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第十二話_酔いどれ侍と江戸の夜

「あはっはっはっはっはっは!!!」


居酒屋の店内に、下品な爆笑が響き渡る。

中心にいるのは、すっかり意気投合した数人の江戸っ子たちと我らがユウジである。


「そこでワイは言ってやったんや…『皆がお前を憎んでいるんじゃない、お前が肉いだけなんだ』ってなぁ!」


ドッ、と店内が沸く。

正直何の脈絡もない親父ギャグだが、酔っ払いにはそれが至高の娯楽らしい。

川辺では清十郎と松乃信が魂を削り合う死闘を演じていたというのに、この男は焼き鳥のタレで唇をテカらせながら酒を煽っていた。


「ユウジさん、アンタ最高だよ。一杯やりな!」


「おう、分かってるじゃねぇか!」


江戸っ子から注がれた酒をグイと飲み干すユウジ。

テーブルの上には空き瓶が転がり、皿には食べ散らかされたおつまみの残骸。


「ところでよ、話に時々出てくるアンタの弟分ってのは今どこにいるんでぇ?」


江戸っ子の問いに、ユウジはわずかに眉を寄せた。


「シンジ…?そういやシンジがいねぇ…。」


酒のせいか素なのか、完全に忘れていたらしい。

この頃、シンジは暗い地下牢で血の臭いにむせびながら震えていた。

あまりに不憫ふびんである。


「な~に言ってんだ、シンジさんは忍者なんだろ?さっきユウジさんが言ってたじゃねぇか。」


横の男が口を挟むと、別の男が膝を打った。


「ああ、そうだったな!忍者なら今も『木の葉隠れの術』か何かで、天井の隅っこにでも張り付いてるってわけか!」


酔っ払いの強引な解釈。

普通なら「んなわけね~だろ」と一蹴するところだが、ユウジは違った。


「間違いねぇ!間違いねぇべ!おうシンジェァ、隠れてねぇで出てこんかい!酒持ってこい酒ェ!!」


間違いだらけだった。

爆笑しながら、また別のデタラメを語り出すユウジ。

シンジの不憫レベルは、もはや江戸の空を突き抜けていた。


◇◇◇


「清ちゃん?立てるかしらん?」


静まり返った川辺。

松乃信がそっと手を差し出した。

その先には、地面に大の字になって倒れる清十郎の姿があった。

口角からは一筋の血が流れ、右手に握られた刀は無残にも刃こぼれし、曲がっている。


「おまつさん…本当に、あなたは強いですね…。」


清十郎は微笑んだが、その笑顔とは裏腹に、指先一つ動かす力も残っていなかった。

松乃信は清十郎の体を半身だけ抱き起こすと、その頭を自分の膝へと乗せた。


「愛の力は最強なのよん♪」


松乃信が微笑み返す。

白粉が浮きまくったその顔は、確かにキモかったが、同時に慈母のような慈愛に満ちていた。

どう見ても愛の力というよりは、物理的な破壊力(腕力)の勝利なのだが。


「ははっ、愛の力…ですか。でも、なぜ僕にとどめを刺さないんです?僕はユウジさんを殺そうとした刺客なんですよ?」


不思議そうに問いかける清十郎に、松乃信はゆっくりと夜空を見上げた。


「アタシは江戸の火消し。人の命を守るのが仕事なのよん。お仕置きはしても、命までは取らないわん。」


その言葉に、清十郎は無言で笑みを浮かべるだけだった。

二人の視線の先には、宝石を散りばめたような夜空が広がっている。

遠くに見える町の明かりが、川面を小さく、優しく照らしていた。


「清ちゃん…アタシのお願いを、一つだけ聞いてもらえるかしらん?」


しばらくして、少し回復した清十郎が身を起こすと松乃信が唐突に切り出した。


「アタシを、半蔵に会わせてくれないかしらん?」


清十郎の表情に、困惑が混じる。


「半蔵さんに…?」


「ええ。会って少し、お話がしたいのよ♪重要なお話。絶対に損はさせないわん。」


ニヤリと微笑む松乃信。

その笑みには怪しさという火薬が満載だったが、清十郎は少し考え、ゆっくりと頷いた。


「…分かりました。でも半蔵さんの首を取ろうなんて、考えないでくださいね?」


「もちろんよ♪」


松乃信の笑顔。

やはり怪しさマックスだが、清十郎はそれを信じることにした。


◇◇◇


「なんやぁ!もう店仕舞いかよ!」


すっかり出来上がったユウジと江戸っ子四人組は、文句を言いながら店を追い出された。

五人で肩を組み、千鳥足で夜道を歩く。


「シンジェァ!水持って来い!」


相変わらず近くにシンジが隠れていると思い込んでいるユウジが叫ぶが、当然虚空に響くだけだ。


「なんやぁ!どこじゃあああ、シンジィェァ!!」


静まり返った大通りに、ユウジの絶叫がこだまする。

安眠を妨害された住人にとっては、完全に「歩く公害」である。


「おう、ユウジさん!俺たちは明日も仕事だからこの辺でな!」


長屋の角で、四人はユウジから離れていった。

無職で泥酔しているユウジとは対照的に、彼らには明日がある。


「おうよ!」


手を振るユウジだったが、男たちが消えるやいなや、道のど真ん中で胡坐あぐらをかいて座り込んでしまった。


「シンジ…ワイは鬼じゃけぇのぉ。鬼じゃけぇ、鬼じゃけぇ…。」


そして…。

脈絡のない寝言を吐き捨て、ユウジはそのまま江戸のど真ん中で深い眠りに落ちていった。

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