渇愛(かつあい)
◆英
桔梗は救出課の医療班のひとりだ。彼女もまた、元異世界転生者である。
あっちの世界に居た時は、どんな怪我でも治せる回復魔法に特化した魔法使いだったそうだ。
そしてその力をお持ち帰りしたお土産の能力持ち。
「にゃるほど、にゃるほど〜」
裂けたジャケットとシャツを脱がされ、上半身裸の俺は診療ベッドの上に仰向けで寝ている。
俺の体の傷をまじまじと見た桔梗は、顎に手を当てながらにんまりと笑った。
「つまり〜、…こうね。性欲つよつよ救出対象者と猫耳ケモナー少女達との熱烈な情事を邪魔したハナはケモナーにひっ掻かれた件!」
パチン!
桔梗はふざけながらも的確な事を言うと、得意顔で俺に向けて指を鳴らした。
「違わないけど違います!」
「ちょっと違う」
俺と千代草は同時に否定した……ん?
千代草はまた顔が真っ赤になっている。
「てか、なんでお前がムキになってるんだ?」
「は?なってませんけどッ!」
千代草は俺を睨みつける…なぜ?
「ま、じょ〜だんはさて置きィ、出血は止まってるし、傷口に異世界の残留物は見当たらないわ。問題ないっしょ。あたしの能力を使うほどではないわね。後はかるく処置しといてあげる」
桔梗は傷口を消毒して包帯を巻く処置をしてくれた。
余談だが、追跡者から攻撃を受けた時、ごく稀に、傷口に異世界の物質が体内に残るケースがある。これを知らずに放置していると精神に異常をきたす場合があるのだ。
「いたいのとんでいけ〜♪」
桔梗は包帯を巻き終えたあと、楽しげに口遊んで処置した部分にデコピンをした。
「痛ッ!」
「ふふ〜ん、鈍いね、ハナは」
は?…なんだそりゃ?
◇???
彼らのポイントRは、瀬戸内海に浮かぶ無人島だった。
その島はすでに隔離結界うつしよとのわかれで島全体が客間となっている。
結界の内側にいる日本刀を携えた彼は、中世の甲冑を纏った騎士の追跡者達と、戦っていた。
騎士達の武器はフレイル、ロングソード、ジャベリン、クロスボウなど様々だ。その彼は、ガシャガシャとプレートアーマーを鳴らしなが攻撃を仕掛けてくる騎士達を、ひらりひらりと躱す。
その動きは、急流な川を沈まずに流れる笹舟の様に流麗だった。そして、騎士が着込んでいる甲冑のわずかな隙間へ刀を滑り込ませると、簡単に命を奪う。
現在、炭化させた騎士の数は三百を超えている。
「きょうは、もうコレでおわりだよ」
彼は最後に残った追跡者の攻撃を刀でいなすと、するりと騎士の背後に周り込み、膝裏に蹴りを入れて体勢を崩すと、躊躇なく首を斬り落とした。一振りの刀剣だけで重厚な騎士団を壊滅させたのだ。
「ふー」
彼はひとつ息を吐いて納刀すると、自身の上司に訓練の終了を告げた。
「えんじゅはんちょう、つかれました」
異世界転生救済課特有の黒いスーツを着た真っ白な頭髪の美少年。年齢は十七くらいだろうか。
彼は汗を一滴も流さず、呼吸をひとつ乱さずに涼しい顔をして微笑む。白く長いまつ毛が揺れた。
「ほぉか……鳶尾ちゃん!テストは終わりじゃ!アレ、しまえや!」
坊主頭で丸いサングラスをかけ、金と黒の市松模様の派手なジャケットを着た長身痩躯の男、槐は歪みの両端に浮かんでいるドローンのような機械を指差した。
「了解ネ…」
槐から、鳶尾と呼ばれた小柄な女。彼女は救済課の開発部員である。長いボサボサの髪型で気だるそうな表情をしている。
