兄妹との出会い
おばちゃんの家の裏手にある、小さな路地。その路地の突き当たりに、川があった。コンクリートで固められてない、石ころと草の匂い。
川には小さな橋がかかってる。その上からのぞいて見ると、すごく水が澄んでいて、川底の様子まで良く見える。
なのに、何だか深そうで、不思議な感じ。それでも気持ちがイライラしているアタシには、太陽を反射して光って流れる川のキレイさなんて、ちっとも心を動かされるモノではなかったんだけれど。
橋を渡ると、土手に転がっていた小石を蹴飛ばし、手近な草をむしり取って川へ放り込んだ。
「来なきゃよかった。全然、楽しくない。すっごく、つまんない」
妹なんか、欲しくなかった。赤ちゃんなんて、大キライ。パパもママも、赤ちゃんの方がいいんだ。もうアタシの事なんか、いらなくなっちゃったんだ。
そう思ったら、悲しくて、くやしくて、涙が出てきた。
「もう、ヤダ……」
自分の怒りをぶつけるようにして、アタシは手当たり次第に雑草をちぎっては、川の流れに投げ込んでいた。
「そんな事してると、川を汚すなってカッパが出てくるよ」
後ろから急に声をかけられて、アタシはビックリして川に落ちそうになった。
「キャア!」
「わあぁ!」
アタシに声をかけてきた誰かも、驚いてアタシの服のすそをつかんで引っ張ってくれた。強い力で後ろに引かれて、そのまま土手の上にしりもちをついてしまった。
「いったぁ~い!」
スカートじゃなくて良かった。でも、せっかくのお気に入りのジーンズが、泥だらけ。
「大丈夫かい?」
オシリをさすって痛がっているアタシの目の前に、誰かの手が差し出された。見上げると、同じ年くらいの知らない男の子が立っていた。
「──誰よ、あんた? 急に声かけてくるから、ビックリしちゃったじゃない」
ムカついたから、足手がせっかく差し出してくれていた手を払いのけると、アタシは自分で立ち上がってオシリをはたいた。
んもう。草と泥がくっついて、キレイになんない。
「ごめん。そんなに驚くと思わなかったんだ「
陽に焼けた顔をした男の子。良く見ればその背中には、妹らしき小さな女の子がかくれている。
「君、この辺りの子じゃないだろ?」
両手についた泥に顔をしかめながら、アタシは男の子をにらみ付けてやった。
「だから、何? 聞いてんのは、こっちなんですけど」
思いっ切り機嫌の悪いアタシの声に、ビクッとして女の子は、男の子の背中にますますかくれてしまった。
何よ。人の事、鬼かなんかだとでも思ってるワケ?
「そんなに怒るなよ」
「川に落ちそうになったのよ。怒るに決まってるじゃない」
「だから、謝ったじゃないかよ」
ふん。あんなの謝ったうちに入んないわよ。
「オレ、リュウって言うんだ。『流れる』って書いて、リュウ。そんでコイツが、ミギワ。『さんずい』に『丁』って書くのさ。オレの妹。君は?」
「はあ? 何でアタシまで、名前言わなきゃいけないのよ?」
「オレ達は、ちゃんと名乗ったじゃないか。次は、君の番だよ」
アタシは二人から目をそらすと、ふてくされた感じで答えた。
「──メグミ」
「メグミちゃんかぁ」
「気安く呼ばないでよ!」
さっき会ったばかりの子に、どうして『メグミちゃん』なんて呼ばれなきゃいけないのよ!
「じゃあ、なんて呼べばいいのさ?」
流と名乗った男の子の背中から、ようやく顔を出した女の子──汀、だっけ?──が、オズオズと口を開いた。
「メ、メグミちゃん……」
メグミちゃぁん? 気持ちがそのまま、視線に出ちゃったんだろう。
「ふぁっ……」
泣きそうな表情になって、あわてて流の背中にしがみつく。
あーあ、もうカンベンしてよぉ。
「分かったわよ……。『メグミちゃん』でいいわよ」
ため息をついてそう言うと、汀、汀ちゃんは安心したように、ちょっと笑って見せた。
まあ、確かにアタシも態度、悪かったしね。
出会いは最悪だったけど、アタシは流と汀ちゃんの兄妹と一緒にいる事が多くなった。
別に待ち合わせをするワケでもないし、お互いの家を知ってるワケでもなかったけど、毎日、小川に行けば二人に会えた。
ここにはアタシの知ってる人なんかいなかったから、二人と話ができるのは、正直、うれしかった。
おばちゃん家にいても、アタシはする事がなかったし、パパもママもアタシがどこに行こうと興味がないみたいだったし。
流はアタシと同じ十歳で、妹の汀ちゃんは六歳。体の弱かった汀ちゃんは、あまり外で遊んだ事がなくて、友達がいないんだって。
「へっただなぁー。こんなの、簡単だろ?」
「そんな事言ったって、アタシは初めてやるのよ。うまくできるワケないじゃない」
「だから、教えてやったじゃないか」
「あんな説明じゃ、分かんないよ」
言い合いをするアタシと流の間で、汀ちゃんがオロオロと二人の顔を見比べている。
何を言い争っているのかと言うと──。
「こうやるんだって。見てろよ」
流は足元の平べったい石を拾い上げると、勢い良く腕を振った。
その手から飛び出した小石は風を切り、小川の水面に触れたと思ったとたん、大きく弧を描いた。
連続した波紋を残し、小石は水面を踊るように跳ねて行った。
「すご……」
思わず見とれちゃったアタシに、汀ちゃんがニッコリ笑って自慢げにアタシに言った。
「お兄ちゃんは、水切りがすごく上手なんだよ」
汀ちゃんを見てると、本当にお兄ちゃんの事が大好きなんだなあ、って思う。流の方も、そんな汀ちゃんがカワイくて、仕方がないみたい。
「ほら、メグミちゃんもやってみなよ。腕を振る時は、水平になるようにな」
さっき流が拾ったのと同じような、平べったい小石を選んで、アタシは教えられた通りに川に向かって投げてみた。
小石は水面に当たると、そのまま沈まずに連続して跳ねた。
「ヤッタ!」
たかがこれだけの事なのに、柄にもなくアタシはハシャいでしまった。
「やったね、メグミちゃん」
汀ちゃんが両手を叩いて、喜んでくれる。
「やるじゃん」
「まあね」
TVゲームも何もない。オシャレなお店も何もない。だけど、流と汀ちゃん達二人といると、そんな事はどーでも良かった。
二人はちゃんとアタシの話を聞いてくれた。愛想笑いや、付き合いで話を合わせてるんじゃないって分かるから。
三人で土手に座って、川の流れをながめた。