第七話_降臨
「ぎゃああああああ!!」
凄まじい衝撃と共に、ユウジの体が物理法則を無視した角度で宙を舞う。
その放物線の終着点は、奇しくも運命の場所―――「伊田陀鬼屋」の正面扉であった。
粋で軽快な謝罪の言葉を残し、疾風のごとく去っていくのは飛脚の武田一 輝光さん。
普通なら即死、運が良くても一生歩けないレベルの追突だが、轢かれたのがユウジであったことが唯一の救い(?)だった。
江戸っ子気質の輝光さんは、ユウジが十数メートルほど弾け飛んだことなど一ミリも気に留めず、光速のステップで大通りの彼方へと消えていった。
◇◇◇
「ホントに…上はどうなってんだよ?騒がしくなったと思ったら急に静まり返って…。」
地下牢のシンジにせっつかれ、ブツブツと独り言をこぼしながら階段を上がってきた下っ端。
一階の店内に辿り着いた彼は、あまりの「静寂」に目を見開いた。
「あれ?なんで石田さんが店にいないんだ?店を空けるなってあれほど口うるさく言ってるのによ…。」
誰もいない、不気味なほどがらんとした店内。
彼は足りない脳味噌をフル回転させ、一つの衝撃的な結論に辿り着いた。
「…分かった!マジでユウジが攻め込ん…!?」
「ぎゃあああああああああ!!」
結論が口から出るのと同時に、扉の向こうから地獄の底から響くような咆哮が迫る。
下っ端が反射的に入り口を向いた瞬間、頑丈なはずの木扉が無惨に粉砕された。
破壊神のごとく突っ込んできた「巨大な何か」が、下っ端を正面からプレスする。
「ぐえぇ!」
カエルの潰れたような声を上げ、下っ端は地面に叩きつけられた。
そのまま一瞬で意識を失い、盛大に白目を剥いて沈黙する。
「あ、あうう…。」
動かなくなった下っ端の上で、ズルリと、一人の男が起き上がった。
そう、弾丸飛脚に撥ねられ、扉を自らの体でブチ破った男―――ユウジである。
「な、なんなんや。凄ぇ衝撃だったけぇのぉ…。」
下敷きにした下っ端が口からカニのような泡を噴いていることにも気づかず、ユウジはふらふらと起き上がる。
あの輝光さんに轢かれたうえに、顔面や全身に扉の破片が剣山のごとく突き刺さっているというのに気絶すらしていないのは、もはや奇跡を超えた怪奇現象である。
いつもなら一発KOのはずだが、今回は下っ端がクッションになってくれたおかげだろうか。
頬の傷から滴る血を乱暴に拭い、ユウジは濁った瞳で薄暗い店内を見回した。
◇◇◇
「!?何の音ですか!?」
階下から鳴り響いた凄まじい破壊音。
障子がびりびりと震え、石田が椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで叫んだ。
「おほ!攻めてきたのよ…。最強の漢が…。」
松乃信が、狂気すら感じさせる深い笑みを浮かべる。
その言葉を聞いた瞬間、石田の顔から血の気が引いた。
「ユウジ…!?」
伊田陀鬼屋の幹部、そして最強の刺客たちが一堂に会するこの部屋に、真空のような緊張が走った。
義吉を、義彦を、そして凛と清十郎をも退けた(と誰もが信じて疑わない)伝説の侍が、ついに単身で乗り込んできたのだ。
そう…。
すべてを終わらせるために。いや、すべてを始めるために。
破壊された扉の残骸を跨ぎ、血まみれの「怪物」が、ゆっくりと屋敷の奥へと足を踏み出す。




