第九話_強制送還
「おわあ!?」
沈んだ顔で奉行所から出てくる松乃信の姿を見て、門番が素っ頓狂な声を上げた。
「っと…『め組』の頭、お帰りですか。お早いお着き(釈放)で。」
シンジやユウジに向ける「ゴミを見る目」とは明らかに違う、敬意と困惑の混じった態度だ。
「ったく…、突然総出で武器を持って殴り込んできた時には流石に心臓が止まるかと思いましたよ。何かの反乱か、さもなくば質の悪い余興かと…。」
門番が深く溜息をつく。
松乃信率いる「め組」は、江戸の火消し。
奉行所にとっては治安維持の協力者であり、いわば公務員仲間の身内だ。
「奉行所も『め組』も、江戸の平和を守る表裏。本当、こういう心臓に悪い冗談はやめてくださいよ?」
門番の口調には呆れの色こそあるが、そこには「身内の不始末」を許す甘さがあった。
「…はい。正直、色気づいて調子こきすぎました。アタシったらお茶目さん♪」
うなだれたまま、松乃信と後ろの組員たちが揃って謝罪する。
「殴り込みなんて、本来なら即刻牢屋行きですよ? 『め組』の看板に救われましたね。」
その言葉に、どさくさに紛れて一緒に解放されていたシンジが過敏に反応した。
「牢屋行き…?牢屋って、あのアニキが今ブチ込まれてるっていう…!?」
門番は、その隣にいる男が「昨日のバカ」の一味だとは露知らず、ヘラヘラと笑いながら続けた。
「そうですよ。昨日も血走った目で『将軍暗殺』だの『仇討ち』だのと叫んで攻めてきたバカな男が捕まりましてねぇ。まあ、恰幅だけは立派でしたけど、恐ろしく弱かったから瞬殺でしたけど。」
「おまつさん!何とか言ってやってくだせェ!アニキのことや!こんな仕打ち我慢ならねぇよ!!」
耐え切れなくなったシンジが、うなだれる松乃信の袖を小声で引く。
「シンちゃん無理よん…。お上(奉行)には勝てっこないわぁ。」
松乃信の乙女回路は、今は「反省モード」で手一杯のようだ。
「本当に、これからは火を消すことだけ考えてくださいよ?」
門番はそう念を押し、背を向けて奉行所の中へ戻ろうとする。
その時、シンジの「弟分魂」が爆発した。
「も…、門番の旦那ぁ!アニキを…、そこにいるはずのアニキを出してやってくだせェ!!」
シンジは門番の足にしがみつき、必死に絶叫する。
「しつこいですよ。今捕まってるバカと、アンタら『め組』に何の関係が…?」
言いかけて、門番はシンジの顔をまじまじと見つめた。
その記憶の引き出しが、勢いよく開く。
「…お前、よく見りゃ『め組』じゃないな?」
顔を近づけて覗き込む門番に、シンジは隠し事のできない純粋すぎる瞳で答えた。
「へへっ!せやで?ワシぁ『め組』じゃなくて、シンジや…、正真正銘生粋の江戸っ子じゃあ!」
「…お前、この数日、何度も騒ぎを起こして突き出したバカ二人組の片割れじゃねぇのか?」
ここで嘘をつけば逃げられたかもしれない。
だが、シンジは「自分を思い出してくれた」という喜びと、アニキへの忠誠心で頭がいっぱいだった。
「ヘヘッ…、さすが門番の旦那、お目が高い!」
誇らしげに鼻の穴を膨らませて胸を張るシンジ。
門番は、天を仰いでこの世で最も深い溜息を吐き出した。
「『め組』の頭、俺…言いましたよね?『め組』じゃなかったら牢屋行きだって。」
冷徹な門番の声に、シンジの顔から輝きが消えた。
「…旦那、それって、どういう意味ッスか?」
可哀想な知能指数のシンジでも、ようやく空気の凍りつきを察知したらしい。
泣きそうな顔で後ろの松乃信を見やる。
「あんら、シンちゃんたら大胆♪自由の身だったのに、わざわざ自分から履歴書を牢屋に出しちゃうなんて…。」
松乃信はやれやれと肩をすくめた。
これがシンジの「ゲームオーバー」の合図だった。
「助けて!助けておまつさぁぁぁぁぁん!せめて、せめてアニキと同じ部屋にしてぇぇぇ!!」
シンジの魂の叫びは空しく響き、彼は門番に首根っこを掴まれて引きずられていった。
そして…。
シンジは牢獄へと強制送還された。




