03:世にも哀れなパン一野郎
翌日。仕事から帰った後早速ヒョのwikiにアクセスし、NPCの仕様について調べていた五条あけみは、眉間に皺を寄せ頭を抱えていた。
「しゃッらめんどくせーなァ、おい……」
得られた情報をまとめると、こうだ。
まず、ヒョの世界には無数のNPCが存在する。街に住む人々や、プレイヤーも利用する事の出来る店を営む人等、100や1000では下らない数のキャラクターたちだ。
彼らには一人一人異なる容姿で、異なるAIが搭載されており、高性能な人工知能によってリアリティの高い交流をする事が出来る。その内、職業として『冒険者』をやっていたり等するキャラのみ、プレイヤーは仲間に誘う事が出来る。
誘う方法は、ある意味とても簡単で、ある意味では死ぬ程難しい。文章にしてしまえば簡単だ、『仲間にしたいキャラクターに話しかけて、仲間に誘う』、それだけだ。
だがしかしこのゲームには、『仲間に誘う』なんて選択肢が出て来てそれを選べば終わる、なんて気の利いた機能は搭載されていない。普通に会話して、そしてどうにか協力して貰うまでに漕ぎつかせなければならないのだ。
初対面の人間に対しても明るく振る舞える能力の有る者ならともかく、基本的に人間が苦手で生で行う会話が嫌いな彼女にとって、それはあまりにも高く高く大き過ぎる障害であった。その上、彼女にとって見逃せない文言も有った。
『最初の街に居るNPCは、その八割強がヒューマン。他の場所ならもう少し他種族の比率が多い地域も有るが、基本的に人口の大半がヒューマン。
公式情報によれば、他大陸にはドロイドだらけの国やらエルフだけの国やらも有るらしいが、オープンβの現状は最初の大陸しか行けない。もし他種族を仲間にしたいなら、根気よく探し続けるしかない』
人外を仲間にしたかった彼女にとって、それは大問題である。そうでなくてもヒューマンは最弱種族であり、何をやっても他種族の劣化と酷評されているのに。
「ファッキンヒューマン……」
悲しみのあまり、彼女は人類を滅ぼしたがるラスボスの心境になってしまった。愚かな人間どもを浄化の焔に焼べる妄想まで行った所で、空想と調べ物の両方を打ち切る。
(まぁ、現実のわたしにやらせたならまだしも、アージェンちゃん可愛いからな。ワンチャンある)
そして、思考にポジティブ回路を無理矢理繋げる。そう、ゲーム内の彼女は『五条あけみ』でも『レイス』でもなく『アージェン』であり、別の名前、別の姿を持つ可愛らしい少女なのだから。
だがしかし、中身が元のままでは、あまり意味がないのではないか。そんな問題も、少々の気力が有れば解決する事が出来る。
その方法は単純である。要するに別の自分を演じる──ロールプレイをすれば良いのだ。他のゲームでやった事は無いが、ちょいと性格の悪さを隠してそれらしい言動をすれば良いだけだ、きっと大丈夫だろう。
(よし、飯食って風呂ったらヒョやろっと)
今日は金曜日。明日の朝を考えず、それこそ朝までぶっ通しでゲームし続ける事だって出来る。彼女は徐に椅子から立ち上がり、狭い台所に向かった。
現実での用事を済ませた彼女は、ヒョの世界にアージェンとしてログインし、そして最初の街を練り歩いていた。初めに見た時も思ったが、本当にゲームの街とは思えない程作り込まれていて、そして賑やかだ。
VRゲームが常識になった現代においても、街なんかはあまり作り込まれていない場合が多い。現実に落とし込めば精々集落としか言えない程度の敷地に、ほんの数軒の建物。NPCだって、システム的に必要な物以外は、有っても申し訳程度の賑やかしくらいしか居ないのが普通だ。
それなのにこのゲームでは、現実的にも街と言える程の広さの土地に、目に入る全ての建物が現実的な存在感を伴ってそこに建っている。その上、見た所それらの全てに中身が有り、入る事も可能になっている様だ。
NPCも、特に意味が無さそうな者に至るまで、それぞれ確固とした人格を伴ってがやがやと会話をしている。その賑々しさは、まさにBGMが必要無い程であった。
