昔日の記憶 二
◆英
女は巨大な戦斧を両手で持ち抱えると、まるで踊っているかのような戦い方を魅せた。
左手は柄を握り、右手は戦斧の刃先の反対側にある取っ手を握っている。
自分の身の丈ほどの戦斧を軽々と振り回し、振るった斧を中心にして、遠心力で自身の体を投げて悪魔を蹴り飛ばす。背後からの攻撃を、背中に目でもあるかのように斧で受け止め、返す刀で悪魔の首を簡単に斬り落とした。
懐に潜り込んできた悪魔には肘を柔らかく曲げてコンパクトな体勢で斬り伏せる。一刀両断、二刀四断。
悪魔達の攻撃を、何手も先読みして躱し、防ぎ、斬り伏せる。血飛沫が舞い、断末魔の叫びが俺の耳をつんざく。その鬼神のような動きに、俺は思わず感嘆の声をもらしていた。
「すげぇな……」
ゲームのバグのような、物理法則を無視した動きに魅了されてしまう。
最後に残った悪魔を、ロックンローラーがマイクスタンドを蹴って一回転させるパフォーマンスのように、戦斧を蹴って回転させると、頭から縦に二つに割った。
女は終始、表情を崩さなかった。
死んだ俺の部下はすべて光球となり、俺の中に還った。
女は手に持っていた戦斧を、まるで手品のように跡形も無く消した。異世界にいる身ではあるが、それがどういった技術なのか分からず、とても不思議に思えた。
「救出対象者、ロの三百八十号……廣田英臣さん、ですね?」
女は俺に手を伸ばし、憐れむような目で続けてこう言った。
「キミをこの異世界から排除する……さぁ、帰りましょう」
さっきまで全てがどうでもいいと思っていたはずなのに、勝手にこの世界にやってきて、圧倒的な強さを見せつけた女のその一言が、どうにも腹立たしかった。
「帰るだと? どこへ? 俺はこの世界で人生を終えるつもりだ」
「現実の世界でどんなに辛いことがあったとしても、キミがこんな所に引き篭もる必要はないんだ。元の世界に戻って適切な治療を受けた後、社会復帰してほしい」
淡々とした口調で女が口にした言葉は、ついに俺の逆鱗に触れた。
「ふざけんな……あんなクソみたいな世界に未練はねぇよ。さっきも言ったがお前はお呼びじゃ無ぇ、テメーひとりで帰りやがれ」
女が耳に装着しているイヤホンに指を当て「……帰還」と呟くと、目の前から姿を消した。
消えた? そう思った瞬間、俺は後ろから襟首をがっしり掴まれていた。そしてすぐに、ぐにゃりとした視界が広がり、上下不覚となると平衡感覚が失われ、気絶しそうな程に強い目眩に襲われた。
────
はたと気づくと、俺は仰向けになって夜空を見上げていた。先ほど感じた目眩は治ったが胸につかえる気持ち悪さだけは残っている。背中には草の感触があり、青臭さが鼻腔をついた。
辺りを見渡す。真っ暗で何もない山の中のようだ。
秋の夜によく耳にした虫の鳴き声が聞こえる。
懐かしさが込み上げると共に、あの日感じた絶望感が胸に飛来した。
あぁ、俺は連れ戻されたんだ……見放された世界に……
「現世に還す、了」
女はすぐそばに立っていた。その姿を見て怒りは再燃した。俺は上体を起こし、まだ少しだけふらつく体を踏ん張りながらゆっくり立ち上がった。
「勝手なことしやがって、殺してやるよオバサン!」
異世界で多くの人を殺めてきた俺は、この世界でも魔王の力が通用すると確信している。
この女をズタズタに引き裂いて殺した後、このクソみたいな現実世界も破壊してやると決めた。
「流石に、オバサンは心外だな。こう見えてまだ二十ニだ」
「知るかよ、ヤニ臭ぇ息吐きやがって! ブチ殺す!」
俺は両手で穢悪を解放する印を組む。
「廣田さん、残念だが異世界で使えた能力はここでは……」
血中に魔力を流し込む。俺の体から立ち上がる赤い蒸気を見た女は、目を見開いて言葉を飲んだ。
「十二の穢悪よ、我が肉体に宿れ!」
*次回、『昔日の記憶 三』




