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河童淵

「ねえ、この川の名前って『カッパ淵』って言うのよね? どうして?」

 ふと思い出して、アタシは二人に聞いてみる。だって、変な名前でしょ?「カッパ淵」なんて。

「ああ、そっか。メグミちゃんは『カッパ淵』の昔話を知らないのか」

 土手に生えている草の葉っぱを千切って、クルクル回していた流が目を丸くした。

「何だか、もうずーっと一緒に遊んでるみたいな気がしてたから、カッパ淵の話も知ってると思ってたよ」

 そう言って流と汀ちゃんの兄妹は、名前の由来を聞かせてくれた。


 ──昔、むかぁしのお話。

 土淵の新屋という家の裏に、とっても深い淵があったんだそうな。

 ある夏の暑い日、その家の若者が馬の足を冷やしてやろうと、淵へ馬を連れて行き、そのまま遊びに出かけてしまったんだと。

 そうしたらそこへカッパが出て来て、馬を淵の中へ引きずり込もうとしてな。ビックリ仰天した馬はカッパをぶら下げたまんま、馬屋に逃げ帰ってきたそうな。

 今度はカッパの方が驚いて、馬のエサ桶を引っくり返して、その中に隠れていたんだと。

 家の者達が「どうして馬だけが帰ってきたんだろうか?」と不思議がって、馬屋をのぞいて見たんだと。

 そしたらエサ桶が引っくり返って、小さな手が見えたんだと。

 開けて見たらば、そこにはカッパが隠れておってな。

 集まって来た村の衆が「このカッパ、いつもいつも悪さして、ろくでもねぇから殺してしまえ」と言い出したんだが、見つけられた河童は涙を流しながら手を合わせて言ったんだと。

「もう悪さは二度としねぇから、命だけは助けて下され」

 新屋の主人は可哀想になって「これからは、ここの淵で絶対悪い事すんなよ」って、許す事にしたんだと。

 カッパも言う事を聞いて、そこから遠く離れた奥沢の淵に引越したんだとさ。──


「この川は元々、大人の腰ほどもある深さの淵だったんだ。それを今は、川底を埋めて浅くしてあるのさ。これじゃあ、カッパは住めないかもね」

「ええ? だって、おとぎ話でしょ? 川が深くったって浅くたって、カッパなんかいるワケ、ないじゃない」

 流の話を聞いて、アタシは思わず鼻で笑ってしまった。

 だって、カッパよ、カッパ?

 この科学も進んで、人が宇宙にまで飛び出そうとしている時代に、カッパですって?

「どうして? どうして、いないと思うの?」

 汀ちゃんが、不思議そうな表情でアタシに問いかけた。

「どうして、って……。もしかして、汀ちゃんは信じてるの、カッパ?」

 反対にアタシが聞き返すと、汀ちゃんは素直にうなずいた。

「私は、いると思うな。ここのちょっと先にね、常堅寺っていうお寺があるの。そこのお寺がね、火事になっちゃった事があって、カッパ淵のカッパがお皿の水で火を消してくれたお話があるのよ。カッパをお祀りした『カッパ狛犬』だってあるんだから」

 笑い話……ではなさそう。ネタ……でもなさそう。

 流も汀ちゃんも、大マジメな顔をしている。

「カッパ狛犬?」

 狛犬って、犬って言うぐらいだから「犬」じゃないの? あの神社の鳥居のそばにある、石の犬の事でしょ? 和風のライオンみたいな。お寺なのにそれがある事自体、何か間違っているような気が……。

「見に行く?」

 汀ちゃんが首をかしげて聞いてくるのに、また今度ね、と手を振って答えた。

 気がつけば、太陽はずい分とかたむいて、空も赤くなっている。今、何時頃だろう?

 ポケットから携帯電話を取り出して見てみると、時間は五時半を少し回ったあたりだった。

 そろそろ、おばあちゃん家に帰らなくちゃ。この辺りは、暗くなるのが早いから、油断しているとすぐに夜がやって来る。

「あーあ、帰らなくちゃ」

「何、メグミちゃん。帰りたくないの?」

 アタシの呟きを聞きつけて、流が妙な顔をした。

「だって、お父さんもお母さんも待ってるんだろ? 赤ちゃんだって、メグミちゃんを待ってるんじゃないの?」

「そんな事、あるワケないじゃん。まだ生まれたばっかりの赤ちゃんなんだよ」

 せっかく忘れてたのに、思い出しちゃったじゃない。

「それに──パパもママも赤ちゃんに夢中で、アタシの事なんか、どーでもいいんだよ」

 おばあちゃん家に帰ったって、アタシの事なんか誰も見てないんだから。

「みんな、赤ちゃん赤ちゃんって。アタシがいなくなっても、きっと誰も気がつかないよ」

 赤ちゃんが生まれてから、家にいても楽しくない。赤ちゃんがアタシのパパとママを取っちゃったんだ。

「アタシの話なんか聞いてくれないし。何かって言うと、赤ちゃんの所に行っちゃうし」

 ずっと思っていた事を、アタシは流にぶちまけた。

「赤ちゃんなんて、うるさく泣いて、おっぱい飲んで、オムツ汚すしかできないくせに」

「うん、そうだね。だからだよ」

「え?」

 思わず、流の方を見る。

 夕焼けに照らされて、流の横顔はオレンジ色に染まっている。

「泣いて、飲んで、出して、寝る。それが赤ちゃんの仕事だ。逆に言えば、それしかできないんだよ、赤ちゃんは。だからお父さんもお母さんも、何もできない赤ちゃんに手をかけるんだ。だって、メグミちゃんは、自分の事が自分でできるだろ?」

「そりゃ──」

 そりゃ、そうだけど。

「そんな事言ったって、アタシだってまだ子供だよ。パパやママに話を聞いてほしい時だって、あるのに……」

「うん。分かるよ。オレもそうだったから」

「流も?」

「うん。汀が生まれた時、オレも同じように思った。だからメグミちゃんの気持ちも、良く分かる。でも今は、汀の事カワイイと思ってる。メグミちゃんもきっと、妹の事をカワイイと思えるようになるからさ」

 本当に、そんなふうに思えるようになる日が、来るのかな?