実際、このゲームには基本的にBGMが存在しない。音楽がちゃんと何らかの手段で奏でられている場所等では聞こえるが、そうでない場所では環境音のみだ。こういう所でも、ヒョはリアルを演出している。
(まぁ……人ごみ酔いしそうなんだけど。オエップ)
現実では都心に住んでいる彼女だが、それでも大量の人間が集まっている場所というものが苦手だ。ゲームの中であっても同様で、喧噪に目が回りそうになる。
どうにか気合いで人心地を保ち続けつつ、行き交う人々の中からヒューマン以外のNPCを探す。やはり人外は少なく、居てもレベルが低い者ばかりだった。戦闘能力を持たないキャラは、誘っても余程の事が無い限り付き合ってくれないらしい。
(最悪見つからなかったら、正式サービス開始して別大陸が解禁されるのを待つスタイルで行こうかな)
あまり気持ちを張り詰めさせると疲れるし、物欲センサーも発動しかねない。ゲームでレアアイテムを粘る時の様に、落ち着き払った凪の心を持って、彼女はとことこと広い道の端を歩いていた。
と、その時、足が何か太い棒状の物を踏み、そのままバランスを崩してアージェンは転んでしまった。「うぉっ」と小さく声を上げながら、彼女は咄嗟に顔を腕で覆いながら前のめりに倒れ込む。
「ぐっ、いってぇ……一体何だってんだ」
自分を転ばせた存在を視認しようと、服についた土を払いつつ立ち上がり、そして振り返って地面の方をねめつける。それはすぐに捉える事が出来た。
彼女が先ほど踏みつけたのは、地面に転がる肌色の枯れ枝のような物であった。いや、それは枯れ枝等ではない──人の腕だ。建物同士の隙間から伸びる細い路地から伸ばされている、やせ細った人の腕だ。
「ヒョッ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。腕と同じくがりがりにやせ細っている手は、何かを求める様に広げられ震えていた。アージェンはその腕の主の元に駆け寄る。
するとそこには、一人のステテコパンツ一丁の男性が俯せに倒れていた。同時に彼女は、ぼさぼさの長い緑髪から見える男の耳が、長く尖っている事から認める。そう、この行き倒れが、この街では二割弱しか居ないとされる人外種族の一つ──エルフであるという事実を。
目の前に飛び込んで来た光景に、彼女は自身の大きな鼓動を聞いた。深呼吸をしながらメニューを開き、目の前のエルフのステータスを確認する。『中立』状態で見れるステータスは、レベルと数値無しのHPゲージ、それと種族くらいであるが、それでも十分だ。
レベル、11。種族、エルフ。HPゲージは殆ど空で、残り僅かな体力も、刻一刻と減り続けている。そこまで読み取った彼女はすぐにその場で膝を折り、そして回復魔法のスキルを発動させながら、この世にも哀れなパン一野郎を助け起こした。
「──あんた、意識は有るかッ!? 大丈夫だ、今わたしが助けてやるからな!!」
「……あ、ああ……?」
カラカラに枯れた喉で、エルフは意味も力も無い声を漏らす。一回の回復魔法でHPは半分以上の所まで回復したが、じわじわと減り続けるのは止まらない。どうすれば、と彼のHPゲージをよく見ると、その下にいくつもの状態異常を示すアイコンが並んでいる事に気付いた。
飢餓、脱水、食中毒、エトセトラエトセトラ。それらの所為で、彼の生命力は削れ続けているのだ。だが、状態異常を解除する魔法はまだ習得していない。そもそも、どのスキルがその魔法なのか分からないというのが現状なのだが、今から現実に戻ってwikiと睨めっこしている時間は無いだろう。
ならば、現在最も有効な選択肢とは。アージェンはエルフの軽い身体を抱き上げると、大通りに踊り出て叫んだ。
「誰か! ここら辺で彼を診てくれる場所を知りませんか!!」
一世一代の大声である。腹の底から絞り出した甲斐有って、辺りの通行人たちは一斉にこちらを振り向いた。内一人が彼女の前に進み出て、「あっちに」とすぐ近くに有る建物の一つを指差してくれた。
