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第五話_桃園の誓い

「あばばばば!!」


本日3度目、もはや様式美となった「奉行所からの放り出し」である。

いつもより多めに回転を加えた突き飛ばしにより、二人は江戸の汚れた土に盛大にめり込んだ。


「ったく…奉行所も暇じゃねぇんだぞ?くだらんことで毎回捕まるんじゃねぇ!」


だらしなく転がる二人を、いつもの門番が容赦なく蹴り飛ばす。

本気で骨を折るつもりはないにせよ、溜まりに溜まったストレスという名の憎しみがこもった一撃だ。


「イ、イタイ!イタイッス旦那ぁ!」


シンジは苛められっ子のように丸まり、必死に嵐が過ぎ去るのを耐える。

一方ユウジの方はすでに白目を剥き、魂が口から半分はみ出していた。

相変わらず、恰幅の割に耐久力は紙屑同然である。


「ったく…クズ共が!」


シンジが「もう勘弁してください」という顔で震え始めたところで、門番は唾を吐き捨てて奉行所の中へと戻っていった。

ユウジはすでに物言わぬ肉の塊と化している。


◇◇◇


「ア、アニキィ…。何でアニキが、また奉行所なんかにいたんですかい?」


夜のとばりが下りた河原。

傷だらけの体を引きずりながら、二人はまたここに戻ってきていた。

感動の別れから一日も経っていない。


「シンジ…。男には語れねぇ秘密のひと…、いや、八つや九つはあるもんだぜ?」


門番の初撃で即刻KOされたため、実際にはシンジよりダメージが少ないはずのユウジが、どの口が言うのかというほど哀愁に満ちた目で語る。


「渋ぃ…。正直、渋すぎて失禁しそうッス、アニキ!」


夜空に光る満天の星を、濡れた瞳で見上げるユウジ。

シンジは知らない。

尊敬して止まないアニキが、彼と別れて数刻で「不審者」として捕まっただけという事実を。


「シンジ…。ところでお前、何で奉行所にいたんじゃ?」


「ヘヘッ、男には語れねぇ秘密の…ぶぎゃはっ!?」


瞬間、シンジの体が重力から解放された。

もはや伝統芸能の域に達した「血の噴水」が、月明かりの下で鮮やかに舞う。


「ただ、アニキの真似を…してみたかっただけ…なのに…。」


シンジは地面に崩れ落ち、力なく目を閉じた。

そんな弟分を見つめるユウジの目からは、滝のような涙が溢れ出している。


「愛…愛じゃ、シンジィ!こんなワイの真似なんかするんやない!」


ユウジは動かなくなったシンジの体を、追撃と言わんばかりに踏みつけた。


「確かにワイの生き様は美しく、それでいて渋い!だが、お前はワイのようになってはあかんのや!カタギになって、馬車馬のように働いて、ワイにガッポリ仕送りしないかんのやぁ!!」


ユウジは絶叫した。

夜の静寂を切り裂く、究極の他力本願である。


「お前は泥にまみれて金を稼ぎ、ワイはその金でクール&ビューティに女共を侍らせて酒を飲む。これぞ『Win-Win』やないんか?完璧な計画やないんか!?」


完璧ではない。

「Win」しているのはユウジ一人だが、気を失っているシンジには反論の余地もない。


「聞いてんのか、シンジィ!」


返事がない。

ユウジは不安になり、屈み込んでシンジの顔を覗き込んだ。


「シ…シンジ?シンジィィィアァァァ!!」


冷たくなった(気がする)シンジに、ユウジはさらに泣いた。

そして蘇生を試みるべく、シンジの頬を左右から全力でビンタし始める。

それはもう、往復ビンタの摩擦熱でシンジの顔が発火しそうなほどの勢いだ。


「痛いッス!アニキ、死ぬほど痛いッス!!」


三回目あたりで覚醒したシンジが悲鳴を上げるが、ユウジの「愛」は止まらない。

殴られ続け、シンジが言葉にならない「あ…うぅ…」という音しか発せられなくなったところで、ようやくユウジは手を止めた。


「シンジィィェァ!誰や!誰がお前をこんな、見るも無惨な顔にしたんやぁ!?」


充血した目で叫ぶユウジ。

「やったのはアニキ自身ですぜ」と伝えたいが、シンジの顎はすでに砕けかかっていて動かない。


「奉行か?あの門番か!?許せねぇ…限度を知らねぇ非道な奴らめ!!」


ユウジの怒りは、すでに虚空の敵へと向けられていた。


「シンジ…。お前の仇は、ワイが必ずとったる。安らかに眠れぃ…。」


ユウジは、虫の息のシンジをヒョイと抱き上げた。

そのまま昨日の大雨で濁流となった川の縁へと歩き出す。


(ア…アニキ。どこ行くんスか…?)


(ア…アニキ、まさか…? まだ死んでない! ワイ、生きてるッス!!)


必死に念じるシンジだったが、ユウジは完全に「葬送モード」に入っていた。


「産まれた時は違えど、死ぬ時は共に…。その約束、守れなくてすまねぇ。」


しんみりと呟きながら、ユウジは全身のバネを使ってシンジを濁流の真っ只中へと放り投げた。


(ア…アニッ!やめっ!いやぁぁぁぁぁ…ごぼっ!!)


勢いよく投げ込まれたシンジは、あっという間に夜の闇と波間に消えていく。


「シンジよ、安らかに眠れぃ。」


涙を拭い、川に背を向けたユウジの表情は、もはや修羅であった。

彼は腰の竹光を抜き放ち、月に向かって吠える。


「仇討ちじゃい!奉行所殴り込みじゃあぁぁ!!」


そして…。

意気揚々と奉行所に特攻したユウジは、門から一歩も入らぬうちに、いつもの門番に棒で叩かれて捕まった。

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