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新しい一歩

「おーい、メグミー。早くしろよー!」

 玄関でパパが呼んでいる。

「はーい、ちょっとまってー!」

 最後の荷物をカバンにつめて、忘れ物がないかどうか、部屋の中を見回す。

 うん、大丈夫。忘れ物はないみたい。

 自分のカバンと、横に置いてあった大きなカバンを持ち上げる。

 おおっと、こんなに重たいんだ、赤ちゃん用の荷物って。色々と入ってるもんねぇ。

 オムツに、タオルに、ミルクに、着替え。赤ちゃんを育てるって、大変なんだ。


 ──妹がいなくなったって、大騒ぎになったあの日。

 いつの間にかおばあちゃんの家を抜け出してしまったアタシの事に気がつき、ママはそれこそ、狂ったように泣きさけんだんだって。

 アタシも赤ちゃんも、いなくなってしまったって。

 お巡りさんや近所の人たちがみんなで、アタシと妹を探し回ってくれたらしい。

 夕方近くになって、カッパ淵の「お乳の社」と呼ばれているお社で、眠っているアタシは見つかったって言われた。

 腕にしっかりと妹を抱いて。

 目が覚めたアタシは、おばあちゃんの家に戻って、色んな事を聞かれたんだけど……。でも、何も答えられなかった。


 赤ちゃんはどこで見つかったのか?

 どうやってつれ戻したのか?

 誰かにつれ去られたのか?

 見つけられるまでどこにいたのか?

 誰かと一緒だったのか?

 などなど。


 だけど、いくら質問されたって、何も分らないし、何も覚えていないから答えようがなかった。

 ママは涙で顔をクチャクチャにして、アタシと妹を抱きしめてくれた。

 パパはちょっと怒ったような、それでいて安心したような顔をして、側に立っていた。

 おばあちゃんは涙ぐみながら、だまって温かいココアを出してくれた。

 知らないうちに冷えてしまった体に、温かいココアはすごくおいしく感じられた。

 結局アタシが何も覚えていない事が分ると、大人の人たちは納得がいかない表情で、それでもアタシと赤ちゃんが無事に戻ってきたのを喜び、安心して帰って行った。

 帰りぎわにお巡りさんが、「早池峰さんの気まぐれか、河童のいたずらかも知れん。何にしても、二人が無事に見つかって良かったよ」と言い残していた。

 起き出して元気に泣き声をあげた赤ちゃんは、よほどお腹が空いていたのか、ママのおっぱいに吸いついている。

 自分でも不思議なほど、落ち着いてそれを見ているアタシがいる。

 そんなに時間がたったワケじゃないのに、今では心に波が立つ事もない。赤ちゃんを抱いているママを見ても、もうイヤじゃない。アタシの中から抜け落ちてる記憶の中で、一体何があったんだろう?

 アタシと赤ちゃんは、どこに行って、何をしていたんだろう?