「だからね、メグミちゃん。赤ちゃんの事をいらないだなんて、そんなふう言っちゃダメだよ。そんな事を言ってると、早池峰の神さまが来て、赤ちゃんを連れてっちゃうからね」


 流と汀ちゃんと別れて、おばあちゃん家に帰ったのは、辺りがずい分と暗くなってからだった。

 思っていたよりも長く、二人と話し込んでたみたい。

 ただいまと声をかけて家の中へ入ると、ちょっと怒った顔をしたパパと、心配そうな顔をしたおばあちゃんが待っていた。

「メグミ、こんなに暗くなるまで、どこに行っていたんだ? おばあちゃんが、すごく心配してたんだぞ」

 おばあちゃんが? おばあちゃんだけなの? パパの言葉に、アタシはカチンときた。

「パパは?」

「何だって?」

「パパはアタシの事、心配してくれたの? それとも、赤ちゃんの方が大事で、アタシの事なんか忘れてた?」

 思いっ切りパパをにらみつける。

「そんなはず、あるワケないだろう!」

「ウソばっかし。アタシの話も聞いてくれないくせに! アタシの事なんか、どうでもいいくせに!」

 止まらないんだもん。自分でも、こんな事言っちゃダメだって分かってる。けど、一度口にしたら、もう止められないんだもん。

 爆発しちゃった気持ちをどうしようもなくて、アタシは怒ってるパパの横をすり抜けて駆け出した。

 後ろで、アタシの名前を怒鳴っているパパと、落ち着くように言っているおばあちゃんの声がした。

 アタシだって怒ってるんだから。アタシ、大人じゃないんだよ。まだ子供なんだよ。

 どうして分かってくれないんだろう? そう思ったら、涙が出てきて止まらなくなってしまった。

 ママに会いたい。ママにギュッって抱きしめてもらいたい。ママに頭をなでてもらいたい。

 アタシはママの寝ている部屋に、飛び込んだ。

「ママ!」

 勢いよく引き戸を開けると、中にいたままが口元に人差し指をあてて、シーッと言った。

「今ようやく、眠ったところなのよ。静かにしてちょうだい」

 そう言うと、胸に抱っこしていた赤ちゃんを布団に寝かしつけた。

「ママ、あのね──」

「メグミ、後にしてくれない? 笑美が眠っている間に、少しでも休んでおきたいのよ」

 話しかけようとするアタシの言葉をさえぎって、ママは首と肩を回した。

「夜もあんまり眠れないんだから。お話なら、パパに聞いてもらいなさい」

「ママ! アタシの話を聞いてよ!」

 頭にきたアタシが大きな声を出すと、それに驚いた布団の赤ちゃんが、ふえぇと泣き出してしまった。

「ほらもう。メグミが大きな声出すから、笑美が起きちゃったじゃない」

 ママはアタシの事をにらむと、ぐずる赤ちゃんを布団から抱き上げた。

「ママ、ねえ! 話を聞いてってば!」

 アタシは必死になって、赤ちゃんを抱いているママの腕を引っぱった。

 取らないで、取らないで、アタシのママよ。取らないで、返してよ!

「メグミ、いい加減にしてちょうだい! そんなに引っぱったりしたら、笑美を落としちゃうでしょ。あなた、お姉ちゃんなんだから、妹にイジワルしないの」

 そして視線を赤ちゃんに戻すと、あやしながら優しい声で

「ダメなお姉ちゃんねぇ」

 と語りかける。

「ママのバカ! アタシ、お姉ちゃんじゃないもん。お姉ちゃんになんか、なりたくない。赤ちゃんなんかいらない。妹なんか、どっか行っちゃえ!!」

「メグミ!!」

 バカバカバカ! ママなんか、大っキライ。パパなんか、大っキライ。赤ちゃんなんか、大っキライ。妹なんか、大っキライ。みんな、大っキライ!

 どうしてママは、赤ちゃんばっかりを大事にするの? どうしてパパは、アタシのことを心配してくれないの? どうして二人とも、アタシを見てくれないの?

 どっか行っちゃえ! 赤ちゃんなんか、どっか行っちゃえ!

 アタシは廊下と部屋を走り抜け、自分用に与えられていた部屋に駆け込んだ。

 フスマを力一杯閉めると、アタシは押入れの中にもぐり込んだ。

 パパの顔も、ママの顔も見たくない。声も聞きたくない。

 押入れの狭いスペースに、毛布にくるまって声を殺していたアタシは、うずくまったまま少し眠ってしまったみたい。

『……グミ……メグミ……』

 どこからか、アタシを呼ぶ声がした。

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