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02:明日も朝早いのに


 最初にアージェンの目に入ったのは、全く手入れがされていない石畳の広場の光景であった。

 動作確認を兼ねて、彼女は瞬きをしながら辺りをきょろきょろと見回す。周囲には、彼女と同じ様な初期装備をしたプレイヤーたちが立っていた。皆軽く身体を動かしたり、知人を探して声を上げたりしている。


(ヘイゼルさんは……赤い髪のキャラ、だったよね)


 他の者たちと同様に、アージェンも友人の姿を探し求める。赤い髪の人は数人居たが、しかしその中に初期装備以外の装いをしている者は居なかった。ならばチャットを使おうか、と先ほどから視界の端でチラチラと煌めいている光の球に手を伸ばす。

 それは『閉じた状態のメニュー』だ。触れれば開き、いくつかの項目とチャット画面が空中に浮かび上がる。周囲の初心者たちの中にも、同じ様にメニューを開いて操作に慣れようとしている者の姿が有った。


(チャットは……まぁ、普通の仕様ね)


 他の項目も気になるが一先ず後回しにし、チャットの仕様を確認する。すると、『通常チャット』でこの廃れた広場に居る初心者たちの『てすてす』等といった発言が流れていた。今見えているのはこれだけだが、他にも『世界』『パーティー』等の種類が有る事が公式サイトにて説明されていた。

 そんな数種類有るチャットのうち、彼女は『個人』を選択する。文字通り、特定の人物だけに送るチャットだ。そして送信対象を指定する部分に『ヘイゼル』と入力し、肝心の内容の記入に移る。


『どーも、ヘイゼルさん。ログインしたレイスです』


 そして送信。その辺を歩き回りながら一分と少し程待つと、ぽよんという効果音と共に相手からの返信がチャット画面に表示された。


『ドーモ、レイスさん。今居るのは最初の地点?』

『ですです』

『OK、じゃあすぐそっちに行くから、待ってて。いいね?』

『アッ、ハイ』


 なら、この広場からは出ずに待っていた方が良いだろう。ヘイゼルが来るまでの間、メニューからステータス画面を開いて眺めたり、初期ボーナスアイテムだけが入っているインベントリを見て時間を潰す。

 それから、右手の甲の奇妙な紋様をなぞってみたり、自分の耳をぴこぴことしてみたり、角をつまんだりしてみる。……制作者のこだわりが感じられるモデリングだ。中でもエルフ耳の触り心地というかぴこり心地は最高で、半魔を選んで良かった、とアージェンは一時間程前の自分にサムズアップを贈りたい気分になった。

 と、思う存分耳ぴこを繰り返していたアージェンは、広場の中央部分に赤銅の髪の女性が忽然と現れるのを認めた。それも、この広場に溢れ返っている初期装備ではない、朱色を基調としたかっこいい衣装を身に纏っている。

 多分彼女こそがヘイゼルなのだろうな、と思い、アージェンはそちらに近寄る。やがて相手もアージェンの姿に気付き、向こうから声を掛けて来た。


「えーっと、レイスさん?」

「はい、わたしがレイスです。お待たせしました。あ、ヘイゼルさんで間違い無いです?」

「はい、はい、間違い無いです。私こそがヘイゼルです。えーっと、半魔にしたんだね」

「うん、強そうだし。ヘイゼルさんは?」

「竜人だよー。丁度対照的な二種族になったね。と、そうだ」


 名前通りの榛色の瞳を細めながら、彼女は自分のメニューを開く。そしてそこから一つの白い帽子を取り出した。平らなメニュー画面からにゅるりと立体のアイテムが出て来るその有様は、何とも面妖である。


「公式サイトとか見たなら知ってるだろうけど、半魔の風当たりの強さは半端無いよ。ので、これをプレゼントします」

「帽子?」

「そう、帽子。その角と手の甲の紋を隠せば大丈夫だから」

「分かった。ありがとう、ヘイゼルさん」


 ヘイゼルによって、その白い帽子が被せられる。こうして角が隠れてしまうと、ますますダークエルフ度が増した。ちなみに、先ほどからダークエルフと何度も言っているが、このゲームにダークエルフという種族は無い。


「手はー……うん、とりあえずこの手袋を」

「あ、ありがとうね、何から何まで」

「どういたしまして。まぁ実際、半魔はなんとかして紋様と角を隠す手段を最初に見つけないと、すぐ詰むからねぇ……」

「何それ怖い」


 メリットの分のデメリットは、かなり重かった。別の種族にしておくべきだっただろうか、と差し出された指抜きグローブを受け取りながら彼女は少し眉根を寄せる。

 そのままはめても良かったのだが、ふと思い立ち、彼女は先ほどから開きっぱなしの自身のメニューを操作し、装備画面を開く。その頭の欄に、先ほどヘイゼルに貰った帽子のアイコンがはまり込んでいるのを認めつつ、両手の欄目がけてそれぞれグローブを突っ込んだ。

