突かれた世界
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
パラレルワールド。
生きていて、この存在を意識することは多いと思う。実存するかどうかは別問題として、「もしあのとき、こうしていれば……」という想像は、ふとした拍子にしてしまうものだ。
良い結果にせよ、悪い結果にせよ、反省材料をそこから見つけ出すなら建設的といえるが、あまりにくどかったり、感傷的すぎたりすると、思わぬ人の機嫌を損ねてしまうかもしれない。「どうせ変えることができないのに」と。
時間が絶えず進んでいく以上、変えられるのは常に未来であって、今の延長線上にある出来事のみ。分析が済んだら、それを実行に移して積み重ねていくのみ。
と、きれいに割り切れればいいのだけど、おろそかにしすぎると未来どころか今もあやうい。枝分かれしていくのがパラレルワールドならば、この世界であるための正しい分岐も勝ち取らなくちゃいけないだろう。
僕が小さいころに体験した、ちょっと奇妙な話なのだけど、聞いてみないかい?
あの日、僕は近所の公園の滑り台で遊んでいた。
全体的にゾウの鼻を模したデザインのポピュラーなデザイン。階段をのぼるところから、スロープで滑り降りるところまで、子供でもひとりずつしか並ぶことができない狭さだった。自然と、前に人がいる場合は順番待ちとなる。
僕は滑った台そのものが好きだったからね。滑ったはしから乗り場の階段へ回り込んで、何往復もすることがざらだった。その日も、許される時間いっぱい堪能する腹積もりだったよ。
この時間、公園利用者は僕以外にいない。滑りながら何度も確かめていた。ゆえにこの「流れ作業」を止めうる存在はおらず、現れようものならすぐ気づけるはずだったのだけど。
何度目か分からない、階段の上り終わり。そのスロープへ続く、アルミ製のゲートの中にうずくまっている影があって「おっと」と足を止めた。
先にも話したように、公園に出入りする人の気配は気にしていたつもり。それをかいくぐって入ってきたとなれば、僕がスロープを滑っているわずかな時間だろう。そうであったとしても滑り台へ向かい、階段を上る音は僕の耳へ届いていてもおかしくないのだけど。
黄色く襟のある半袖ポロシャツと、水色の半ズボン。夏が近づくこの季節において、男の子によく見られる格好だ。こちらへ背を向けて体育座りをしたまま動かない。
「あの、先に滑ってもらっていいですか?」
声をかけたけれども、その子はやはり動かない。もう二、三度声掛けしても同じ。
他人の邪魔をするのは気が引けるけど、自分のやりたいことを邪魔されるのはもっと嫌だ。「ちょっとごめんなさい」と、うずくまっているその子をまたぐ形でスロープへ足をかけたのだけど。
にわかに、その子が立ち上がった。ちょうど、彼をまたいだタイミングでだ。
もうわずかにずれていたなら、局所に直撃といったところだったが、かろうじてお尻より。ダメージはさほどでもなかった。
けれども、満足に体を支えられずに後ろ足を跳ね上げられた僕は、そのまま前方宙返り。ステンレスのスロープの半ばへ背中から叩きつけられる。
痛みをこらえつつ、寝転びながら滑り台のてっぺんをあらためて見やったとき、すでにあの男の子の姿はなかったよ。やはり、階段を降りる気配など何もなく、ね。
彼のいなくなり方がまったく気にならなかったわけじゃないけれど、それ以上に僕は自分の遊びにケチをつけられたのが気に食わなかった。
ご機嫌斜めなまま、さっさと家へ帰ってふて寝してやろうともくろんだのだけど。
――あれ? 開いていない?
鍵をかけるとしたら、家を留守にするときだ。遊びに出るときは家に両親をはじめとした家族がいた。もちろん、僕が進んで鍵をかけることもない。
戸を叩き、声をかけるも家からは返事も動きもなかった。裏口へ回り込んでも同じ。
ならばと、事前に家族で決めている鍵の隠し場所から鍵を拝借。玄関の戸を開けたんだ。
――家族みんなで、急に家を空ける用でもできた?
首をかしげながらも、靴を脱ぐやドスドスと無遠慮に廊下を横断。手を洗おうと洗面所へ向かったところで、ばったりと出会った。
妹に、だ。
洗っていたのか、タオルを首にかけながら湿った髪をぽんぽんとなでていたが、向こうもこちらを見てぎょっとした顔をするや、「どうして、ここに…!」と、怒気と信じられないといった気持ちをふんだんにたたえた声音を出す。
ずいずいと、僕を玄関へ押し出していく妹。とまどっていたこともあったが、妹の力は強く、あっという間に戸の近くへ追い込まれてしまう。
「さっさと出てけ」
そう言い放つや金的……いや、先ほどの頭突きと同じく、尻近くにまで届くキックを僕はこの身に受けた。
ひるんだスキに、背後の戸をあけられて外へおっぽり出されてしまう。しばらく痛みにうめく羽目になったけれど、僕がここまでされるがままになっていたのは、不意打ちや動作の機敏さによるものばかりじゃない。
目の前に現れた少女を、本来は存在していない妹だと認識していたこと。それに違和感を覚えていない自分の感覚が、にわかに信じられなかったためだ。
ひとしきり悶えたあと、あらためて開けた戸の向こうでは、母親が出迎えてくれたのを皮切りにいつもの家族の姿があった。
両親、祖父母、弟の姿が、ね。僕の家に、妹はいないんだ。
けれども、僕の手にはひとつしかないはずの、スペアキーが握られている。確かめたところ、例の隠し場所に鍵はあり、僕が勝手にどこからかひねり出した形になっていた。
あのとき、僕は妹のいるパラレルワールドにいたんじゃないか……と思っているんだ。




