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第九話_皆殺しの清十郎(1)

「江戸じゃあ!江戸じゃあああ!!」


夕焼けに染まる大通り。

ユウジはようやく江戸へ帰還した。

散々森を彷徨ったが、ジョーイと別れてからは数分のことだった。


「ったく、意外と近ぇじゃねぇか…。ジョーイを呼んで…、」


そこまで言いかけて、ユウジはふと足を止めた。


「…めんどくせぇから、いいや。」


江戸とは真逆に進んでしまった哀れな宣教師。

今さら呼びに戻るのも面倒だ。

ユウジは一瞬でジョーイを記憶のゴミ箱へ放り捨て、二度と森を振り返ることはなかった。

さよならジョーイ。


「フヘヘ…江戸に着きさえすればワイのモンや。」


一度は完璧に遭難した男とは思えぬ、根拠なき自信。

ユウジはニヤリと不敵に笑い、悠然と大通りを闊歩し始めた。


◇◇◇


「もう夕方になってしまいましたね…。」


茜色に染まる空。

大量の焼き鳥を猟奇的な勢いで貪る松乃信の横で、清十郎が呟いた。


「そうねん…。これだけ探し回って見つからないなんて、もしかして伊田陀鬼屋に捕まっちゃったのかしらん?」


松乃信の不安げな言葉に、清十郎が眉を動かす。


「伊田陀鬼屋…?」


「あんら、清ちゃんにアタシ言ってなかったかしらん?ユウジさんはね…!?」


松乃信が何かを言いかけた瞬間、その動きが止まった。

橋の向こうから、一人の男がこちらへ向かって歩いてくる。


「どうしたんですか、おまつさん?」


清十郎が視線を追った先。

そこにいたのは、がっしりとした体格に、見るからに質の悪そうな顔―――似顔絵の男、「ユウジ」その人であった。


「ユウジさんっ!」


口に含んでいた焼き鳥を力技で飲み込み、松乃信が弾丸のごとく駆け寄る。

その瞳は恋する乙女のようにキラキラと輝き、同時にこの世のものとは思えないほどキモかった。


「おう?おまつじゃねぇか。何やってるんや。」


そんな松乃信を前に、顔色一つ変えず話しかけるユウジ。

普通の人間なら松乃信の視線だけで三日は寝込むはずだ。

ユウジはある種の「勇者」か、あるいは単なる「感覚の欠落者」に違いなかった。


「そうよん♪実はあの子に頼まれて探してたのよユウジさんを。」


松乃信が振り返り、清十郎を指差す。

それを受け、清十郎は静かに会釈した。


「ほう…あの坊主がワイに何の用なんじゃい?」


ユウジは、律儀な清十郎を値踏みするように見下し、不敵な笑みを浮かべた。

どういう思考回路か、彼はすでに「勝ち誇って」いた。


「はじめましてユウジさん。場所を変えて話しませんか?」


清十郎の顔も、いつも通り柔らかな笑みを湛えていた。


◇◇◇


人通りの途絶えた、薄暗い橋の下。

ユウジ、松乃信、清十郎の三人が向かい合う。

川のせせらぎだけが、静寂を際立たせていた。


「で、ワイに話ってなんや坊主。ん?」


ユウジは相変わらず傲慢な態度を崩さず、松乃信から奪い取った焼き鳥をモグモグと頬張っている。


「自己紹介がまだでしたね。」


清十郎がもう一度、丁寧な所作で会釈する。


「僕の名前は朽木 清十郎。伊田陀鬼屋の…『刺客』です。」


その告白に、驚愕の声を上げたのは松乃信だった。


「ほ…本当なの?清ちゃん!?」


口に焼き鳥を詰め込んだまま、松乃信は裏切られたような絶叫を漏らす。

対するユウジは、驚くどころか焼き鳥を味わうことに全神経を注いでいるようだった。


「おまつさん、一緒に探してくれてありがとうございました。」


清十郎は松乃信から視線を外し、ユウジへと向けた。

その瞳から体温が消える。


「というわけで、ユウジさん。あなたの『力』…試させてもらいます。」


清十郎はゆっくりと腰の刀へ手をかけ、上体を沈めた。

その顔には、戦場の狂気を微塵も感じさせない、穏やかな「笑顔」が貼り付いたまま。


「清ちゃん…。」


焼き鳥を飲み込めない松乃信の呟きが、川音にかき消される。

濃密な茜色の光が、三人の影を長く、鋭く地面に落としていた。


◇◇◇


「ほう…いい度胸だな小僧…。」


ユウジは腕を組み、口に竹串を咥えたまま不遜に笑う。

抜刀の構えすら見せる清十郎に対し、あまりにも無防備な立ち姿。

それが「究極の自信」なのか「ただのアホ」なのか、清十郎にはまだ判別できない。


(構えはなし…。いつでも来い、というわけですか。)


清十郎は小さく、愉しげに笑った。


「伊田陀鬼屋『三強』を退けたその実力、見せてもらいますよ。」


清十郎の体がさらに低く沈む。

その顔から、ついに笑顔が消えた。


「…行きます。」

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