鳶尾は手元のコントローラーを操作してドローンを歪みから遠ざけると、歪みは音も無く夜空に消えた。
「無理くり歪みをこじ開けて、追跡者を現世にバンバン送る。…これも商品のひとつになるのぅ」
槐は派手なジャケットの内ポケットから扇子を取り出し、あおぎながらニヤリと笑った。
「はんちょう、ドリーマーはどうするの?」
白髪の少年が槐に聞いた。
「あぁ〜、ほーじゃった!すっかり忘れとったわ!」
槐達は、若い男性救出対象者をロープで木に縛り付けていた。
彼を餌に、追跡者達を誘き寄せていたのだ。この状態ですでに三時間が経過していた。
鳶尾が救出対象者に近づいてロープを切って解放してやると、救出対象者は地面にへたり込んだ。
「救出対象者、ハの五十号、斉藤史哉……甲冑を着て仲間の騎士団と共に戦う世界に憧れて『ウツボカズラ』に手を出したネ。
注文したのはタクティカルシュミレーションゲーム風の世界、『聖オリヴィア公国物語』だったかネ?」
鳶尾は救出対象者を冷たい目で見下ろしながら言った。
鳶尾を見上げる斉藤は、畏怖の念に駆られてガタガタと震えている。
「貴方を追いかけて沢山のお仲間が来ましたネ。まぁ、全滅してしまいましたが…
人生がちょっと上手くいかなかったくらいで、こんな自分本位のクソみたいなぬるい設定の異世界へ逃げこんで楽しかったですかネ?」
鳶尾は拳銃を懐から取り出して救出対象者の額に突きつけた。
「ひぃッ!こ、こ、殺さないで!」
斉藤は頭を抱えて命乞いをする。
「いちはつちゃん、まって」
鳶尾がジトっした目で少年を見やる。
「たたかってるときに、きづいてたんだけど、あっちでぼくたちをみてるひとがいるよ」
少年は島の沿岸の岩陰を指した。
「なんじゃあ、ネズミがおったんか?ワシぁ気付かんかったわ」
三人が一同に岩陰を見つめると、一人の男が姿を現した。黒のスーツ。異世界転生救済課の人間だ。
「お前は……紫雲英班のとこの……誰じゃったっけ?」
「榛です」
槐の問い掛けに榛は名乗った。
「それで……貴方はここで何をしていたのかネ?のぞきかしら?いやらしい奴ネ」
鳶尾が榛に銃口を向ける。
「貴方達こそ、何故こんな事を?追跡者と合歓を無駄に戦わせる必要がどこにありますか?」
「むだじゃないよ、ぼくのレベルアップのためだよ」
合歓と呼ばれた少年は悪びれることなく微笑んだ。
「歪みに取り付けたあの装置はなんですか?一体何を企んでいるんですか?」
榛の質問に、三人は答えることなく、しばらく沈黙だけが流れた。
槐がタバコを取り出す。火をつけて煙を深く吸い込み、ようやく口を開いた。しかし発せられた言葉は榛の審尋に対する答えではなかった。
「……榛くん。今日見た事、紫雲英に報告するんか?」
槐からただならぬ気配を感じ取っ榛は半身に構えた。
「勿論そうするつもりですが……オレをただで帰すつもりはなさそうですね」
そう言って腰の短刀二本を抜いて逆手に待ち構える。
「う〜ん…」
槐は空を仰いで腕組みしたままうなった。
「槐班長、ここでコイツが消えたら、ますます紫雲英に怪しまれるネ。どうするネ?」
鳶尾は榛に銃口を向けたまま槐に訊く。
「ま、ええか。蒔いた種は無事に実った…収穫の時期が来る。榛くんの命をもって開戦の狼煙にしよかぁ」
槐がニタリと笑うと、合歓が刀の柄を握った。
「蜂窩桃源郷化計画のはじまりじゃ」
*次回、『班長会議 前段』