 すると、グローブは画面に触れると同時に小さなアイコンとなり、空欄にはまり込んだ。同時に、なんだかむずがゆい感覚と共に両手にグローブが現れ、はめられた状態になる。


「直接着けても、装備画面から着けても良い訳ね」

「そうそ。服とか鎧とかは、装備画面からやった方が楽だよ」


 ここまでこのゲームを見た感じ、グラフィックも操作性も恐ろしくリアルだが、こういう所は上手に面倒臭さを取り除いてゲームらしくしている。鎧の装着の仕方なんて分からないし、助かった。

 そうして無事アージェンが半魔の特徴を隠し終えた所で、ヘイゼルは更にメニューを操作し始める。他人のメニュー画面は見てもモザイクがかかっていて、内容を読み取る事は出来ない。今度は何をしているのだろう、と何となく彼女の手元を見つめる。


「そうね、とりあえずフレンド登録しましょ。こっちから申請飛ばすけど、えーっと、レイスさんのキャラクターネームはー……」

「あ、アージェンです。カタカナで」

「ん、了解。なら、こっちではキャラ名の方で呼ぶね、アージェンさん」

「はーい」


 どうやらフレンドリストの画面を開いていたらしい。アージェンも倣ってメニューを操作していると、画面上にぽよんとダイアログが表示された。


『ヘイゼルさんからフレンド申請が届いています。承認しますか?』


 迷い無く『はい』を選択する。すると一瞬『読み込み中』と出た後、『ヘイゼルさんとフレンドになりました』というダイアログが出現した。フレンド画面を開き、殆ど空欄でしかないリストの一番上にヘイゼルの名が有る事を確認する。

 名前、ヘイゼル。種族、竜人。レベル、44。コメント欄には『今日の夕飯は茹でたアスパラでした』と有る。


「よし、登録出来たみたいね」

「アスパラだったんだ……」

「ああ、美味しかったわね、マヨネーズ付けて食べたの。じゃあ、チュートリアルクエストに沿ってやって行きましょうか、一人でも問題ないとは思うけど」

「あ、はい、お願いします。一緒にやった方が楽しいだろうし」


 アージェンがクエスト画面を開き、その内容を確認する傍ら、ヘイゼルは自分のメニューを閉じ、元の光の球の姿に戻す。そして、基本的な操作を解説する初歩の初歩なクエストを消化していくアージェンの姿を、のんびりと眺め始めた。




 一通りのチュートリアルをこなした結果、アージェンはクエスト報酬として初心者用装備一式と、いくつかの消費アイテム、そして沢山の経験値を手に入れた。

 レベル1の、ややもすればゲーム中で一番弱い雑魚モンスター相手にすら負けるかもしれない程に貧弱だったアージェンは、今やその雑魚を片手で握りつぶせる程に強いレベル10にまで成長した。流石に最序盤な為、ぽんぽんとレベルが上がる。

 アージェンは暫しの間、夢中でこのアバター自体やスキルの使用感を試したり、無心に雑魚モンスターを報酬で貰ったメイスで殴り潰したりした。その結果分かったのは、このゲームの世界は恐ろしくリアルであるという事だった。

 戦闘一つ取ってもそうだ。まず、習得出来るスキルの殆どは、武器の攻撃力を強化するものだったり防具の耐久度の減りを軽減するものだったりする。つまり、能動的に宣言して発現させるスキルが数える程しか無いのだ。

 つまり、戦う時はとにかく武器で殴るしか無いのだ。低レベル故にそうなのか、とヘイゼルに訊いた所、レベル30でもそれより上でも、物理は大体そんな感じらしい。


「まぁ、これはこれで楽しいけどね。派手にやりたかったら、魔法とか重点にしたらどうかな」

「魔法なー……」


 魔法。汎用習得可能スキルの中で、唯一能動的に発動する事の出来るスキル群だ。アージェンはとりあえず回復魔法だけ習得しているが、攻撃魔法やらにも手を伸ばしても良いかもしれない。


「でもさ、魔法も何か難しい仕組みとか有りそうなんだよなー」

「勘がいいね、その通りだよ」

「わぁいあたっちゃったー。無闇にリアル志向にして爆死して逝った先人の轍を忘れたのか、このゲームは」

「最初は私もそう思った。でも面白いんだよね、ヒョ」

「んー……なら、もう少し様子見してみるけどさぁ」


 とりあえず、一週間くらいやって様子を見る事にする。それだけやって肌に合わなければそれまで、面白いと思ったなら続ければ良いだろう。軽く肩を回しながらふと視線を天に向けると、地平線に沈んでゆく夕日が空を朱色に焼いていた。