「ありがとうっ!!」
そう言いながらアージェンが歩き出すと、さっと人垣が開き、件の建物への道が出来上がった。彼女は足早にそちらに向かいながら、回復魔法をもう一度エルフにかけた。
「ma'u'ei .e'o lo bapli cu jmaji mi
.ije binxo lo mikce makfa
.i ri selbi'e ti ma'u'oi」
治療院にて、簡素な寝台に寝かされたエルフに手をかざしながら、治療師の女性が魔法を唱える。何語なのかも分からない詠唱を聞きながら、アージェンは治療の様子を神妙に見守っていた。
「zi'e'ai se'inai.uu mi lo terbi'a .e lo velxai ti vimcu!」
女性が力強く最後の一節を唱えると同時に、エルフの身体がふんわりとした光に包まれた。同時に彼のHPが全快し、ステータス画面からデバフアイコンが消える。目に見えて血色が回復したエルフの顔に、アージェンはほっと一息吐いた。
「これで、彼はじきに回復する筈です。出来れば、数日入院して欲しいですが」
「んん、彼自身の意志が優先されると思うけど……なら、お願いしようかな。死なれると困るし」
折角見つけた、戦闘能力の有りそうなエルフなのだ。それも、命の恩人であるというカードを上手く切れば、簡単に仲間に出来そうな。このまたとないチャンスをみすみす失う理由は無い。
だが、ただ実益のみを見据えている彼女の台詞を、治療師の女性は微妙に曲解したらしい。彼女は口元に笑みを浮かべて、悪戯っぽくこう言って来る。
「そこまで心配しなくても、あなたの彼氏は死にませんよ」
「……はい?」
「あれ、違いました? 同じエルフだし、てっきりそうだと思ってたんですけど」
「いや、この人とは初対面。名前も知らないレベル」
「そうでしたか、失礼いたしました」
自分もエルフ扱いされて、アージェンはほんの少し戸惑ったが、そういう事になるならそうしておいた方が良いだろう。半魔に対するNPCの対応は厳しいらしいし、わざわざ本来の種族を教える必要は無い。
「とりあえず、目が覚めるまでは付き添ってていいかな。せめて名前だけでも聞き取っておきたいし」
「了解しました。では、病室にご案内します」
簡素な病院着を着せられて、随分とましな様相となったエルフが、担架に乗せられて運ばれる。アージェンはそれを手伝いながら、彼をどう言い包めるかの算段を立て始めていた。
ゲームメニューから閲覧する事の出来るヘルプを眺め、時間を潰す。昨日ひたすらに敵を倒してレベル上げをしていた時は、時間が過ぎるのも本当に早く感じられた物だが、こうして殆ど何もせずに待っていると、何とも遅く感じられる。
病室が使われる頻度は高くないらしく、部屋の隅等には埃が溜まっていた。寝台は二つ有るが、使われていないもう片方はマットすら敷かれていない。とはいえ潰れそうなふうは無かったから、基本的にここには日帰りで済む程度の患者しか来ないのだろう。
(まさか、こんなに早く治療院を頼る事になるとはね)
回復魔法を中心に伸ばしていくのだから、アージェンはきっと一生利用せずに終わるだろう、と思っていた治療院。このゲームにおいて、回復手段を持たない者が回復する為に必要な場所だ。各地の街中で、回復魔法を使う事が出来るNPCが運営しているこの施設は、対価を払えば適切な治療を施してくれる。
(……後で、魔法の仕様についても調べないとな)
ゲーム内ヘルプには、『状態異常を取り除くには回復魔法を使え』程度の記述しかなかった。その詳細を知るには、一旦現実に戻らなければならないだろう。このエルフの事が一段落ついたら、すぐにでも調べに行かねばなるまい。
そうして、こちらの時間で数時間経ち、汚れの目立つ西側の窓からもろに日光が差し込んで来始めた辺りで、エルフが小さく声を上げた。それを敏く聞きつけたアージェンは、メニューを閉じながらエルフの顔を見守る。
「う、うう……」
「気が付いたか?」
