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傷負い桜  作者: 鷹臣えり
第一章
6/24

5


冷静になって思い出せば、口調も表情も、仕草のひとつひとつさえ違っている。長い年月が経っているというのに、初の思い出はいつまで経っても色褪せぬ。故に気付いたのは必然とも言える。

「何かが違う」

 言って初はかぶりを振った。

 互いに距離をとって見つめあう。目の前の初は奥歯を噛み締め、上目遣いだった。

「誰だ」

 それは同時に発した言葉だった。高継は少女に対して、少女は己に対してだったが。

「初?」

 今にもうずくまりそうな少女に高継は恐る恐る近付いた。中腰になって少女の懐から顔を見上げると、先ほどまでの憎しみを込めた目はどこに行ったのか、少女は泣き出しそうな表情である。

「私は初ではない。さらら、という」

 鈍器で殴られたような強い衝撃が高継の心臓を襲った。

 しかしながら判然としなかった理由がそこにあるのではないか。

「鬼に……」

 高継は言いかけてやめた。思い出した言葉をそのまま口にのせるほど確信がもてない。

 鬼は人型を真似るという。

 自身の醜い容姿を好しとせず、人間の姿をまねるが結局のところ本質は変わらず、永遠の憧れに思いを馳せる。また一方で人間は、真似られた人間以上に美しく変身する鬼に憧れを抱く。紅を塗らなくても赤く熟れた唇、陶器のように白く肌理の細かい肌。手足はすらりと伸びて動作のひとつひとつが美しくたくましい。

 真似られた人間は、視線を思わずそらしてしまうほど。それを嫉妬という。

「私を憎いと思っているのだろう? 首を刎ねられたことを覚えているのだろう? ならばお前はお初だ」

 言ってから高継は肩をすくめた。

「私が憎いか」もう一度、確認する。

「ああ、憎いとも。私の首を刎ねたのはお前なのだから」

「そうだな」

 利害が絡む婚姻を蹴り、父親の顔に泥を塗ったのは自分だ。周囲への配慮が足らず、若さに頼り走った。父・高徳は高継や初をそれぞれ説得や恫喝した。

だがありふれた言葉で表現するなら、その刹那世界にはふたりしかいなかった。いや、ふたりが結ばれるために世界が存在した。声など、届くはずがないだろう。

「ではお前が初だ」

「だが私は初ではない」

 名などどうとでもなる。

「触れてよいか」

 ついっと高継は詰め寄った。以前はいちいち了解を得ていたわけではない。若さゆえの強引さで、さららを引き寄せたものだ。だが今、高継は迷っている。身体は目の前の初――自らはさららと名乗る――を思い切り抱きしめたい。だがひとつの疑問からそれができない。

「お前が初ではないのなら、その憎悪は一体どこから来るのだ」

 高継の疑念を遮るように、抑揚のない声が割り込む。

「助けてください、お許しください。私はもう旦那様の前に姿を現しませんから」

「初――」

 絞り出すように、思い出すように言葉を口に乗せた少女は、言った後で己の台詞の内容を考えた。

「記憶が途切れんのだ。今見てきたように、鮮明に覚えている。自身の名はこんなにもあいまいであるのに。だが私はやはりさららなのだ。お前を憎み、殺したいと思っているさららなのだ。さあ、首を差し出せ、刎ねて湖の底に沈めてやろう。二度とお前の顔が見えぬようにしてやる」

 高継は深いため息を吐き出した。地面を見下ろすと、はらはらと初の足元に桜の薄紅が落ちている。それは足元を覆うほどに積もっていたが、一定以上の量は積もらず、また彼女の頭上に桜の木はない。

 そもそも湖の近くにある桜の木は芽吹いたことがない。初がその桜の大木の下に埋められた時から、一度も一輪も咲いたことはないのだ。

「すれば永遠に俺はお前の傍にいることができる」

 喜んで首を差し出そう。

 思わず伸びた手で初の手首を握りしめる。

 冷たく細い女の手だった。

 この少女がもはや初でなくてもよかったのかもしれない。後悔ではなく懺悔として首を差し出すのだ。



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