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第二話_それぞれの想い

「ホラ、そんなトコで眠ってんじゃないよ」


早朝の冷たい空気の中、近所のおばちゃんの鋭い声でユウジは無理やり意識を浮上させた。

二日酔いの吐き気と強烈な眠気で、視界は泥のように濁っている。

どうやら昨夜、路上であぐらをかいたまま、文字通り行き倒れてしまったらしい。


「な、なんやぁぁ?」


「なんやじゃないでしょ!こんなトコで寝てられたら商売上がったりだよ。さっさとどっか行っておくれ!」


おばちゃんは箒と塵取りを武器に、まだ半分夢の中にいるユウジの巨躯を力任せに押し上げる。


「あと二時間…二時間だけ寝かせんかい…。」


「何時間寝てもいいけど、ウチの店の前はやめとくれ!」


苦笑いを浮かべつつ、おばちゃんはズルズルとユウジを路地へ押し出す。

ゴロリと大通りへ転がされると、ユウジはのそのそと起き上がった。


「…なんやここ?伊田陀鬼屋か?」


「あんた大丈夫かい?伊田陀鬼屋なら、ここを真っ直ぐ行って右に曲がったところに…」


おばちゃんが説明を終える前に、ユウジの体はバネのように跳ね起きた。


「なんや…ワイはこんな所で何をしとったんや?」


痛むこめかみを押さえ、彼は自問自答する。

その眼光は、二日酔いのそれとは思えないほど鋭く澄んでいる。


「ホントに大丈夫かい?」


あまりの豹変ぶりに、おばちゃんはユウジを「頭の可哀想な人」だと確信して問いかけるが、彼は無反応だ。

それどころか、血が滲むほど拳を握りしめている。


「シンジ…。ワイは、ワイという男は、なんて…なんてクズなんや…。」


自分がダメ人間であるという、この世で最も残酷な真実にようやく気づいたらしい。

ユウジの頬を、後悔の涙が伝う。


「弟分のお前が捕まっとるってのに、ワイは…ワイは酒を喰らって、路上で爆睡しとったんか!」


急にまともなことを言い出したユウジ。

あまりの衝撃に、酒の毒素が脳の変なスイッチを入れてしまったのかもしれない。


「今、今助けに行くけぇのぉ!シンジィェァ!!」


おばちゃんが指差した方角を睨み据え、ユウジは咆哮した。

涙で血走ったその瞳には、かつてない決意とほんの少しのアルコールが混じっていた。


◇◇◇


「お前、ユウジに見捨てられたんじゃないか?」


伊田陀鬼屋の地下牢。

いつも通り朝食を運んできた下っ端が、大根の漬物にガッついているシンジを見ながらボソリと呟いた。

シンジが捕まってから、もう五日は過ぎている。

だが、あのユウジが伊田陀鬼屋に乗り込んでくる気配など微塵もなかった。


「何言ってんだよ、お前…。アニキがワシを見捨てるわけねぇべ?」


クチャクチャと下品な咀嚼音を立てながら、シンジは即答する。


「んじゃ何で助けに来ないんだ?お前の話じゃ、ユウジは恐ろしく強いんだろ?」


牢の前にあぐらをかき、下っ端は首を傾げる。

かつて惨劇の舞台となったこの場所は、この下っ端が綺麗に掃除したおかげで、今は血の臭いも薄れている。


「ライオンじゃけぇのぉ、アニキは。もしかするとワシを『試して』んのかもしんねぇ。」


箸を止め、シンジの表情がスッと引き締まった。


「ライオン?」


「なんや?お前ライオンも知らねぇのか?」


シンジは無知な下っ端を見下すような目で見ると、得意げに語り出した。


「ライオンの親は、自分の子供を千尋せんじんの崖から突き落とすんじゃ。そんでもって、そこから這い上がってきた強い子供だけを育てるんじゃ!まさに最強じゃけぇ!厳しい漢の世界じゃあああああ!」


※もちろん、実際のライオンにそんな風習はないが、シンジは固く信じている。


「す、すげぇなそれ…。」


それを聞いて息を呑む下っ端も、負けず劣らずの脳足りんだった。


「じゃ…じゃあよ、お前ここから逃げ出す作戦とか立ててんのか?」


「…牢屋に入れられてたら、逃げられるわけねぇぜ♪」


親指をグッと立て、満面の笑みで答えるシンジ。

…やはり、救いようのないダメ人間であった。


◇◇◇


「ここが…伊田陀鬼屋ねん?」


松乃信はいつになく真剣な面持ちで、その不気味な構えの屋敷を見上げた。


「はい。歓迎しますよ、おまつさん。」


清十郎はまだ痛む脇腹をさすりながら、門を押し開けた。


「あのお話が本当なら…半蔵さんもきっと納得してくれると思いますよ。」


意味深な言葉を残し、清十郎が先へと進む。


そして……。

松乃信もまた、その艶やかな紫の着物を揺らし、始末屋たちの巣窟へと足を踏み入れた。

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