第九話_やたらと長い廊下
「へぶぉあ!」
頬を思いっきりヘコませて、ユウジは牢屋の反対側まで吹っ飛んでいった。
大袈裟すぎるんじゃないかってほどの、見事な吹っ飛び具合だ。
「ア、アニキ!だ…大丈夫ッスかぁ!?」
手加減はしたつもりだった。
シンジは驚きながら、牢から身を乗り出す。
「アニキィィィ!」
数秒の間を置いて、ユウジが小さく呟いた。
俯いていて表情は分からないが、声だけは震えている。
その震えが、悲しみなのか怒りなのか…。
「痛ぇじゃねぇかシンジェァ!!」
怒りだった。
真っ赤になった頬を片手で押さえ、右手を握り締めてユウジが立ち上がる。
その顔はまさに鬼。
血管ブチブチで真っ赤ってわけだ。
「え…? ア、アニ!?」
瞬間、シンジの体も牢の奥へと吹っ飛んで行った。
「ぎゃああああああ!!」
奥の壁へ激突し、地面に倒れ込むシンジ。
何で殴られたのか分からないって表情で、自分を見下ろすユウジへ目をやる。
そこに飛び込んできたのは、ユウジの涙だった。
我慢することなく流れ続ける涙が、彼の頬を濡らしている。
「痛かったんや…。もんの凄く痛かったんやぁ!」
情けなさすぎである。
しかし、そんなユウジにシンジはなぜか感動していた。
「アニキの…アニキの心が痛がってらっしゃる。ワシのためにアニキが泣いてくれている…。」
凄まじく無理矢理な解釈だが、本人が納得してればもうそれでいい。
「アニキィ!ワシぁ、ワシぁ…!」
二人は泣いた。
ためらうこともなく、少し離れた所で見ている清十郎と松乃信を尻目にひたすら号泣し続けた。
まあ、松乃信も貰い泣きしてるんだけど。
◇◇◇
「では気を取り直して。半蔵さんの所へ行きましょう。」
ようやく二人が泣き止むと、シンジを牢から出して清十郎が言った。
笑顔ではあるが、どこか疲れたような笑みだ。
まあ、こんな熱いのか馬鹿なのか分からない人間ドラマを強制的に見せられれば、疲れるのも当然である。
「フヘヘ…ワシらが揃えば、半蔵なんぞ赤ちゃんじゃけぇのぉ、アニキ!」
指をクニクニと動かしながら、不敵に笑うシンジ。
その横では、ユウジが抜いた刀をペロペロと舐めている。
今回は誤って「切れる方」を舐めるという失態はしなさそうだ。
「ウヘヘへヘ…。血が足りねぇ、血が足りねぇって、この刀が泣いとるけぇのぉ…。」
御奉行から貰った刀がそんな意味不明なことを言って泣くわけはないが、その前にこの二人。
どこをどう見ても悪役にしか見えない。
「はは。でも気をつけてくださいよ? 半蔵さんは強いですから。」
清十郎が軽く言う。
薄暗い雰囲気とは裏腹に、まったく緊張感のない感じだ。
「そういえば清ちゃん。半蔵さんの身代わりって、どんな人なのん?」
後方で威勢良く話している二人には聞こえない声で、松乃信が問いかけた。
「この地下牢にいる男の中で、一番危険な人です。」
いつも笑顔な清十郎が言うと何だか危険そうには聞こえないが、彼は話を続けた。
「『池平 猪助』。実は前に、伊田陀鬼屋で働いてもらおうと呼んだんですが…。」
そして…。
やたら長くないか? ってな地下牢の廊下を歩きながら、清十郎の昔話が始まった。