「……み、みず……水、を……」
「はいよ」
がらがら声の要求に、アージェンはサイドテーブルに置かれていた水差しを手に取り、エルフに差し出した。彼はそれを受け取ろうとするが、ミイラのような手は震えており何とも危なっかしい。
ので、彼女は水差しをエルフの口元に運んだ。意図を察した彼は、口を半開きにする。そして慎重に水差しを傾け、一口分注いだ後、彼が水を飲み込むのを見守った。それを数度繰り返す。
「……どうだ? 落ち着いたか?」
「は、はい……ありがとうございます。あの、貴方は……?」
「わたしか? ただの通りすがりの駆け出し冒険者さ」
ネット上では欠かさない敬語をあえて取り払った、ややもすれば粗野と言えそうな台詞。それを気の強そうな笑みに乗せて、アージェンは言い放った。
これが、彼女の『アージェン』のロール。人格方面を重点的にカバーするなら、口調は砕けさせてしまった方が労力を割かなくて済むだろう、という事でこうなった。
「貴方が、助けてくださったので……?」
「ん、まーな。エルフだったし、こりゃ見過ごせねーなと思ったし」
「もしかして……いえ、もしかしなくても、貴方は女神様ですね?」
「は?」
「盗賊に身ぐるみを剥がれ、食べる物も無く、最早死を覚悟しながら這いずり回っていて……う、ううっ、そんな僕を助けてくださった貴方は、女神様に他なりません、うぇっ、ひっく」
「わっ、泣くな泣くな! 後、わたしは女神なんて大層なもんじゃないから!」
エルフの声は徐々に涙に濡れ、やがて意味の無い嗚咽となった。どうやら彼は、ここまで相当苦労して来たらしい。
「ぐずっ、な、なら、女王様ですかっ」
「余計あかんわ。わたしにゃアージェンっつー名前があるんだ、そう呼べ」
「うっ、ひっく、あいっ」
ちょっとばかし「うぜぇ」と心の中で思ってしまったが、実際彼と同じような立場になったとしたら、彼女とて泣き出すだろう。死にかけていた所を救ってくれた相手が神様に見えても仕方が無い。
暫くエルフはすんすんと泣き続けた後、顔をごしごしと擦りながら身を起こし、そして表情を引き締めた。痩けた頬が痛々しいが、既にその青緑の瞳は精彩さを取り戻している。
「……はぁー。取り乱してしまっててごめんなさい。僕は、フュールォミレクァ・クルツェオ・ラドヒュアルと申します」
突然飛び出した、日本人には馴染みのない発音の並んだ長い名前に、アージェンは面食らってしまった。一つ一つの音節を舌に乗せてみる。
「ふ、フユ? フヒュー?」
「フュ、です」
「……るおっ、ロ?」
「ルォ、です」
「ミレ……カ? クワ?」
「クァ、です。……ええと、皆にはフュール、って呼ばれていました」
名前長エルフは自身のあだ名を開示してくれたが、どちらにせよ発声しづらい音が含まれている。もういっそ『ロミ夫』だとか呼んでやろうかと一瞬思ったが、それは心の中だけに留めておく。
「ふ、フユッ、ヒュッ……ああもう、今はヒュールで妥協させてくれ、後で練習するから。すまんね、話の腰を折って。続き、頼むよ」
「続き、ですか」
「ああ。盗賊に身ぐるみを剥がれた、と言ったな? その辺りの話を聞かせて欲しいんだ」
「何の為に……?」
「なに、簡単な事よ。可能なら、あんたの荷物を取り返して来てやろうか、っつー話さ」
仮に彼に戦闘能力が有り、仲間になる事を承諾してくれたとしても、装備を一から揃えなければならないというのは、序盤の金銭事情から見ると厳しい。それを解決すべくアージェンはそう言ったのだが、彼はその言葉に度肝を抜かれた様に双眸を見開いた。
その形相から見るに、アージェンがあまりにも自分にとってプラスの事しか言わないから、有り難さより胡散臭さの方が勝りかけているようだ。それに内心焦りながら、しかし表情には出さずに不敵な笑みを保ったまま、彼女は慎重に次ぐ言葉を紡ぐ。
「ああ、わたしはさっきも言った通り、駆け出しの冒険者でね。良い感じの組んでくれる奴を探してたんだよ。で、あんた見た所戦闘能力有るみたいだったからさ、目を付けたんだ」
