親が最期に思うもの
私の家は貧乏だった。極貧といっていい。
物心がつく前に父を亡くし、母と子の2人暮らし。母は私を養うため、寝る間を惜しんで働いていた。
子どもは、大人が思っている以上に相手の気持ちを理解しているものだ。私は幼いながらも、母が私を養うために苦労しているのを察していた。いつも空腹で、友達と同じ玩具はまったく買って貰えなかったが、私は何ひとつ文句を言わなかった。
運動神経の悪かった私は、とにかく勉強を頑張った。早く立派な大人になって、母を楽にしてあげたい、母を喜ばせたい。その一心だった。私は、学費免除の特待生として進学校へ入学した。
その頃を前後して、私は反抗期に突入した。自分でもよく理解できないまま、イライラが溜まり、母と毎日のように喧嘩した。
成長した私は、母の内心に、親心以外の何かを感じるようになっていた。愛する我が子のため、子どもを養うため……そういった母の愛情の裏に、この子がいなければもっと楽に生活がてきるのに、もっと自由に生きられるのに、という母の個人としての思いが見え隠れするようになってきた。
ある日の夜。反抗期、思春期の不安定な精神状態もあり、私は親子喧嘩の最中、ついに言ってしまった。
「どうせ俺がいなければ良かったと思ってるんだろ! 俺がいなければ、もっと楽に、もっと自由に生きられたと思ってるんだろ!」
その時の母の顔を忘れることができない。信じられないという気持ち、そんな訳がないという気持ち。そして、心の奥底を見透かされたという恐れの気持ち。それらが綯い交ぜになった表情……
気まずくなった私は、逃げるように自室へ向かい、そのまま寝てしまった。
母が倒れたのは、その翌朝だった。
救急車の中、私は母の顔を見つめた。意識が混濁し、焦点の合わない母の目。一瞬、目と目が合った。
私の顔をじっと見つめる母。その目から一筋の涙が零れた。
「お母さん!」
僕は叫んだ。その直後、母の顔がぎこちなく歪んだかと思うと、私の顔を見据えたまま動かなくなった。母の意識は二度と戻らなかった。
† † †
母の最期の涙。あの表情。私はその意味を考え続けた。
私のために必死で頑張ってきたのに、私にあんな酷いことを言われ、きっと私を恨んで死んだのだろう。悲しんで死んだのだろう。
いや、きっと母は私を愛していた。最期も私のことを大事に思ってくれていたに違いない。あれだけ苦労して私を育ててくれたんだ。きっとそのはずだ……頭ではそう分かっていたが、どうしても、私を恨んで死んだのではないかという思いが消えることはなかった。
そんな私は、無事に進学校を卒業した。大学には行けなかったが、そこそこの会社に就職することができた。
私は、その会社で知り合い結婚した妻との間に、女の子を授かった。
娘が生まれた日のことは今でも鮮明に覚えている。難産の末に生まれた娘。病室で娘の姿を見た私は、自分のこの後の人生は娘のためにあるのだと確信した。
産後の肥立ちの悪かった妻は、あっけなく逝ってしまった。悲しみに暮れる間もなく、私は仕事と子育てに追われた。
心身ともに過酷な日々。しかし、娘の笑顔を見れば、その疲れ、つらさは吹き飛んだ。私はがむしゃらに働き、子育てに奮闘した。
休日に娘と手を繋いで公園へ向かうとき、布団の中で娘に絵本を読んであげているとき……私は、やはりこの子のために生きているんだ、この子がいてくれて幸せだ、と心の底から思うことができた。
しかし、その一方、疲れ切った帰り道。娘がワガママを言ったある瞬間……私は、子どもの頃は貧乏で苦労して、大人になっても苦労するのか。この子がいなければもっと自由に、楽に生きられるのに。と、ふと思ってしまうこともあった。
私はそう思ってしまった瞬間、必死に頭を振ってそれを否定しようとしたが、その気持ちが完全に消えることはなかった。
娘は妻に似て美しく、そして聡明に育った。そんな娘にも反抗期がやってきた。
覚悟していたとはいえ、娘が私に向ける鋭い視線、辛辣な言葉は堪えた。娘とは毎日のように喧嘩になった。
ある日の夜、些細なことで口論になった際、娘は私にこう叫んだ。
「どうせ、私がいなければもっと楽に生きられるのに、もっと自由に生きられるのにって思ってるんでしょ!」
私は絶句した。そんな訳がない、私は娘を愛してる。そういう強い思いの奥底に、自分の薄暗い内心を見透かされたという狼狽の気持ちが浮かんでしまった。
「お父さん、最低!」
娘がそう叫び、部屋から出ていこうとした。それを呼び止めようとした私は、意識を失った。
† † †
いつの間にか、私は担架で運ばれていた。そのまま救急車に乗せられる。
傍らには娘がいた。今にも泣きそうな表情……
私は朦朧とした意識の中、娘の顔を見た。
娘の顔を見た私の心に浮かんだものは、娘の心情への心配、そして将来への心配だった。
娘は、さっきの喧嘩で父を傷つけたと思ってるのではないか……
娘はまだ学生だ。生命保険は十分に掛けているとはいえ、娘が社会人になるまでは何とか養わなければ……
私は必死に体を、口を動かそうとしたが、上手くいかなかった。意識が遠のいていくのが分かった。
私の頬を、一筋の涙が伝った。娘を安心させたいのにできない。娘が独り立ちするまで守り育てたいのにできない……それが悔しかった。
娘よ、ごめん。愛してる。愛してる……愛してる!
私は少しでもその気持ちを娘に伝えようと、何とか微笑もうとした。顔が上手く動かない。何だか変な表情になってしまった。
……そうか、母もそうだったんだ。
私はその瞬間に悟った。今なら分かる。母は私を恨んでなんかいなかった。母は、私を残して死ぬのが悔しかったのだ。そして、私への愛を伝えたかったのだ。子どもがいなければ……などという一時の迷いは、親の人生の最期において現れるはずがないのだ!
「お父さん!」
娘の声が聞こえた。もう目は見えなかった。
神様、どうか、どうか娘に伝えてください。私は、父は娘を愛していたと。どんなに喧嘩して、どんなに酷いことを言われたとしても、最期に親が思うのは、子どもへの愛なのだと……
消えゆく意識の中、私はそう祈り続けた。