「さて、と。チュートリアル終わったし、こっから先どうすれば良いのかな」

「どうするも自由だよ。このゲーム、メインストーリーってのが殆ど無いから」

「そういう自由度は高いのね……どうしよ。ヘイゼルさんは何した?」

「そうだなぁ……確か、その辺探索しながらレベル上げて、あと拾ったアイテム売ってお金貯めて……そんな感じだったかな」


 ならば基本はそれに倣って進めよう、と彼女は考える。湿気の無い涼しい風が、緩やかに乾いた大地を吹き抜けていった。その風を背に受けながら、二人はのんびりと初期スポーン地点が有る最初の街への帰路を辿る。

 その周りには、乾涸びた雑魚モンスターの死骸がごろごろと転がっていた。これらは二人が倒したものだけでは無く、寧ろ殆どはこれまでここで狩りを行った者たちが残していった物である。こういった光景から、ここら一帯には『屍塚しづかの平野』という、初心者用地域に似つかわしくない呼称がついているのだという。

 帰りはメニュー画面から使える『転移』を使えば一瞬なのだが、折角リアルな世界なのだから、両の足で歩いて味わうのもまた乙だろう、という訳で歩いている。眼前に広がるこの仮想現実の技術には、つくづく感嘆を禁じ得ない。

 そんな風に作り物の世界に視線を巡らせていると、ふと一つの考えが思い浮かんだ。それを明文化させる意味も込めて、アージェンはそれを口にする。


「そうだな……折角なら、この世界を隅から隅まで楽しみたいよな。うん、よし、NPC仲間にする」

「うえ?」

「公式サイトにさ、『無数のNPCを仲間に誘う事も出来るぞ』的な文言有ったじゃん? アレでさ、出来れば人外仲間にしたい」

「あっ、ああ、アレね……」


 彼女の呟きに、ヘイゼルは何かを察したような声音を漏らす。微妙に不安を掻き立てられるその言い方に、アージェンは少し憔悴を浮かべた。


「アレってなんですか、アレって。ヤバイバグとかが有るとか?」

「いや、バグは無いんだけど……一言で言い表すと、仕様がまだハッキリと分かってなくって、ハイパー手探りタイムって感じでね。私はめんどくなって断念した」

「ああ、成る程……」

「でも、wikiとかも私が始めた時よりは充実してるし、今なら何とかなるんじゃないかな。応援する」

「ふーむ……じゃあ、やれるだけやってみようかな、うん」


 NPC関連のパイオニアの一人となるのも良いかもしれない。そう考えると何だかモチベーションが上がって来た。ゲーム自体が肌に合わなくても、その仕様を探って後進の者の為の道を作るのは楽しめるやもしれないし。


「とすると、一旦現実戻って情報収集かな……」

「うん、なら私も──いや、ちょっと待って、アージェンさん、もう午前二時過ぎ……」

「丑三つ時ッ!?」


 ヘイゼルがメニューを開きながら、絶望感の滲んだ声音でリアルでの現在時刻を読み上げる。慌ててアージェンもメニューを開き、ヘイゼルの言葉が嘘偽りでない事を認める。


「うわあああ……明日も朝早いのに……やらかした。そんなに時間経ってたか……」

「そういや、二回くらい日が沈んで上ってたわね……」


 ゲーム内での時間は、現実から見ると恐ろしい早さで経過する。丁度24倍──現実で一時間経つ間に、こちらでは丸一日過ぎる程度の早さだ。アージェンは0時ちょっと前にゲーム内に入った筈だから、48時間以上もゲームに没頭していた計算になる。


「じゃあそろそろ落ちましょう。ああ、モンスター出る地域でログアウトすると後が大変だから、安全な場所に転移してから落ちる様にね」

「はい、分かりました。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。レベルが違いすぎるから一緒に狩りとかは難しいけど、私の力が必要になったらまた言ってね」


 言いながらヘイゼルはメニューを操作し、その場から転移して消える。やや遅れてアージェンももたつきながら画面を弄って、そして最初に出た広場へと移動した。


(転移はMP消費しないのか。便利だな)


 どうやら、通常のスキルとは別扱いらしい。それ故に『転移魔法』という呼称がされていないのだろう。ただし消費はしないがクールタイムは必要らしく、画面の片隅に有る『転移』の文字は暗くなり、『次の使用まで30分です』という注釈が付け足されていた。

 その事実を記憶野の僻地に留め置きながら、アージェンは次に『ログアウト』を選択する。『しばらくお待ちください』というダイアログが目に入ったかと思うと、どこからか意識が引っ張られるような奇怪な感覚がし始めた。そして五感が暗転し、現実に引き戻される。

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