「……確かに僕は、そこそこ護身用の魔法が使えますが、どうやって見抜いたんですか? 魔法書も奪われてしまっていたのに」
「えーっと、それはー……」
はたしてどう説明したものか、とアージェンは眉間に皺を寄せる。NPCから見たプレイヤーはどんな存在だっただろうか、公式サイトでその辺も見た筈だったが、ど忘れしてしまったようだ。数秒考え、百聞は一見に如かずと彼女はメニュー画面を開いて見せた。
「これだよ。詳しい事は分からんが、大まかな戦闘力くらいは読めるからな」
「それは……ああ、“使者”の方でしたか」
中空に浮かぶ半透明の板を見た途端、フュールの顔から疑いの色が消え失せる。その変化とともに紡がれた固有名詞に、アージェンも忘れていた事柄を思い出す事が出来た。
プレイヤーは、このゲームの中では“使者”と呼ばれる。曰く、『世界樹の“使者”』だという事らしい。
何でも、プレイヤーの初期スポーン地点であるあの広場には、昔『世界樹』と呼ばれる天を衝く大樹が生えていたから、そこに現れる者がそう呼ばれる様になったらしい。今はその面影もないが、100年程前に枯れた、とかそんな設定が有った。
「そういうわけで、わたしは怪しいもんじゃない。いや、怪しいかもしんないけど」
「い、いえ、こちらこそ、疑うような真似をしてしまってすみませんでした。貴方は命の恩人だというのに」
「うんにゃ、気にしなさんな。話、戻すぞ」
内心胆が冷えたが、何とかボロを出さずに乗り越えられた。一つの咳払いで以て、閑話休題とする。
「でだ。わたしはあんたの荷物を取り戻す手段のアテが有る。わたしはあんたの力が欲しい」
「荷物の奪還の代わりに、僕に仲間になれと?」
「そういう事だ。ま、無理にとは言わんがな」
ここで断られたら心が折れる自信が有るが、無理矢理に迫っても結果が好転する事は無いだろう。慌てる乞食は貰いが少ない、と言うし。
フュールは両目を閉じ、ううんと考え込み出す。彼の背後に有る事情が如何様なモノなのかは分からないが、はたして首を縦に振ってくれるだろうか。
「……そうですね。殆ど着の身着のままでここまで来て、もう路銀も尽きかけていましたし、ここまで来れば……。ええ、分かりました、貴方の仲間になりましょう」
「っ、ほ、本当かっ!?」
「うわっ! そ、そんなに喜ぶ事ですか……?」
「ったりめーだ、エルフの仲間が欲しくて、ずっと探してたくらいなんだから」
ヒューマンじゃなけりゃエルフ以外でも良かったのだが、ここは『エルフが欲しかった』といった態度を示した方が好感度が高いだろう。アージェンの見た目はエルフだし、どうにかして同族と組みたかったという気持ちになりきって歓喜を表す。
「んなら、善は急げだ。盗賊に襲われた時の状況とか場所とか、詳しく教えてくれ。早い所荷物を取り返さないとな」
「あ、はい、分かりました。ええっとですね、場所は──」
彼の証言を聞き取り、『メール機能』を応用してメモを作成し始める。同時にアージェンはメニューのフレンドリストを開き、目的の人物がログインしている事を確認すると、個人チャットを入力し始めた。
『ドーモ、ヘイゼルさん、わたしです。ちょっと早速手を借りたい事が出来たのですが、今お手すきですか?』
その対象はヘイゼル。魔法使いという物理戦闘能力の無さそうなキャラだとはいえ、自分と同レベルの者がフルボッコにされた程度には強い盗賊なのだ。アージェン一人で対処するのは、現実的に考えて難し過ぎる。そこで、彼女の助力が必要になる。
『おー、アージェンさん。いけるよ、どこに向かえば良いかな』
『ん、じゃあ最初の広場に。ちょっと時間かかるから、のんびり来てください』
『ういおー。簡単に何をやるか、だけでも教えて貰える?』
『盗賊退治。NPC仲間にするのに必要なんだー』
『お、良い感じのキャラ見つけられたんだ。りょーかいしたよー』
親友の快い了承の返事を目にして、ほんの少しにんまりと笑いながら、アージェンはメモ作成に勤しんだ。