第十一話_皆殺しの清十郎(3)
「オイ、聞いたか!?」
背中に『め』の字を背負った男たちが、広間で騒いでいた。
江戸の火消し、『め』組の組員たちだ。
「今日、頭が若い男を連れ込んで町を歩いてたって噂だぜ!」
「マジかよ?どんな物好きだよその男…。」
二人はとっさに周囲を警戒した。
どこから松乃信が飛び出してくるか分からないからだ。
安全を確認し、深く溜息を吐く。
「それが、結構な美青年だったらしいんだわ。」
広間が静まり返る。
「…頭、まさか美青年を誘拐したんじゃねぇだろうな…?」
青い顔で呟く組員。
あの松乃信の性格からすれば、十分にあり得る展開だ。
「帰りも遅いし…。」
「どうか…早まらないでください、頭ぁぁ!」
組員たちの祈りは、悲痛な叫びとなって夜の闇に消えていった。
◇◇◇
日は完全に沈み、人通りの消えた川辺には水の音だけが残された。
ユウジの姿は、もうそこにはない。
「腹が減った」という理由で、決闘の最中にどこかの飯屋へ消えてしまったのだ。
「おまつさん…あなた何者なんですか?」
清十郎は構えたまま問いかけた。
平然を装っているが、息は荒い。
「そういえば言ってなかったわね。アタシは江戸の火消し隊『め』組の組員三百人を束ねる頭、本田 松乃信よ」
松乃信の息は一切荒れておらず、戦う前と何も変わらないという様子だ。
力の差は歴然。
動きにくい女ものの着物を着た状態で、素手でありながら天才・清十郎をここまで追い詰めている。
「あなたよりも…ユウジさんは強いんですか?」
「当たり前よ。アタシなんて足元にも及ばないわ。」
即答。
…だが、客観的に見ればそれは真っ赤な嘘だ。
足元にも及ばないのは間違いなくユウジの方である。
「足元にも、ですか…。買いかぶりすぎでは?」
「アタシが惚れた男よ?ユウジさんは『格』が違うわ…。」
シンジから聞いたデタラメを思い出し、松乃信は誇らしげに目を細める。
国取りのために単身江戸城に乗り込んだこと、そしてそれを阻止しようとした奉行所と大立ち回りのうえ捕縛されたこと。
…現実は、単なる無謀なバカが返り討ちに遭っただけなのだが。
「おまつさんがそこまで言う男…。」
清十郎はクスッと笑った。
緊張を解き、夜空を見上げる。
「僕では到底勝てそうにありませんね。いつか、本気で手合わせしてみたいです。」
心底楽しそうな顔で言い、再び視線を松乃信へ。
「でも今は…おまつさんを越えさせてもらいます。僕の全身全霊の居合い、受けてください。」
月明かりの下、二人の間を夜風が吹き抜ける。
静寂の中、清十郎の体が極限まで沈み込んだ。
「行きます。」
刹那…。
川音とは別に、重い何かが地面へ崩れ落ちる音が響いた。




