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第七話_「め組」の衆

「あんら、少し刺激が強すぎたのかしら?おほっ!」


シンジが蟹のように泡を吹いて失神したのを見届けると、女…いや、その皮を被った怪物は、暗がりにニタリと不気味な笑みを残し、衣の擦れる音と共に襖の奥へと消えていった。


◇◇◇


「あっはっはっは!あの怪我人、親方の顔を見た瞬間に、白目剥いてまた落ちやがったってよぉ!!」


シンジが倒れている離れから少し離れた大広間。

そこでは、白と黒の鮮やかな縞模様のハッピに身を包んだ男たちが膳を叩いて爆笑していた。

ハッピの背には、江戸っ子なら誰もが知る「め」の一文字。

火事と喧嘩の華、「め組」の衆である。


「親方も親方だぜ!あの顔面兵器を初対面の病人にブチかますなんて、殺生が過ぎるってもんだ!」


「ぎゃははは!違ェねぇ、そいつぁもはや暗殺だ!!」


肩を揺らして笑っていた一人の若衆が、ふと背筋に鋭い氷を押し当てられたような寒気を感じて振り返った。

その瞬間、広間から一切の音が消える。


「アタシの顔が…何ですって?」


そこには、極彩色の地獄が立っていた。

目に鮮やかな紅色の振袖を纏い、髪はこれでもかと艶やかに結い上げられ、金色の櫛が鈍い光を放つ。

遠目に見ればどこかの大店の令嬢だが、その本性は泣く子も黙る江戸八百八町の火消し隊「め組」の頭、本田ほんだ 松乃信まつのしん

白粉の下に鋼のような筋肉を隠した、正真正銘の「雄」であった。


「お、親方…。い、今のぁただの冗だ…、」


若衆の弁明は、肉が潰れる鈍い音と共に悲鳴へと変わる。

一人の絶叫は連鎖し、大広間は瞬く間に阿鼻叫喚の屠殺場と化した。


◇◇◇


「アニキィィィィィ!」


地獄の喧騒に呼び寄せられるように、シンジは再び現世へと這い戻った。

全身に嫌な汗がまとわりついている。


「あ、悪夢か?アニキの顔が、なんかこう、凄まじい化け物に…。」


荒い息を吐きながら額の汗を拭う。

だが、夢なら覚めているはずなのに、男たちの断末魔が止むことなく耳に届いてくる。


「ってか、ココぁどこじゃあ!?」


混乱し、叫び声を上げるシンジだったが、その声は広間から漏れ聞こえる「ぎゃああああ!」という野太い悲鳴にかき消されていく。


「え、何?何が起きてんの?」


震える手で、枕元の竹光を掴む。

傷口が焼けるように痛むが、それ以上に隣で起きている凄惨な何かが気になり、シンジは吸い寄せられるように布団から這い出した。

幽霊のように廊下へ滑り出ると、悲鳴の出どころはすぐ先の大きな襖のようだった。


(何が…起こってやがるんだ…。)


恐怖のあまり、痛みすら脳の端へ追いやられた。

シンジは音を立てないよう、抜き足差し足で廊下を進む。

やがて叫び声はピタリと収まったが、その静寂がかえって心臓の鼓動を爆音のように響かせる。


「アニキ…、ワシに、ワシに力を貸してくだせぇ!」


シンジは震える手で、大広間の襖に指をかけた。

そして、半ば自暴自棄に勢いよく引き開ける。


「ウオラァ!誰だか知らねぇが、やってやんよぉ!!」


竹光を構え、へっぴり腰で虚空を睨む。

だが、次の瞬間。

シンジの目から光が消えた。

手にした刀が、乾いた音を立てて畳に落ちる。


「な、なんじゃこりゃぁぁ!」


そこにあったのは、シマ模様のハッピを着た屈強な男たちがゴミ捨て場の残骸のように折り重なり、白目を剥いて転がっている無惨な光景だった。

全員が絶命…はしていないようだが、完全に魂を抜かれている。

そして、その中心にただ一人背を向けて立つ「女」がいた。


「あんら?お目覚め?」


聞き覚えのある、大地を揺らすような野太い声。

シンジの全身に本日何度目か分からない悪寒が走る。


「元気になったようね、ボウヤ?」


ゆっくりと振り返った松乃信に、シンジは戦慄した。

血のように赤い着物。

乱暴に塗りたくられた真っ白な顔。

そして、その下から覗く岩のような胸筋と、うっすらと浮かぶ青髭。


「ば、化け物ォォォ!」


シンジは目を見開き、魂の底から絞り出した声で呟いた。


そして…。

これまでで一番高い音域の悲鳴が、め組の屋敷中に響き渡った。

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