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夢奇譚

好々爺

作者: 羊草

船に乗って、水路を流れてゆく。

通路の片側は壁、もう片側ではそれぞれ仕切られた部屋があり、空っぽなものも、何かしらの劇をやっている真最中のものもあった。

私は子供と一緒にそれらを眺めている。子供はクスクスと笑っている。

最後の方になって、まがい物だと一目で分かるちゃちな野外セットの中でひさぐ翁が居た。


緋毛氈に座り、光沢の見事な朱塗りの道具一式で酒を飲み、黒檀の小さな箪笥に寄りかかっている。

右手で口元を隠すように緋扇を開いており、能で用いられる女の面、小面を着け、黒々とした鬘をかぶり猩猩緋の女物の小袖を身に纏っていた。


でも確かに翁であった。

だが、特にどうというわけでもなくそのまま流れていく。


外に出ると、子供が変わってしまっているのに気づく。


一体何時の間にそのように顔形を変えてしまったのか。


尋ねても応えずに、可笑しそうにクスクスと笑っている。

私もまた、子供とはそういうものだと思って諦める。

其の時、偶々岸辺を通りかかった人が、それは取り換えっ子で元の子に変えてもらわねばならんという。

私はそれに従い戻ることにする。

その途端、櫂も無いのに船は逆へと進み始める。


子供は笑い続けている。


件の翁の元へ着いた。ここに子供が居ると知っているのだ。


これ、翁。子供を返しやれ。


そのようなことを言ったように思う。

翁は手振り身振りで子供が居ないことを伝える。

元々口がきけないのか喉を潰されたのかは知らない。礼を言うと確かに笑った。面を着けていてもわかったのだ。

私は子供を諦め、また外へ出ようと船に座りこもうとする。


其の時、背中をトンと突かれた。


何時の間にか、足を濡らす事もなく彼の翁の居る岸に立っていた。

船は二人の子供、今ではどちらが取り換えっ子であったのか区別がつかないそれらを乗せ、また通路の奥へ奥へと遡っていく。

クスクスという笑い声がするが、私は又、子供とはそういうものだと決めつけている。


ここに誰かが迎えを寄越すかもしれない。来ないのかもしれない。

どちらでもよい。


翁がこちらを見て邪気もなく笑っているのが見える。

先ほどとは打って変わって、本物の草、岩、濃霧の中で、私はただ、霧の中垣間見える翁のように面を着け小袖を着るのかどうかだけを考え続けている。

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