ともだち
◆英
この異世界でも、当たり前のように日は沈む。オレンジ色の太陽は都の奥に見える山に隠れ、辺りに夜の闇を連れてきた。
山賊達に敗北した伴天連の騎士団は逃げ出し、源八達は追撃に向かった。
九鬼班長は、槐の背中から手を離して立ち上がると、俺の方へと歩み寄る。
血に汚れた顔で眉間に皺を寄せ、剣幕で俺を睨める。何度かこの人に怒られた経験はあったが、今回は相当腹を立てているのが分かる。俺には当然自覚があった。
勝手にこの任務に参加した事と、先程の鉄線さんの事だろう。
隣で俺を支える千代草の顔は引き攣っている。班長のあんな顔を初めて見たのだろう。
「英ッ!! なんだその姿はッ!!」
厳しい叱責に思わず肩をすくめた。釣られて千代草の肩も跳ねる。
九鬼班長は俺の前に屈み、俺の後ろ首に左手を回して奥襟を掴むと、グイッと自分の方に引き寄せた。顔の近さに思わずのけぞりそうになる。
「馬鹿もの……こんな無茶をして、お前にまで死なれたらわたしは……」
涙声ではあったが、顔は俺を睨みつけたままだった。次に班長は右手を千代草の肩に伸ばして、優しく引き寄せた。
「千代草……お前もよく頑張ったな」
班長は両手で俺達二人を抱き寄せた。
「二人とも……ありがとう」
耳元で囁くよう伝えられた言葉に、俺達は小さな声で同時に「はい……」とだけ答えた。
班長の肩越しに、俺達を見つめる槐と目が合った。小さな声で何かを伝えている。
「ワシの負けじゃ」
声は届いて来なかったが、確かに唇はそう動き、口元を緩ませていた。
いつの間にか騒乱の音は翳りを見せ始めている。遠くで勝鬨を上げる声が聞こえてきた。この世界の兵士が伴天連の騎士団を討ち倒したのだろう。
その声に気を取られている時だった。槐の体に異変が起きた。
急に胸元を掻きむしり、苦しみはじめたのだ。
「槐班長ッ!?」
それに気づいた九鬼班長が、駆け寄ろうとしたが、槐が手を向けて制止する。
「来るなッ! ……ぐおッ!」
槐が体をのけ反らせると、胸部から血飛沫が上がり、中から小さく角ばった集合体が姿を現した。それは多くの“折り鶴”だった。
血に濡れた折り鶴は、苦しむ槐の体からバラバラと溢れ落ちる。唖然とした俺達はただそれを眺めたいた。
「な、なんだ、アレは?」
俺の呟きに九鬼班長が反応した。
「これは、まさか!? 緋衣か!? 」
「呼びましたか? ……」
背後から返事が聞こえた。俺達が振り返るとそこには紫雲英ともう一人、見た事のない若い男が立っている。その男の手には、折り鶴が幾つも吊り下げられた千羽鶴があった。黒髪を真ん中で分けてある男の目は暗く澱んでおり、どこか弱々しくも見え、幽かな印象だ。
「紫雲英班長、緋衣……何故ここに!?」
「お疲れ様、九鬼班の皆さん。後は私達が引き継ごう……君達は怪我人だ。早く帰還するといい」
紫雲英は優しい口調とは裏腹に、冷たい視線を俺達に送る。
「それには及びません。槐の身柄は我々の監視の元です。手出しは無用……」
九鬼班長はそう言って立ち上がると、俺を見た。
「英、千代草と槐班長を連れて先に帰還しろ」
そう言われて返事をする前に緋衣が呟いた。
「九鬼班長って……アホなの?」
暗い瞳をコチラに向けたまま薄く笑っている。
「おいお前! 班長に向かって何言いやがる!」
頭に来た俺は反射的に言い返していた。
「腕力だけがとりえの脳筋のアホなんでしょ? 自分の置かれた立場を理解していないよね? 任務にはタイムリミットがあるんだよ? 開始より四十八時間以上経過した場合、別の班が任務を引き継ぐんだよ? 班長のくせに知らないの? そっちの二人は当然知ってるよね? ね?」
大人しい印象の緋衣は、早口の疑問形で捲し立てる。
そうだ。俺はこの任務に途中から参加していたが、班長は開始からすでに丸二日経っているのか。
「君達が帰るのは構わないが、槐は置いてゆけ」
紫雲英が九鬼班長の側に行き、肩に手を置く。
