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傷負い桜  作者: 鷹臣えり
第六章
24/24

5

 ぽとりぽとり、知らぬ間に穴の開いた財布が大事なものをこぼすように、夏江のなにかしらが落ちていく。

 夏江はゆるい地面に足を取られ、息を荒くしながら前に進む。

 何度山道で転んだかわからない。襟は乱れ、粘土質の土が着物のいたるところを汚し、よれさせ、到底商家の妻には見えないありさまだった。

 気力か、落ちたのは。

 高継への愛情かもしれぬ。

 拾ったものは、疑念。

 本当にこの山を登れば、高継がいるのだろうか。目的を見失いかねない。夏江がすべきことは、恐ろしいことに桜の木に植わっている死体を掘り起こすことだ。

――意味はあるのかしら。

 声をかける者はおらず、しかし自身で励ますことも思いつかない。

 言い知れぬ孤独と寒さ、ここに高継も高由もいないことがいっそう彼女の気持ちを萎えさせた。

 やめてしまおうか、一度立ち止まり空を仰ぎ見る。

 濃い霧に覆われて、澄み渡った青が見えない。

「……」

 夏江は我が身を抱きしめ身体を震わせる。

 鳥も虫も、なにひとつ鳴きはしない。植物の木々は、葉をこすり合わせ、風をひきつれて夏江をあざ笑う。

 いよいよ力が抜け、その場に座り込んでしまった。脚は半分枯葉に埋もれ、その異様な感触と温かさに夏江はほっと息を吐き出した。

 肩で荒く息をし、がっくりとうなだれる。汗が全身を伝い、ぽたぽたと枯葉に落ちて黒い染みを作った。

 昨夜? 昨夜と言っていいのか、では今は朝か昼だ。倒れ込むようにして眠った昨晩の疲れは眠っても取れない。大役を夏江におしつけたままの初は、今日は姿を現さなかった。

 そのことについて夏江は腹を立てたが、けれど冷静に思い返せば、だからと言って付きまとわれても困ると思い直した。感情の制御ができない状況で、今度こそ死人に腹の中をぶちまけてしまいそうになる自分に気づく。

 自嘲気味に笑んでいた時だ。

 乾いた葉のこすれあう音が、自分ではなく他所から大きく聞こえた。

 反射的に音のする方に目をやってみるが、視界はほぼないと言っていい状況の中、遠目で様子を探ることは難しい。

 夏江は耳を澄ませ、自分はじっと身体を縮こまらせた。

 規則的な音は徐々に、確実にこちらに向かってくる。音は夏江の目の前で起こった。

「ひっ」

 思わず声をあげると、枯葉をかき分ける音は止んだ。

「夏江さんか?」

 聞き覚えのある声は、霧のせいでわずかにくぐもっている。

「じゅ、十蔵さん」

 恐る恐る夏江は名前を呼ぶと、まるで獣が獲物を追いかけるかの如くの勢いで音が大きくなった。

 声の主は確かに十蔵だけども、果たして本物か。夏江の心臓は不意に大きく跳ね上がると同時、丈の長い草がかき分けられ、視界が開けた。

「……」

 相手も目を丸くして、夏江を凝視している。同じことを思っていたのだろうか、しばし互いは腰の引けた様子で見つめあった。

 ややあって十蔵が深い息を吐く。見ると、彼の手にはつい今しがた掘り起こされたであろう木の苗が土ごとあった。


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