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第三話_悪夢再び

「いやあああああああああ!」


絶望の叫びが、少女の喉を切り裂いた。


暗い隠し棚から這い出した少女、途崎みちさき りんが目にしたのは、かつて「家族」と呼んだものの無残な成れの果て。

床一面を覆う赤い海と、そこにあるはずのない角度で転がる肉塊。


「ハッ!」


凛は薄い布団の上で、弾かれたように目を覚ました。

肺が張り裂けんばかりに呼吸を繰り返し、全身から嫌な汗が吹き出している。

視界が激しく揺れ、今見た光景が過去の惨劇なのか、それとも現在の悪夢なのかが判然としない。


「…ここは?」


掠れた声を出してみるが、返事はない。

ただ、沈黙が冷たく部屋を満たしている。

額の汗を拭おうとして、激痛が走った。


「っ! 痛…っ。」


動かした右手が、悲鳴を上げる。

ようやく上半身を無理やり起こすと、凛は自分の体が寝巻きに着替えさせられ、打撲箇所が包帯で固められていることに気づいた。


「そっか、あの怪物にやられて…。」


濁濁とした記憶が蘇る。

ユウジを追っていた最中、突如として目の前に現れたあの「狂気」。


「でも…殺されずに済んだみたいね。ここは、伊田陀鬼屋…?」


見覚えのある調度品。

どうやら、松乃信によって瀕死の重傷を負わされた自分を、誰かがここまで運び込んだらしい。


「ユウジは…どうなったのかしら。」


自分をこんな目に遭わせた元凶の名前を呟いた、その時だった。

廊下の向こうから、二つの話し声が近づいてくる。

一方は、聞き覚えのある柔らかな少年の声。

そしてもう一方は―――聞くだけで背筋に冷たい蛇が這い回るような、異質な声だ。


「半蔵さんはこっちですよ。」


「意外と広いのねん♪ 伊田陀鬼屋って。」


後者の声が、嫌に色っぽく、そして絶望的に不快な響きを伴って凛の部屋の前で止まった。

直後、襖がガラリと開けられる。


「!?」


襖の隙間から覗いたその「異形」に、凛の瞳孔が限界まで見開かれた。

白粉を塗りたくった真っ白な顔。不自然なほど赤い口紅。

そして、獲物を定めるような猛獣の瞳。


(ば…化け物!?)


あまりのショックに、凛の体は糸の切れた人形のように再び布団へと沈んだ。

薄れゆく意識の淵で、凛はただ「この世の終わり」を感じていた。


◇◇◇


「あっ…そこは凛さんが寝てますから、開けないでください。」


襖を四分の一ほど開けた松乃信へ、前を行く清十郎が釘を刺した。


「あんら失礼♪ おほ!」


松乃信は口元を袖で隠し、変な笑い声を上げながら襖を閉めた。

相変わらずの破壊的なキモさである。


「ここが、半蔵さんの部屋になります。」


清十郎が階段を登りきった角の部屋を指差す。

その瞬間、松乃信の顔からふざけた色が消えた。

キモさは健在だが、その眼光には江戸の火消し頭としての、あるいは一人の愛するユウジを守ろうとする者の、凄まじい覚悟が宿っている。

松乃信は無言で、半蔵の部屋の襖に手をかけた。


そして…。

江戸最強の「狂気」と、江戸最強の「純愛」が、ついに一枚の襖を隔てて対峙した。

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