「後は我々の仕事だ……」
そう言って倒れている槐に向かって歩みを進める紫雲英を、九鬼班長は呼び止めた。
「待ってください、紫雲英班長。彼をどうなさるつもりですか?」
紫雲英は振り返らずに、低く落ち着いた口調で答えた。
「当然死んでもらう。知りたい事はすべて鳶尾から聞けばいい」
その言葉を聞いて、九鬼班長は拳を固めて抗議する。
「連れ帰り、裁判にかけるべきです! ……彼は法律の外から子どもを助けようとした。弁明する権利はあると思います」
「やっぱりアホなの? そーゆーことを言ってるんじゃないよね? 救済課の人間が、任務以外で異世界へ向かうのは重罪だよね? 子どもを拉致して人体実験して救出対象者まで利用してたんだよ? 極刑に値するよね? こんな騒動起こした奴に温情なんて必要ないよね? つーか、アンタの部下が一人死んでるんだよね? アンタ悔しくないの? ねぇ?」
緋衣は九鬼班長を罵るが、班長の耳には届いていないのか、振り返らずに紫雲英だけを見ている。ただ、俺の方が我慢の限界だ。
「ねぇねぇねぇねぇウルセーよお前、語尾上げなきゃ喋れないのかよ?」
「は? なんなのお前? 殺してほしいの? アホガキなの?」
「あぁ、殺してみろよネチネチ陰湿野郎……」
「英さん、落ち着いて」
千代草が俺の体を掴んだその時。
「もう……ええ……」
倒れて血を流す槐が弱々しくそう言ったのが聞こえた。
「もう、ワシは……助からん……」
紫雲英は槐に近づき、そして見下ろした。
「長年の付き合いだ。何か言い残す事はないか?」
「残念じゃ……ワシとお前は、同じ傷を持った仲間じゃと思っとったがのぅ……」
槐は強がるように口角を上げてそう言った。
「俺の傷は、俺の傷とは比べ物にならない程高尚な物だ。一緒にするな」
「ほぉか……なら、子どもは?……サキはどうなった?……鳶尾は?……ゴホッ! 無事なんか?……」
「手術はまだ終わっていない……鳶尾は保護した。今回の一件、上は主犯のお前だけを消すつもりだ」
「……あぁほぅかい、ならそうしてくれや……ごほっ!ごほっ! ……はぁ、うまいこと……いかんかったわい……」
それだけ言うと、槐は目を閉じた。呼吸する度に上下していた胸の動きが完全に止まる。
「…………」
戦火の匂いと闇が周囲を支配した。誰も言葉を発することなく、この異世界で槐の最後を見届けた。
◇ここは夢か現か、はたまた誰かが願った異世界か……
よく晴れた昼下がり、砂浜に突き立てたカラフルなビーチパラソルの下には二人の男女の姿があった。
二人の間を通り抜ける穏やかな風は、海の匂いを運んできている。
白いワンピースに麦わら帽子を被った一人の女の子が波打ち際ではしゃいでいた。その姿を二人は目を細めて眺めている。
その女の子を見つめながら女が口を開いた。
「班長はお人好しが過ぎる。やらなくていいことにわざわざ首を突っ込んで、そして悩んで苦しんで……馬鹿みたいよ」
男も、はしゃぐ女の子を見ながら答えた。
「ほぉじゃのう……ワシは馬鹿じゃ。迷惑じゃったか?」
女は首を横に振る。
「迷惑かけたのは私たちの方だよ……班長の人生を狂わせちゃったもん……ごめんね」
男は、かかかと笑う。
「いいや、お前ら親子に出会えたおかげで、人生に“張り”っちゅーのが出たわ。大した事はしてやれんかったけど、悪くない人生じゃたわ」
「大切な人もいたんでしょ?」
「確かにアイツのことは気掛かりじゃが、ああ見えて器量のええ女じゃ、他にええ男見つけるじゃろ」
少女が二人の元へと駆けてきた。
「ママ! パパ! あっちにかき氷屋さんがあるよ! 食べてみたい! 行こうよ!」
屈託のない笑顔でそう言うと、少女は二人の手を引っ張る。
「ちょっと、もう!」
「おぉ! ちからが強くなったのう」
立ち上がった三人は手を繋ぎ、砂浜に足跡をつけて歩きはじめた。
*次回、最終話




