷物を返し終えた所で、療養中の者を夜遅くまで起こし続けるのは良くないだろう、と二人は治療院を後にする。残った盗品は、持ち主を探すのも面倒なので、そのままネコババして山分けした。
のんびりと、立ち並ぶ建物たちから漏れる明かりによってそれなりに薄明るくなっている大通りを、二人は連れ立って歩く。何となく世界樹広場に向かいつつ、適当にだべる。
「今日もありがとね、ヘイゼルさん。助かったよ」
「これくらい朝飯前よ。また必要な時には遠慮なく頼ってね。……それにしても、中々カッコ良かったわよ、後輩のアージェンさん?」
「あ、あ、うわあああー! あああーっ! アレあくまで演技だから! ヤメテ! 素面の時に言うのはらめぇ!」
先ほどは何の疑問も持たず役に入ってしまっていたが、あの場にはヘイゼルも居たのだ。彼女に言われて思い至り、アージェンは恥ずかしさに顔を覆う。
「忘れてください。とても忘れて欲しいです」
「安心してよ、笑ったりしないから。私もああいうの、稀に良くやるし」
「それでも恥ずかしいのです……」
そうは言われたものの、羞恥は簡単には消えてくれない。アージェンはその日ログアウトするまで、彼女とまともに目を合わせる事が出来なかった。