班長会議 前段
◆英
俺は異世界転生救済課に務めはじめて四年目になる。いまだに丸一日の休日を取れた事がない。異世界転生救済課は恒常的に人手不足なのだ。
昨日、桔梗に怪我を診てもらった後も報告書と次回の救出対象者の事前調査で忙しく、結局帰宅したのは日付けが変わる頃だった。
そして朝になって俺は、鉄線さんと、千代草の三人で、車でとある調査場所に向かっている。
昨日、施覆花さん達が松代から聞き出した情報を鉄線さんから教えてもらうかたちとなった。
松代は三ヶ月ほど前、とある匿名掲示板で知り合った人物から異世界転生できるアプリの存在を教えてもらっていた。
最初はそんな話を事を信じていなかった松代だったが、実際にその人物と接触して一度異世界へ行れていかれたのだそうだ。
そして異世界で肉欲に溺れた松代は、その人物からアプリの購入を決意。親と消費者金融から金を借り、二百万をソイツに支払ってネペンテスを手に入れた。
ネペンテスを使用した時点でアプリ入手時の記憶は消されるはずなのだが、何故か松代は覚えていた。
今は松代の証言から特徴が一致する人物を追っている。
「松代のスマホには、ソイツとのやり取りが残っていた。ログを辿ればすぐに特定できるだろう。
その人物の件もふまえて、今日、緊急の班長会議があるそうだ」
鉄線さんはハンドルを握ったまま俺と千代草に教えてくれた。
「ふまえてとは?他に何か重要な事案が発生したんですか?」
後部座席に座っている千代草が、運転席と助手席の間に身を乗り出して聞いた。
「あぁ、どうやら紫雲英班の榛が、ある単独任務の最中に姿をくらませたらしい…今も行方はわからない。今回の会議ではそれも件も含まれている」
助手席に座る俺は、ぼんやりと流れる景色を眺めながら考えを巡らせている。
榛は俺と南天の同期だ。双剣の使い手で腕は相当立つ。
いつもは紫雲英さんとバディを組んでいたはずだが、単独での任務中に消えたとは……一体何をやっていたんだ?
俺達を乗せた車は、現場に向かって走り続ける。
◇???
都内某所には大正時代から残された古風な洋館がある。
現代に至るまで何度も補修され、美しく保たれたその洋館の敷地内には、手入れの行き届いた広い庭がある。
その中央には、個別に設けられた椅子とテーブルが三組ずつ並んで用意されていた。
晴れ渡る空の下、そこには丸レンズのサングラスをかけた派手なジャケットの男、槐と、髪をうしろに撫で付けている目つきの鋭い男、紫雲英の二人が同じ方向を向いて離れて座っている。
二人の元へ、クラシカルなメイド服の女性が近づくと、テーブルの上に置かれたティーカップに紅茶を注ぐ。
芳醇な茶葉の香りが辺りを包んだ。
メイドが一礼してその場を去ると、槐がティーカップを、親指と中指の二本で上から掴み取り、口に運んでじゅるじゅると音を立てながら飲みはじめた。
離れて座っている紫雲英が口を開く。
「なぁ槐……ハダカデバネズミて知っているか?」
「んあ?」
突然の紫雲英の言葉に、槐は戸惑う反応をした。持っていたティーカップを、中身をこぼさない様にゆっくりソーサーに戻す。
「だんまりしとる思うとったら、いきなりネズミの話しか?」
紫雲英は足を組み、テーブルからソーサーを持ち上げて、紅茶をいただく。一口飲んで言葉を続けた。
「ハダカデバネズミは集団の中に真社会性を形成している生き物だ。これは人間以外の哺乳類では非常に珍しい。蟻なんかとよく似ていてな、頂点に君臨する女王が繁殖を。その相手を二、三匹の雄が務め、その下には兵隊役のネズミと労働役のネズミがいる。いわば、コミュニティの中にカースト制度が存在しているのだ」
紫雲英は、槐の方を見ずに、ずっと正面を見据えて喋った。
「ほぉ、ネズミの癖に人間様のマネでもしとるんか?好き勝手生きりゃあええのに」
槐は小指を耳の穴に突っ込んで垢をほじり出している。
「ただ……面白いことに、ハダカデバネズミ社会の下層の者は、他者の『足を引っ張る』習性があるんだ。これは他の抜きん出た仲間の功績を邪魔する行動だといわれている」
槐の動きがピタリと止まる。
ここでようやく紫雲英が槐の方へ顔を向け、少しだけ口角をあげた。
「これも、人間社会の模範だと思うか?」
「なんじゃそれ?公安におった時の取り調べのテクニックか?」
お互いが視線をぶつけ合い、庭園を異様な重圧が包み込んだが、一人の人物の登場でそれはたちまち霧散した。
「九鬼、ただいま到着いたしました」
*次回、『班長会議 後段』