「おーい、まだかぁ!」

 パパの少しイラついた呼び声に、アタシはハッとして考え事から気持ちを戻した。

「はぁい、今行くからー!」

 大きなカバンと小さなカバンを持って、アタシは部屋を出た。

 玄関ではおばあちゃんとパパが待っていた。大きい方のカバンをパパに預けて、アタシはおばあちゃんにあいさつをした。

「おばあちゃん、お世話になりました」

「はいはい、どういたしまして。色々あって大変だったけど、忘れられない夏休みになったねぇ」

 アタシはふり向いて、おばあちゃんの家を見ながら答えた。

「うん、そうだね。いつもの夏休みとは、ちがった夏休みだったもんね。忘れられないよ」

 また待たせるとパパが文句言うから、とクツをはいていると、おばあちゃんが紙袋を差し出してくれた。

「はい、コレ。お土産にどうぞ」

「うわ、コレって『明がらす』? アタシ、このお菓子、大好きなの。ありがとう、おばあちゃん」

 パパとママと赤ちゃんの待っている車に乗りこむと、窓を開けて顔を出した。

「おばあちゃん、またね!」

「ああ、またいつでもおいで」

 そしてアタシに顔を寄せて、コソッと教えてくれた。

「メグミちゃんが生まれた時も、パパとママは大事に大事にしてくれたんだよ。一分だって手離さないくらい、いつも二人で抱っこしていたんだからね」

「ホント!?」

 聞き返したアタシの声は、出発するぞ、と言うパパの声に消されてしまった。

「おばあちゃーん、バイバーイ!」

 動き出した車の窓から手をふると、おばあちゃんも手をふってくれた。

「さあ、家に帰るぞ」

 運転席のパパがバックミラーで、後ろの座席のアタシと赤ちゃんを見た。

「メグミ。笑美の事、見ててね」

 助手席のママが、アタシに向かって笑いかけてくれた。

「うん、分った」

 アタシのとなりには、チャイルドシートがあって、赤ちゃんが静かに眠っている。

「おっぱいは飲んだの?」

「さっき、お腹いっぱいね。しばらくは、起きないと思うわよ」

「ふーん」

 アタシは赤ちゃんの顔をのぞきこんだ。

 ちっちゃな鼻。息をすると、ピクピクする。

 ちっちゃな口。歯はまだ全然はえてなくて。だけど上と下の歯ぐきの間に、ピンク色の舌をフタみたいにピタッとはさんでいる。

 うっすいマユ毛。ほっそい髪の毛。生まれた時から、毛って生えてるんだ。

 視線を上げれば車は、遠野市内へ向かう道の途中にある「奥田橋」という橋を渡るところだった。

 橋の下を流れる小さな川。この川も、あのカッパ淵につながっているのかな?

 そんなコトを思いながら橋の下に目を向けると、土手に人が立って手をふっているのが見えた。

 男の子と女の子。兄妹かな?

 でも、あれ? どっかで見たことある?

 車は橋を通りすぎ、二人の姿は小さく小さくなっていって、とうとう見えなくなってしまった。

 あれは誰だったんだろう? 知らない人のはずなのに、何だかとても心が動く。

 すごくすごく、大事な事を忘れていて、思い出せないような感じ。

 チャイルドシートの中の妹が、眠りながらアタシの指を握った。その温かくてやわらかなキュッという感触に気づいた時、アタシは急に涙があふれて止まらなくなってしまった。

 アタシ、どうしちゃったんだろう?

「メグミ。パパとママ、おばあちゃんに叱られちゃったわ」

 助手席からママが声をかけてきた。

「もっと気をつけないと、メグミにさびしい思いをさせてるって。まだまだ親に甘えたい年頃なのに、ムリに大人みたいに我慢をさせてる、ってね」

「ママ……」

「赤ちゃんの事ばっかりで、さびしい思いをさせてごめんね、メグミ」

 ほっぺたを流れる涙があったかい。

(よかったね、メグミちゃん)

(お父さんもお母さんも、ちゃんとメグミちゃんの事、思ってくれてるじゃないか)

 胸の奥が見えないモノで満たされて、いっぱいになった。

「流……汀ちゃん……」

 思い出した。優しい兄妹の声を。

 知り合って短いアタシのために、力をかしてくれた不思議なカッパの兄妹の事。

「メグミ、どうしたの? どこか痛いの?」

 ママが泣いてるアタシをのぞき込んで、ビックリして聞いてきた。

「ううん、ちがうの。うれしくて──。アタシこそ、ごめんなさい。色々とヒドイ事言ったりして」

 自然と言葉が口から出て来る。

 大きな大きな重しが取れて、心の一番奥にあった箱のフタが開いたような気がした。

 箱の中につまっていたイヤなモノが、一気にはじけ飛んだみたい。まるで、誕生日に鳴らすクラッカーみたいだ。

 アタシは眠っている笑美を見て、そっとつぶやいた。

「こんなお姉ちゃんだけど、ヨロシクね」

 そして窓の外を見て、大事な友達に思いを飛ばした。

(ありがとう、流。ありがとう、汀ちゃん。アタシ、もう大丈夫だよ。またいつか、きっと会えるよね)

 窓の外に広がる空は青くて、広くて。

 アタシにとって、忘れられない夏休みは、まだまだ終わりそうにない。




─ 完 ─



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